今回は、All HEROs合同会社代表/IPU環太平洋大学特命教授/元・岡山大学教育推進機構准教授の中山芳一先生にお話を伺っていきます。
非認知能力研究の第一人者として、『教師のための「非認知能力」の育て方』(2023年、明治図書)、『学力テストで測れない非認知能力が子どもを伸ばす』(2018年、東京書籍)、『東大メンタル―「ドラゴン桜」に学ぶやりたくないことでも結果を出す技術』(2021年、日経BP)など多数の書籍を出版されている中山芳一先生ですが、今回我々「未来図」の顧問になっていただくことになりました。
そこで今回は、学校型推薦入試・総合型選抜入試(以下、「年内入試」と呼称)について、教育学の検知からどのように考察されているのかについて伺っていきます(インタビュアー・西岡壱誠)。
現在の日本の大学は本当に「教育機関」と言えるのか
―――まず、漠然とした質問になってしまいますが、現在の年内入試を巡る議論について、どのようなことを考えていますか?
「推薦入試の是非や、大学を取り巻く環境の変化について考えるとき、様々な要因が絡まって現在の状況が生まれているということを考えなければなりません。少子化の中で、大学全入時代になっていること。偏差値という昭和の時代からスタートした基準で大学のランクや格が決まる現状、年内入試が50%を占めている現状などですね」
―――なるほど。
「その中で、自分が今重要だと考えている問いは、『大学は教育機関なのか?教育機関としての役割を果たせているといえるのか?』ということです。つまり、『大学側が学生を招き入れたはいいけれど、社会的・職業的に自立した大人へ育てていけるの?』ということです。元大学教員という立場から言わせていただくと、自分は大学が教育機関としての機能をしっかり持てているのかということについて懐疑的です。」
―――授業にあまり出席しなくても卒業できる大学とか、つまらない授業が多い大学とか、そういう大学も多いわけですもんね。
「いわゆる「Fラン」と呼ばれるような大学が多くなってしまいがちなのは、そういうところに問題の源泉があるのかもしれません。そもそも日本の大学は、「入りにくく、出やすい」傾向があります。「入学はできるけれど、卒業するのは難しい」ということであれば、大学の価値は非常にわかりやすいですよね。でも、出やすいのであれば、果たして4年間はなんなのだろうか?と。それでおしまいでいいのか、と。」
―――確かに、そうですよね。今のままの、「入りやすく出やすい」大学のシステムでは解決しない問題も多いかもしれませんね。
「大学側にも、しっかりと努力をしてもらいたいところです。『教育機関』としての価値をしっかりと出していかないと、意味がないのではないか、と。」
偏差値はもう時代遅れ?
―――偏差値についてはどのようにお考えですか?
「これも、新しい議論が必要なものの1つだと思います。学力を測る指標が昭和のままでいいのか?というのは議論が必要でしょう。認知能力を測るために、どれくらいの知識を覚えるのかを問うような学力テストは必要なものだったと言えますが、時代が変わっています。定型化された問いに対する答えを覚え、答えると言うだけなら、aiが代わりにやってくれる時代ですから。」
―――時代の変化に合わせて、指標も変えていくべきだということですか。
「職業の種別化も、非常にすっきりしていたのが昭和の時代でしたので、そう言う時代にテストで点数化するのは、ものすごく大事だったと言えます。しかし、今の時代に求められる学力というのが不定型なものになっていっています」
―――たしかに、知識を覚えればそれでOKというのが『学力』ではないわけですものね。
「『見える学力』を認知能力、『見えない学力』を非認知能力、と括って、『認知能力はいらない、非認知能力が重要だ』という論調があります。自分も非認知能力に関する研究を行い、書籍を何冊も出させていただいているのですが、しかし一度も『認知能力はいらない、非認知能力が重要だ』とは主張していません。そして、実はこの『見える学力』『見えない学力』という二元論について間違っているのではないかと考えています。つまり『見えにくい学力』も存在しているのではないか、ということです」
「見えにくい学力」という括り
―――『見えにくい学力』、ですか。
「テストにおいて、シンプルにインプットをして知識量を増やせば解ける問題も存在し、それは確かに見えやすい学力・つまりテストで測りやすい学力というものです。しかし、それだけが『学力(認知能力)』だという話ではありませんよね。それこそ論理的思考や、表現力、言語能力なども存在しています。認知能力の中には、『見えやすい学力』も『見えにくい学力』もあるという話です」
・「見える学力」:知識の量など、共通の尺度を持ちやすいもの
・「見えない学力」:精神面や人間性など、共通の尺度を持つことが難しいもの
・「見えにくい学力」:表現力・論理的思考・言語運用能力など、共通の尺度を持ちにくいもの。現在「見える学力」の一部として扱われるものの、顕在化しにくく、テストでは測りにくいもの
―――なるほど。テストで言えば、小論文の問題なんかがそれに当たるかもしれませんね。
「そうですね。とはいえ、小論文の問題って、満点を作りにくいじゃないですか。これは、認知能力の中でも、見えにくい部分を測るものだと言えるかもしれません」
―――なるほど。それは考えたことがありませんでした。
「偏差値で考えると、東大生なんて『見える学力』だけでしょ?という批判もあると思います。一般入試でしか勝ってきていない東大生なんて、頭でっかちでしかないじゃないか。社会に出てから活躍できる人はいないんじゃないか、と。
しかし、それでも東大生は社会に出てから『知識量が多いから』と言う理由以外でも活躍している。その理由は、東大生の中にも、『見えない学力』『見えにくい学力』も作られているからです。『偏差値』という言葉で片付けるのではなく、もっと解像度を上げる必要があると言う話ですね。」
―――そう考えると、最近の受験生って、偏差値が急に上がるんですよ。あまり上がらない時期が長くて、そこから急に上がる。それはなぜかというと、知識を覚えれば解ける問題が減ってきたからだと思っています。知識量が多ければ解ける問題が少なくなり、しっかりと考えないと答えが出ない問題が増えました。それこそ、『見えにくい学力』を問う問題が増えてきたということなのかもしれません。だから、付け焼き刃では成績が上がらなくなった。
「その傾向自体は喜ばしいものですよね。試験の出方がずいぶん変わってきたというのは、今の教育の方向が良い方に向かっているということだと思います。しかし、その時にセットになっちゃうのが、そこに高校の先生が対応できているかというと疑問ですよね。」
―――それはそうですね。
「話を戻しますが、『年内入試=非認知能力を測るもの』『一般入試=認知能力を測るもの』という括りは、間違っていると思いますし、実際、そういう括りではないですよね。逆に言えば、年内入試ではもっと、一般入試では問えないような、『見えにくい学力』が問われてほしいと感じます」
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