今回お話を伺ったのは、武蔵大学副学長・国際教養学部の東郷賢教授。1986年に大学を卒業後、米国大学院で学ばれた経験から日本の大学教育への問題意識を持ち、PDPを立ち上げた「生みの親」です。プログラムの発想の起点から2027年の新展開まで、丁寧にお話しいただきました。
パラレル・ディグリー・プログラム(PDP)とは何か
インタビュアー「まず基本的なところからお伺いします。パラレル・ディグリー・プログラム(PDP)とはどのようなプログラムなのでしょうか」
東郷教授:簡潔に申し上げますと、日本にいながら武蔵大学とロンドン大学の学士号を同時に取得できるプログラムです。国際教養学部の新入生全員がチャレンジできる仕組みで、留学が必須ではない点が大きな特徴です。最初の1年間は基礎教育プログラム(IFP)で基礎を固め、その後3年間の専門課程(BSc)に進みます。学術監修は、IFPはロンドン大学、BScはその構成カレッジであるロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)が担当しています。カリキュラムは世界共通で、試験の採点もロンドンで行われるため、卒業時に得られるロンドン大学の学位は、海外でも十分に評価されるものです。
インタビュアー「日本国内でロンドン大学の学位が取れる大学は、武蔵大学だけなのですよね」
――その通りです。ロンドン大学が公式に認定した「Recognised Teaching Centre(認定教育センター)」は、シンガポール、マレーシア、カザフスタン、中南米、インド、パキスタンなど世界中に存在しますが、日本では武蔵大学だけです。

PDP誕生の原点にあった、日米の学習量のちがい
インタビュアー「そもそも、東郷先生はなぜこのPDPを日本で導入しようと思われたのでしょうか。当初どのような問題意識をお持ちだったのですか」
――一番の出発点は、「日本の大学生にもっと勉強してほしい」という思いでした。私が1986年に大学を卒業後アメリカの大学院に進みましたが、当時の日本と比べて、アメリカの大学生が非常によく勉強している姿を目の当たりにしました。教員になってからも日本の大学生の学習時間が私の学生時代とあまり変わってないと感じており、「何とかしなければ」という問題意識を抱えていました。ただ、その方法がなかなか思いつかなかったんですね。
インタビュアー「そこから、どのような経緯でロンドン大学のプログラムにたどり着いたのですか」
――私が国際センター長を務めていた際、香港で世界中の大学が集まるシンポジウムに参加する機会がありました。そこで、ロンドン大学の担当者と出会うご縁をいただき、「日本で実施しませんか」とお声がけいただいたのです。実際にお話を伺うと、これは学生のためになるプログラムだと思い、導入を検討するに至りました。
参考にしたのは、シンガポール40年の歴史
インタビュアー「導入当時、国内にいながら海外大学の学位が取れる仕組みはまだ多くなかったと思うのですが、参考にされた事例はあったのでしょうか」
――国内で参考となる事例はありませんでした。しかし世界に目を向けると、ロンドン大学の「Recognised Teaching Centre(認定教育センター)」は数多く存在します。特にシンガポールの「Singapore Institute of Management」は約40年という長い歴史を持っています。担当者が年に一度集まるシンポジウムでの議論を大いに参考にしながら続けてきました。
インタビュアー「海外の事例も、留学せずに単位が取得できる形式なのですか」
――はい、基本的には同じ形式です。プログラムを始める際には、ロンドン大学の担当者が来校し、私たちが模擬授業を行います。そのうえで、「教え方のこの部分はこう改善するとよい」と丁寧に指導していただき、お墨付きを得てスタートする厳格な仕組みです。
インタビュアー「そこまで厳格に監修が入るのですね」
――ロンドン大学としても、学位の質を維持することが何より大切ですので、クオリティコントロールは徹底されています。そのため、「学位を持っているのにその分野の知識がない」という事態が起こりにくく、世界で通用する知識の証明になるわけです。
教員採用で「海外教育経験者」を重視した理由
インタビュアー「教員の皆様の経歴を拝見すると、外国出身の方、海外で学位を取られた方が非常に多い印象です」
――PDPでは、ロンドン大学の試験に合格させるため、頻繁に小テストを実施して、知識を定着させる必要があります。期末試験1回で評価を完結させる一般的な日本の大学のスタイルとは異なり、教員側の負担も相応にありますが、外国出身者や海外での教育経験者はこの方法を自然な流れとして取り組んでくれます。
インタビュアー「PDPの先生方はどんな構成になっていますか」
――PDPを始める前から武蔵大学に所属していた教員は、私を含めて3名だけです。(※PDPは2015年に経済学部のプログラムとしてスタートし、2022年度より国際教養学部に移行しました。)それ以外はほとんどPDPのために新規採用した教員で、海外での教育経験者を重視して採用を行ってきました。これがPDPがうまく機能してきた大きな理由の一つだと思っています。
「正解のない問い」を問う試験
インタビュアー「試験の内容について、ロンドン大学の試験は、従来の日本の試験と何が違うのでしょうか」
――PDPは1年間のIFPと、その後の3年間の専門課程であるBScの二段階構成です。私が教えていたIFPのエコノミクスは、2時間100点満点の試験でセクションA・B・Cの3つに分かれていて、Aが小問題、BがBBCニュースなどを題材に時事問題を経済学的に解釈する問題、そしてCがエッセイで、Cの配点は50点となっています。
インタビュアー「エッセイでどのような問題が出るのですか」
――たとえば3つ出題されて、そのうち1つを選んで解答する形式で、『資本主義の市場メカニズムと計画経済、どちらが望ましいと考えますか』といった内容の問題が出ます。
――ロンドン大学の先生に「これはどのような解答を書けばよいのですか」と伺ったところ、「there is no template answer(決まった模範解答はない)」と仰いました。結論は市場メカニズムでも計画経済でもよいのです。1年間勉強した知識を使って、授業で勉強した内容を織り込みながら採点者を説得できるかどうかが問われます。先生が続けて仰ったのは、「社会に出れば、正解のある問題は少ないでしょう」ということでした。この考え方に触れることが、学生にとって大きな学びになると感じています。
インタビュアー「採点や合格基準についてはいかがですか」
――国籍や学校名を伏せた形で答案はロンドンに送られ、世界中の学生と同じ基準で公平に採点されます。合格基準は40点で合格です。合格ラインは比較的手が届く水準ですので、しっかり努力すれば学位は取得できます。ただし、80点以上を取るのはかなり高いハードルです。実際、7期生でLSE大学院に直接進学した学生は、専門3年間の平均が83点でした。ロンドン大学の試験を通じて、LSEは大学院に向けて優秀な学生を世界中から早い段階で見出すことができるのです。とてもよくできた仕組みだと感じています。
LSEサマースクールという「エビデンス」
インタビュアー「LSE大学院への直接進学、これは大変大きな成果ですよね」
――PDPを始めた時、「いつかLSE大学院に直接進学してくれる学生が出てほしい」というのが目標の一つでした。それが10年経たずに、7期生で実現したわけです。とても嬉しい出来事でした。
インタビュアー「LSEのサマースクールに参加できるとも伺いました」
――PDPの学期は9月始まり・5月終わりですので、夏休みが長いんですね。海外の大学と同じように、学生はサマースクールに参加できます。LSEのサマースクールでは、LSEの先生方やPhDの学生が授業を担当し、LSEの寮に住み、LSEの校舎で勉強し、LSEのテストを受けて評価されます。LSE大学院に進学した学生は、最終学年レベル(300番台の科目)において、最高評定である "A+" を取得しました。同級生にはイェール大学の学生などもいる中でのことでしたので、大学院進学において非常に説得力のあるエビデンスになったのだと思います。
インタビュアー「日本の他大学ではなかなか揃えにくいエビデンスですね」
――そうですね。どれほど優秀な成績を修めていても、その大学固有の評価であることは避けられませんので、LSEの基準で評価された成績というのは、PDPならではの強みだと思っています。
学位取得率69%への道のり ― 試行錯誤の歴史
インタビュアー「PDPの選抜方法や学位取得率は、どのように推移してきたのでしょうか」

――1期生は経済学部時代の学生で、20人でスタートして最終的に2人(10%)が学位を取得しました。当初は英語のみで選抜していたのですが、経済学の基礎となる数学の準備不足が課題となったため、3期生から英語に加えて数学の基礎テストを導入しました。その結果、学位取得者が大きく伸び、5期生でコロナ前に約58%まで到達しました。6期生はコロナ禍の影響で4人まで落ち込みましたが、7期生は14人、そして8期生は国際教養学部1期生ですが学位取得者が22人になり、学位取得率が69%に到達しました。まだ追試で人数が増える可能性があります。
英語が苦手な学生への「ブリッジ」施策
インタビュアー「英語が苦手な学生へのフォロー体制について教えてください」
――まず4月・5月に、9月からの英語の授業のポイントを日本語で解説する時間を設けます。その後6月・7月に英語の集中講座を実施しています。セブ島での集中講座と、武蔵大学のキャンパス内で実施する集中講座があり、学生は選択することが可能です。セブ島の英語集中講座は6週間で約60万円です。朝6時半から夜10時までしっかり学ぶIELTS™対策のプログラムで、半分がマンツーマン指導になっています。大学キャンパスで行う集中講座でもIELTS™対策をきっちり行えます。こちらも4週間で18万円程度から6週間で40万円程度の費用の講座まであります。履修者には10万円の奨学金を給付しています。IELTS™オーバーオール5.5(各技能5.0以上)が9月からのIFP開始要件で、これを取得できないと1年間の持ち越しになります。ただ、最近は英検2級を持って入学する学生が多く、しっかり取り組めば十分にクリアできる水準です。
カリキュラムはコンスタントに更新
インタビュアー「日本の大学は担当教員や講義が長年固定化していることがありますが、PDPはいかがですか」
――カリキュラムも授業内容も、コンスタントに見直されます。たとえば私は当初、専門のDevelopment Economics(開発経済学)を教えていたのですが、2年ほどで科目自体が世界的に整理されました。世界で20人ほどしか履修者がおらず、そのうち12人が武蔵、という状態でしたので(笑)。今は代わりにBusiness Analytics, Applied Modelling and Prediction のような、時流に沿った科目が置かれています。科目やカリキュラムが時代とともに柔軟に更新されていくというのは、PDPの大きな特長の一つですね。
2027年、新展開へ ― BDS専攻と9月入学
インタビュアー「2027年度から新たにビジネスデータサイエンス専攻(BDS専攻)を設けられる狙いを教えてください」
――LSEの担当者から「Data Science and Business Analytics という学位プログラムを始める。この分野はこれから非常に伸びる」と聞いたのがきっかけです。私自身も当時データサイエンスについて詳しくありませんでしたので、プログラミングから改めて勉強しました。実際に学んでみて、これはやるかやらないかで大きな差が出ると確信いたしました。現在では、シンガポールでも毎年150人程度履修を始める非常に人気の高い学位プログラムになっています。
インタビュアー「難易度はいかがですか」
――3つの学位プログラム(Economics、Economics & Management、Data Science and Business Analytics)の中では、Data Science and Business Analytics が数学のレベルは最も難しいと思います。ただ、日本の学生さんは世界的に見て数学の素養が高く、最近PDPでも理系から文転して入学してきた学生が増えてきております。ロンドン大学の学位はBachelor of Science ですので、性格としてはサイエンスという分類となり、2027年度から正式にBDS専攻として開講いたします。
インタビュアー「同じタイミングで9月入学も開始されるそうですね」
――はい。ある高校で説明した後、女子生徒から「先生、PDPは良いプログラムだと思うのですが、授業が終わったらみなさん日本語で話しますよね」とご指摘をいただいたことがありました。まさにその通りで、4年間英語で授業を受けても、聞く・読む・書くは伸びる一方、話す機会が限られるという課題があります。そこで2027年9月から9月入学を導入し、日本にいるインターナショナルスクールの生徒や海外からの直接進学者を受け入れることにしました。クラスメイトに英語でしかコミュニケーションできない学生がいれば、日常的に英語で話す機会が自然に生まれます。そうした環境作りを進めていきたいと考えています。
インタビュアー「国際バカロレア(IB)との相性も良いと伺いました」
――PDPとIBは仕組みがかなり似ています。試験を各国で受けて本部に送って採点が行われる点や、クリティカルシンキング、批判的思考、論証構造の組み立てを重視する点など、共通点が多いです。IB生は、「市場メカニズムと計画経済、なぜならば……」という形式の議論を高校時代からすでに練習していますので、PDPとの相性がとても良いと考えております。さらに2027年からEMIR専攻の中でInternational Relations(国際関係論)も教える予定となっており、バカロレアで近現代史を学んできたIB生にとって、深めがいのある学びになるはずです。

求める学生像 ― 「学びたい気持ちを持った学生」
インタビュアー「どのような方に入学してほしいとお考えですか」
――シンプルに「しっかり勉強したいという意欲を持った学生」ですね。実際、慶應義塾大学SFC(湘南藤沢キャンパス)にも合格して武蔵大学に入学した学生に理由を尋ねましたら、「自分の性格を考えると、周りが勉強する環境に身を置いた方が力がつくと思ったので、武蔵大学を選びました」と話してくれました。とても納得のいく理由だと思っています。
インタビュアー「PDPで身につく能力を教えてください」
――やはり論理的思考・批判的思考の力です。私が経済学を学んで一番よかったのは、経済学の知識そのものよりも「これはこうだからこうなる」と論理立てて考えられるようになったことでした。この訓練は日本ではまだ十分でない部分もあると感じており、これを鍛えると、自分のキャリアやライフプランを考える上でも判断の精度が上がってくると思います。
インタビュアー「今後はどのようにPDPを発展させていく構想でしょうか」
――最近はPDPと課外活動を両立する学生が増えています。以前は学業に集中するタイプの学生が多かったのですが、いまは時間のマネジメントが上手で、要領が良いバランス感覚のある学生が増えている印象です。第1フェーズは「海外の大学生のようにしっかり勉強しよう」でしたが、これはある程度達成できたと考えています。次の第2フェーズは、勉強もしっかりしつつ、部活・サークル・自分の好きなことにも取り組む。そういう学生が世の中で活躍していくのだと思います。学業だけでなく、人間力も一緒に伸ばしていく。それがPDPの次のテーマですね。
インタビュアー「日本社会において、PDPのような取り組みが持つ価値をどうお考えですか」
――日本社会全体を見ますと、異なる文化圏で育った方や、外国の教育を受けた方と日常的に接する機会が、まだ十分ではないように感じます。そのことによって、無意識のうちに視野が狭くなってしまう場面もあるかもしれません。
インタビュアー「PDPの環境はどうですか」
――教員は世界各国から採用しています。ブラジル、ドイツ、今度はオランダからもお迎えします。中国、韓国の先生もいます。それぞれの文化的背景から教育を行うので、さまざまな視点が自然に入ってきます。外国人と実際に会ってみると、事前に持っていたイメージと違うことに気づくことは多いものです。クラスメイトに外国出身の学生がいれば、「話してみたら、自分と変わらない」という発見が自然に生まれる。こうした環境が、これからの日本にはより必要なのではないかと感じております。
インタビュアー「AI時代へのメッセージもぜひお願いします」
――AIをお使いになった方はお分かりだと思いますが、漠然とした質問には、漠然とした回答しか返ってきません。ということは、AIを使いこなせる方は、それなりの知識と思考力を持っているということなんですね。「AIに聞けば済む」というわけではなく、AIと何回も対話を重ねて、適切な結論を導いていく力が求められていると思います。大学でしっかり学ぶことが、AI時代にはむしろこれまで以上に重要になると考えています。
保護者・高校の先生・受験生へのメッセージ
インタビュアー「保護者の方と高校の先生へ向けたメッセージをお願いします」
――これまでの日本の伝統的な大学教育とは違った学び方をお子さんに、とお考えの保護者の方には、ぜひ知っていただきたいプログラムだと思います。バカロレアやインターナショナルスクールを選ばれる方の教育観にも合いやすいと感じておりまして、実際に慶應義塾大学・上智大学・東京理科大学・横浜国立大学・横浜市立大学と比較検討した上で、本学を選んでくださる学生も増えています。高校の先生方には、教え子の皆さんに『大学でも学び続けること』を促していただきたいと思います。自ら進んで学べる生徒はどこでも伸びますが、学ぶ環境があってこそ力を発揮するタイプの生徒もいらっしゃいます。そういう生徒には、ぜひ武蔵大学を選択肢に入れていただければ嬉しいです。
インタビュアー「最後に受験生の皆さんへのメッセージをお願いします」
――AI時代を生き抜くためには、AIを使いこなすための体系的な知識と思考力が必要です。大学でしっかり学ぶことが、これまで以上に重要になります。武蔵大学のPDPは、その本気の学びの場を用意してお待ちしています。





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