過熱し続ける中学受験の最前線。かつて1980年代には12%程だった中学受験参入率は、令和になって30%を突破しようとしている。教育に敏感な層が多い港区や文京区は60%以上が小学校受験、もしくは中学校受験に抜けていく。これらの地域では、公立小学校と公立中学校を卒業して高校受験に挑むのは、わずか30%にすぎないという。
もちろん、中学受験には多くのコストがかかる。教育資金、子どもの勉強を見たり弁当を作ったりする時間、送り迎えの体力……。栄光ばかりが語られがちだが、裏で流した汗と涙は計り知れない。
それでも、「頑張れば栄光を掴める」と信じて進み続けるからこそ、熱が引くどころか、勢いは強まっていく。狂気的な輝きを秘めた炎は一層燃え盛る。だが、受験最前線の分析や解析を得意とするじゅそうけん合同会社代表の伊藤滉一郎氏によれば「多くの親子は、最上層の栄光を諦めきれず、もがき苦しみ続けている」のだという。現代のマネーゲームと化した受験戦争の実態に迫る。
__中学受験で成功するには、どうすればいいのでしょうか?
伊藤:正直、そこは非常に運が絡みます。中学受験をされている、そして補習用の塾など多くの費用をかけられている親御さんは、きっと「たくさんお金と時間と労力をかけているのだから、いつか報われる」と考えているのでしょう。もしくは、「両親ともに中学受験を突破して、名門の○○大を出ているのだから、子どもにその知能が遺伝しているはず」と信じているのかもしれない。
ですが、それは大きな間違いです。本当の中学受験の姿は、「お金をかけても受からないし、親が優秀でも受からない」。ただ、ひたすらに運が絡みます。運とは、「認知能力の発達度合い」とか「勉強に対する姿勢」とか、非常に多くのファクターが絡んでくるので、これを一概に定量化・定性化することは難しい。
私は現在受験総合研究所(じゅそうけん)を立ち上げ、様々な受験に関するトピックや情報を収集し、分析していますが、私自身は子どもを中学受験に誘導する気はありません。もちろん、数々の条件がかみ合ったなら参加してもいいかもしれませんが、それらを無視して参入しても、全く意味はありません。
__私が小さいころは、限られた一部の子だけが受験を考えていた印象がありましたが、なぜ現在はここまで受験熱が上がっているのでしょうか?
伊藤:一つ目は少子化があります。一人あたりにかける教育費があがっているんです。例えば、昔なら2人とか3人きょうだいが当たり前だったかもしれませんが、いまはむしろ一人っ子のほうが多い。となれば、単純計算で昔の子どもたちの2倍・3倍の教育費がたった一人に集中します。資金に余裕があるとなれば、それだけどこかに投資をしたくなるのが人の性。そこで中学受験の話をふわっと聞いて、ふわっと入ってしまう。
あとは、今の親世代が、受験や修飾で苦労された氷河期世代にあたるのも理由だと思われます。大学受験期には私大バブルで浪人が当たり前、日東駒専が偏差値60もあった時代でした。しかもなんとか入学・卒業しても就職氷河期ど真ん中で中々キャリアが定まらない。そんな中、血を吐く思いで勝ち取った今の平穏のもと、「子どもに自分と同じような苦労を負わせたくない」と考えるのは、親心というものでしょう。ですが、全員が同じようなことを考えていた結果、その決断は裏目に出てしまい、子どもをレッドオーシャンの真っただ中に送り込むことになってしまった。
あとは、港区など都市部の湾岸エリアには今も人口が外部流入していますが、そういった移住者が入る先のタワーマンションでは、「タワマンコミュニティ」ができているそうです。ここでは、マンションの共用部に親御さんが集まって、子どもの塾内でのクラスや成績について情報交換をするんです。もともと中学受験を知らなかったり、する気が無かったりする家庭も、ここの圧に呑まれてしまうケースも多い。
__昔より参入障壁が下がっているなら、受験自体のハードルも下がっているのでしょうか?
伊藤:とんでもない。むしろ、真逆でインフレが進み切った地獄と化しています。学校側がどんなに難しい問題を出しても、すぐに塾側が対策を講じて「定式化」してしまう。すると、学校側もそれに対応して、さらに難しい問題を出さざるを得ない。いまのSAPIXの模試は、偏差値50くらいの子だと全然解けないように作ってあると聞いたことがあります。上位層の子の力を測ることに特化しており、かなり難しめの調整を食らっている。それも、受験自体のレベルが上がっていることが原因です。
男子御三家と言われる学校があります。「開成・麻布・武蔵」の3校を指し、東大に毎年何十人も合格者を出すような、すごい学校群です。もちろん入試難易度も「東大級」で、大人でも解けないような問題ばかりが出題される。進学塾の最上位クラスに通っている子から、数人出るか出ないかと言えば、伝わるでしょうか。
ですが、今の中学受験現場では、20年前の開成中学の入試問題を、偏差値50程度の子どもたちが解いているんです。開成中学の偏差値が70以上から下がったわけではありません。単純に、今の受験で要求される「ふつう」のレベルが際限なく上がり続けた結果、いうなれば難易度のハイパーインフレーションですよ。
20~30年くらい前ならば、小5からでもなんとか間に合うと言われていたそうですが、今では小学校3年生の冬から塾に通ってもギリギリ。小1や小2から塾通いする人も珍しくはありません。単純に、問題のレベルが上がったのもありますし、それ以上に覚えるべき事項が増えすぎたので、2年ちょっとでは絶対に間に合わないところまで来てしまったんです。
もちろん、業界内でも無理を通していることは百も承知。「小学生の限界値に年々近付いている」とも、「パンクは近い」とも言われています。私の予想では、5~10年以内にパンクが訪れると考えています。ただ、5年以内には少子化などの影響で受験熱が引いていく時期に入るでしょうから、どちらが早いかは、それこそ運次第ということになりそうです。
__そんなに苛烈だと、成績が上がらなくて悩んでしまうのでは?
伊藤:「ボリュゾ」という言葉があります。偏差値45~55程度の、一番子どもたちが集中するボリュームゾーンを指す言葉です。受験生全体の40%くらいがここに入りますが、このレベル帯の親子が、一番メンタルをやられているように感じます。
中学受験を検討する層って、もちろん勉強ができるわけです。地域とか学校では上澄みのほう。それで息巻いて受験問題を解くと、全く解けない。クラスならトップなのに、必死でやっても偏差値50を突破できない。どれだけ本気になっても、55の壁が超えられない。ブレイクスルーなんて都合のいいことは起きず、ずっとここに居続ける。「ボリュゾママ」「ボリュゾパパ」と検索すると、このレベル感に停滞する親御さんの嘆きや愚痴が無限に出てきますよ。
一番上のクラスは勝手にやらせてれば成績を取ってきますし、一番下のクラスは諦めて託児所代わりに使っている。真ん中が一番悲惨なんです。落ちる「下」が見えているし、のぼった先の「上」も見えている。中途半端にできるけれど、中途半場にできない。本人も勉強のやる気に溢れているわけでもなく、かといってやる気がないわけでもない。こうなると、引くに引けず、ずるずるとコストをかけながら生き延びる道しか残されていないんです。愚痴アカウントで一番多いのがボリュゾ層なのも、きっとこのせいでしょう。
○まとめ
伊藤さんは「正直、いまの中学受験の半分は、高校受験に移行しても何の影響もないだろう」と語る。公立中学校には内申点制度があったり、環境設備が私立中学校より劣ったりと、決していいことばかりではないが、それでも中学受験に参入するデメリットが上回る家庭も少なからずある。
受験に参入するならば、「受験で求める軸」「子どもの性格や発達」「公立進学を回避するべきマイナス事案」など、明確な理由が必要だ。少なくとも、惰性で突入しては、返り討ちに会うような苛烈な戦場であることは、間違いがない。「かけた時間と資金のわりに、得られたものが何もない」とならないように、何のために頑張るかを一度家族で話し合うべきなのだろう。





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