本日、産経新聞から「東大生の親は半数以上が『勉強しなさい』と言わない」と指摘する記事が発表されました。
https://www.sankei.com/article/20260326-W5UJOLMNGFMDXBHSXZWSXV5ZVY/

アンケート回答者の母数が僅か64しかなく、信用できるデータとは言えませんが、肌感覚としては合っている気がします。筆者自身も東大生ですが、確かに、勉強しなさいと言われた記憶はありません。

ですが、これは一部正しいけれども、明らかに間違っている指摘だとも感じます。私を含め、未来図編集部に所属する東大生3名で話し合った結果、「勉強しなさいと言わないだけで、実質的に同じようなことは言っている」という結論で一致しました。

では、東大生の親は、どのようにして子どもに「勉強しろ」と伝えているのか? 
東大生3名のエピソードを基に「親子関係を保ちながら勉強を促す一言」を考えます。

命令ではなく疑問形

編集長の西岡、高校マイスターの村瀬、そして私の3名で話し合った「東大生が本当に言われていた一言」とは「なんで勉強しないの?」でした。
命令ではなく、あくまで「どうして勉強しないのか」と疑問形で尋ねるにとどまるのです。

肝心なのは「勉強しないの?」に対して親の納得する答えが出なかったときにも、「だから勉強しなさい」とならない点。
つまり、「どうして勉強しないの?」は「勉強しなさい」の呼び水として運用されないのです。

あくまで必要なのは「どうして勉強しないのか」を純粋に尋ねる態度であり、どのような事態が巻き起こるかを客観的に検討してもらうこと。

画像はイメージです。

その結果、例えばテストで赤点を取ってしまうだろうことを予想できたとしても、それを本人が受け入れる様子であれば、一度そのまま行かせてみる。

多くの東大生を取材してきた経験を持つ未来図編集長・西岡さんは、「勉強しろ」と言わない親たちについて「言っても無駄だとわかっているからでは」と分析します。

すなわち、仮に本当に勉強量が足りない状況だとしても、「勉強しなさい」と伝えたとしてそれが実行されなければ、その命令文には全く意味がないことになります。

そして「勉強しなさい」と言われてやる気を出すような子は、そう多くない。
だからこそ、「勉強しなさい」とは別方面のアプローチを測る必要があり、それが一定数うまくハマっているのではないか、とのことでした。

赤点すら"スルー"

「親に勉強しろと言われたことは全くない」と語る村瀬さんは、かつて校内実力テストで7点を取ってしまったことがあるそう。しかし、それでも彼の親は怒りませんでした。

「私は家で勉強するタイプではありません。いつも学校で勉強していましたし、家には勉強を持ち込まないようにしていました。

もちろん、親の見えるところで勉強していないこともあり、ちょくちょく『勉強大丈夫?』と聞かれましたが、そのたびに結果をもって『大丈夫』を示してきた。だから、その時も特に何も言われませんでした。それに、自分自身本当にひどい点数を取るなんて夢にも思っていなかったんです。

だから、7点のテストが返ってきたときにはびっくりしました。

とはいえ、中高一貫校に高校から入学すれば、ビハインドがあるのは当然。高1の間に猛勉強して中学からの一貫組に追いつく必要がありましたが、私にはそれができなかった。それだけのことではありますが、点数としては赤点も赤点。それなのに、やはり親は私を怒らなかったんです

画像はイメージです。

この話から分かるのは、あくまで親は子どもの支援者にすぎず、子どもの人生をコントロールできないことをよくわかっていただろうこと。

子どもが本当に勉強しているのか? 
余裕をかましているが、それが虚勢なのか本当なのか? 
このままで自分の子どもは一流大学に進学できるほどの実力が身に着くのか? 

それらは村瀬さん本人しかわかりません。

聞くところによれば、村瀬さんのご両親は別に勉強が大得意なタイプではないそう。
開成レベルの授業内容や、東大受験に必要な勉強量なんてわからない。

だが、それに一番詳しいであろう我が子が「大丈夫」と言っている
素人目にはどう見ても怪しいが、自分よりも勉強に詳しいのは息子なのだから、任せよう。

この信頼こそが、「どうして勉強しないの?」と問う態度に現われるのではないでしょうか。

目的のために手段を選んで

勉強しなさいと言われれば、やる気はたちまちのうちに消え去ります。
「働け」と言われて働きたくなる人がいないように、やれといわれて喜ぶ人は多くない。

だからこそ、命令には音波以上の意味がなく、周りのストレス値を上げるだけの働きしかありません。

本当に必要なのは「勉強しないとどうなるか」を考える機会であり、現状の態度がもたらす結果に対する覚悟

東大に入れても道を違えることはあるでしょうし、中卒でも誰もが羨む大成功を積み上げる人はいる。勉強することだけが正解択ではなくなった現代では、勉強以外の選択肢を選ぶ我が子を肯定する準備も重要です。

画像はイメージです。

だからこそ東大生の親たちは「勉強しなくても大丈夫なの?」と選択を尊重し受容する態度を表わすのではないでしょうか。

子どもたちのやる気を引き出すのは、いつだって親の何気ない一言。筆者も、かつては非進学校から東大を目指すほど自己肯定感が高い子どもでしたが、この無限のポジティブさがあったからこそ、私は貧乏塾なし東大受験という無謀を実行できました。

その目線から言わせてもらえば、いつもぎすぎすケンカばかりするよりも、ニコニコ穏やかに笑える家だったからこそ、今の私はあるのかもしれません。