早稲田大学と慶應義塾大学。

日本の私立大学の雄と目される両校の力関係に、明確な変化が起き始めている。東進ハイスクールを運営するナガセの2026年調査によれば、早慶の双方に合格した受験生の進学先は、早稲田58.0%、慶應42.0%となった。

 

 私が在学していた2018年には早稲田28.5%、慶應71.5%であり、当時は「両方に受かったら慶應」が受験界の常識だった。それが2025年に逆転し、2026年には差がさらに広がったのである。より衝撃的なのが学部別の比較だ。

法学部、商学部、文学部、理工系など、同系統の9組を比較したところ、2026年は早稲田が9勝0敗となった。

 

 2018年には慶應が8勝1敗だったことを考えれば、単年度の偶然では片付けられない変化である。法学部同士の対決でも、調査開始以来初めて早稲田が慶應を上回った。早稲田政治経済学部と慶應法学部の比較では、W合格者の母数が多くないという留保は必要だが、早稲田政経への進学率が100%となった。

 

 もちろん、W合格者進学率だけで大学の優劣が決まるわけではない。調査対象は両大学に合格した受験生に限られ、早稲田に存在しない医学部なども比較に含まれない。それでも、同じ受験生が二つの合格通知を手にしたうえで、最後にどちらを選んだのかという数字は、偏差値や志願者数では測れない大学ブランドの現在地を示している。

 

では、なぜ早稲田がここまで盛り返したのか。3つの理由に分けて考察していく。

  

1:早稲田の入試改革

 第一の理由は、早稲田が痛みを恐れず入試改革を進めたことである。象徴的なのが、2021年度に政治経済学部で導入された大学入学共通テストの数学Ⅰ・A必須化だ。

 従来の私立文系入試には、英語、国語、地歴の三教科に集中し、数学を回避して難関大学を目指すルートがあった。早稲田政経はその常識を壊し、政治学や経済学を学ぶうえでは、文章読解力だけでなく、統計やデータを扱う数理的素養も必要だというメッセージを打ち出した。

 政治学でも統計学やゲーム理論、計量的手法を使う研究が広がっており、数学必須化は単なる入試難易度の調整ではなく、大学教育との接続を意識した改革だった。改革には当然ながら痛みも伴った。政治経済学部の一般選抜志願者は、改革前の2020年度の5584人から2021年度には3495人に減少し、2024年度には2676人となった。一方、高校時代の学習成績概評がAだった学生の割合は改革前より上昇している。

 大学側は単に志願者数を集める入試から、学部教育との相性がよく、入学後も意欲的に学べる学生を選ぶ入試へと転換したのである。早稲田は政経だけで改革を終わらせなかった。2025年度には社会科学部と人間科学部でも共通テストを必須化し、数学を使う方式を拡大した。志願者数は一時的に減少したが、W合格者が両学部を選ぶ割合は改革前より上昇している。つまり、受けやすさを下げる一方で、合格者の志望度を高めることに成功したのである。早稲田は「数学を捨てた私文型の大学」から、国公立志望者や理系志望者も選択肢に入れる総合大学へと、自らのイメージを書き換えつつある。

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2:慶應の排他性

 第二の理由は、慶應の強固な仲間意識が、ときに排他的に見える危うさを表面化させたことである。慶應の大きな魅力は、幼稚舎から大学、卒業後の三田会まで続く強力な人的ネットワークにある。就職やビジネスで発揮される結束力は、いまなお他大学にはない資産である。

 

 しかし、内部にいる者には心強い共同体も、外部からは閉鎖的な集団に映ることがある。そのイメージを全国規模で可視化したのが、2023年夏の甲子園における慶應義塾高校の応援をめぐる論争だった。

 決勝戦ではアルプス席だけでなく一般席にも多くの慶應関係者やファンが集まり、大声援が球場を包んだ。圧倒的な一体感を評価する声があった一方、相手校がアウトになった際の歓声や、仙台育英が極端なアウェー状態に置かれたことについて、「威圧的だ」「相手への敬意が足りない」といった批判も出た。 

 応援が規則違反だったと断定することはできず、迫力ある応援を肯定する意見も多かった。それでも、慶應の強みである結束力が、第三者には内輪意識や圧力として受け取られ得ることを示した出来事ではあった。

 

 現在の受験生は、大学名や就職実績だけでなく、自分がそのコミュニティーになじめるかを重視する。内部進学者や卒業生のつながりが強い環境は魅力である一方、一般入試で入る学生に「自分は外様になるのではないか」という不安を与える可能性もある。多様な経歴の学生を受け入れ、「誰でも早稲田の一員になれる」という雑多さを打ち出しやすい早稲田に対し、慶應の完成度の高い共同体は、入る人を選ぶブランドになりつつある。

 

 これは慶應のネットワークが弱くなったという意味ではない。むしろ強すぎるからこそ、その価値を魅力と感じる受験生と、閉鎖性を感じる受験生に分かれ始めているということだ。かつて無条件にプラスと受け止められていた「慶應の結束」が、現在では評価の分かれる要素になったのである。

 

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3:立地の妙

 第三の理由は、立地とキャンパス環境だ。慶應の文系主要学部は、1、2年次を神奈川県の日吉キャンパスで過ごし、その後に三田キャンパスへ移るケースが多い。一方、早稲田の主要文系学部は、早稲田・戸山周辺で4年間を過ごす。

 

 早稲田周辺は新宿区に位置し、東京都心へのアクセスがよい。学生街としての蓄積もあり、授業、サークル、アルバイト、インターン、就職活動を同じ生活圏で組み立てやすい。2026年の調査でも、早稲田を選んだ学生から「4年間同じキャンパスで交通の便もよい」との声が紹介されている。日吉も渋谷や横浜方面への交通利便性が高く、広いキャンパスという魅力がある。

 

 ただし、学生が1,2年次から東京都心の企業でインターンや課外活動に参加する時代においては、都内にキャンパスがある早稲田が相対的に有利である。また、学年によってキャンパスが変わることは、交友関係や活動拠点の継続性にも影響する。18歳の受験生が思い描く「東京の大学生活」の分かりやすさでは、4年間を同じ地域で過ごせる早稲田に軍配が上がりやすいのである。

  

今後の流れはどうなるか

 もっとも、今回の結果を慶應ブランドの崩壊と読むのは早計だ。2026年の慶應の一般選抜志願者数は4万2033人で、前年比104.7%となり、3年連続で増加した。医学部、公認会計士試験の実績、三田会、就職市場での評価など、その強みは依然として大きい。2027年度には経済学部で小論文を廃止し、A方式を英語と数学、B方式を英語と地歴の2教科型に変更する予定である。この改革によって国公立大学や早稲田との併願が増えれば、W合格者の流れが再び変化する可能性もある。

 

 2026年のW合格対決が示したのは、固定化された大学序列ではない。受験科目、教育内容、共同体の開放性、立地、4年間の学生生活を受験生が総合的に比較する時代になったということだ。

 

 早稲田は入試改革によって「何を学ばせる大学なのか」を明確にし、多様性と都心立地を武器に選ばれる大学へと変化した。対する慶應は、最大の武器である結束力を、外部から入る学生にも開かれた魅力として再提示できるかが問われている。早慶対決は、もはや偏差値だけの勝負ではない。大学がどのような学生を受け入れ、どのような4年間を提供するのかをめぐる総合戦である。