「高校2年生まで、自分が慶應に進学するとは想像もしていなかったんです。課外活動頑張っていたら、気づいたら受かっていた感じで」

 こう語ってくれたのは北海道出身、現在慶應義塾大学SFC2年の村上心さん(19)だ。

 小学6年で国連本部を訪れSDGsに目覚めた彼女は、ウミガメの鼻に突き刺さるストローの写真に胸を痛めて以来、中学・高校では海洋ゴミやマイクロプラスチックに関する活動を行ってきた。例えば高校では、マイクロプラスチックを除去した能登の塩を手に、海洋汚染を“自分ごと”に変える啓発活動を展開した。

 実はそんな村上さんは、高校2年生までは自分が慶應に進学するとは想像もしていなかったという。札幌の地方校に通う村上さんにとって、東京の大学は遠い存在であり、受験勉強よりも自分の探究活動に夢中だったからだ。

 慶應などのハイレベルな大学を志望する学生は、高校2年生の段階では進路が明確になっていることが多い。場合によっては、中高一貫に入学したばかりの中学1年生が「この大学に行きたい」と進路を明確化していることもある。

 そんなハードな大学受験の現状のなかで、なぜ村上さんはスタートが遅れた状態から慶應に推薦合格することができたのだろうか。「受験はゴールではなく社会を変える通過点」だと受験を振り返って語る村上さん。

 この記事では、19歳の挑戦が生む“ゴミを宝に変える”瞬間とその進路選択の裏側に迫る。

SDGsに目覚めた原点は「国連大使」

岡本: 本日は、19歳の現役慶應義塾大学SFC生であり、環境問題に熱心に取り組んでいる村上心さんにお話を伺います。まずはその原点についてお聞かせください。

村上さん(以下敬称略): 私がSDGsに関心を持つようになった原点は、小学6年生のときに参加した「少年少女国連大使」というプログラムでした。当時12歳だった私は、日本青年会議所(JCI)が主催するそのプログラムに選んでいただき、ニューヨークの国連本部を訪問する機会を得たんです。

岡本: 12歳からそんな活動をされていたんですね!

村上: そうなんです。国連では世界中の同世代の子たちと交流しながら、SDGsについて学びを深めました。貧困や気候変動など地球規模の課題を目の当たりにして、「自分にも何かできることはないだろうか?」と強く感じたのを覚えています。

「国連大使」から環境問題への第一歩

岡本: 「少年少女国連大使」としてのニューヨーク訪問を終えて帰国した後、村上さんは具体的にどのような行動を始められたのでしょうか?

村上: ニューヨークで受けた刺激を無駄にしたくなくて、帰国後はまずSDGsの大切さを周囲に伝えることから始めました。たとえば学校の授業で学んだことを発表したり、地域のイベントでスピーチをしたり、小さなことから啓発活動を続けていったんです。

 実際、札幌市が開催したSDGsフォーラムでは、中学生のパネリストとして国連大使の経験とその後の取り組みを報告する機会もありました。そうした活動を通じて、持続可能な社会づくりへの思いはますます強くなりましたね。

岡本:なるほど。活動を無駄にしたくなかったと。

村上:そうそう。その中で特に関心を持ったのが環境問題、中でも海洋プラスチックごみの問題でした。SDGsには17の目標がありますが、私はプログラムを通じてそれらを幅広く学ぶうちに、「まず自分に身近な環境問題から取り組みたい」と考えるようになったんです。

海洋ごみは地球規模の環境課題ですが、決して遠い世界の話ではありません。ニュースでプラスチックだらけの海岸や、誤ってプラスチックを食べてしまった海の生物の話を知るたびに胸が痛みましたし、何とかして現状を変えたいと思うようになりました。

岡本: 中学生でそこまで強い問題意識を持つとは驚きです。同世代の仲間たちにも呼びかけたり、何か行動を起こしたりしましたか?

村上: そうですね、まずは身近なところでできることから始めました。例えば学校で海洋ごみ問題に関する壁新聞を作って掲示したり、友達と一緒に校内の清掃活動を企画したりしました。札幌は海こそ身近ではありませんが、川や街のゴミが巡り巡って海に流れ着くこともあります。だから自分たちの町から綺麗にしようと、小さな規模ですが行動に移していました。その積み重ねが、高校で本格的に研究しようというモチベーションにつながったのだと思います。

SGHでの探究学習と転機

岡本: 村上さんは高校の札幌聖心女子学院で、探究学習に熱心に取り組まれたと伺いました。どのようなテーマに取り組み、そこでどんな転機があったのでしょうか?

村上: 私が高校で選んだ探究テーマは、まさに先ほどお話しした海洋プラスチックごみ問題でした。札幌聖心女子学院はSGH(スーパーグローバルハイスクール)にも指定されていて、生徒自身が課題を設定して探究する学習が盛んなんです。私はそのプログラムを活用して、海洋ごみの現状や影響について文献調査を行ったり、専門家の講演を聴いたりもしました。先生が環境問題のNPOを紹介してくださり、実際にその方にインタビューして貴重なお話を伺う機会も得られました。

その過程で知ったのが、マイクロプラスチック問題の深刻さです。たとえば、とある研究では世界21の国・地域から集めた39種類の食塩のうち実に9割からマイクロプラスチックが検出されたという結果が報告されています。塩1キログラムあたり平均506個もの微細なプラスチック粒子が含まれている計算で、これは平均的な大人なら塩だけで年間約2,000個ものマイクロプラスチックを体内に取り込んでいる可能性がある、という衝撃的な数字でした。

岡本: 塩から年間2,000個ものプラスチックを…それは本当に衝撃ですね。

村上: はい。普段当たり前に口にしている塩にそんな危険が潜んでいるなんて、つまり私たち人間が出したゴミが巡り巡って自分たちに返ってきている現実に、私も大きなショックを受けました。この事実を知ったとき、「やっぱり環境問題に対してもっと本気で行動しなくては」と強く思ったんです。高校2年生の頃でしたが、これが私にとって大きな転機となりました。

「調査」から「実践」へ――行動する環境教育

岡本: 調べるだけでなく「行動する」ことが大事だと痛感した村上さんは、いよいよ具体的なアクションを起こされたわけですね。それはどのような取り組みだったのでしょうか?

村上: はい、私は「知る」だけでは状況は変わらない、実際に行動してこそ環境問題の解決に近づけるはずだと考えました。そして高校2年生のとき、自分のプロジェクトとして海洋問題研究所という組織名を掲げ、行動による環境教育を始めたんです。具体的には、マイクロプラスチックが混入していない国産の塩を仕入れて販売する活動でした。

塩に着目したのは先ほどお話しした理由からです。私たちが日々使う塩にプラスチックが混ざっている――この事実を知れば、誰もが海洋ごみ問題を自分事として捉えられるのではないか、と考えました。そこで「日本国内でマイクロプラスチックを除去する製法の塩はないのか?」とリサーチを行い、辿り着いたのが石川県・能登半島のとある製塩所さんでした。その製塩所では独自の製法で海水中の異物を取り除いた高品質の塩を作っていて、私が調べた限りマイクロプラスチックの混入も限りなくゼロに近かったんです。

岡本:ひとつの製塩所まで見つけられるなんて、すごい行動力ですね...

村上: 見つけるしかないと思っていましたね。そこから私は直接その製塩所に連絡を取り、その塩を分けていただいて広める活動をしたいとお話ししました。幸い快諾してくださり、私はその塩をパッケージして販売を開始しました。

塩のブランド名自体は既存のものですが、私がそこに「海洋問題に貢献する塩」というストーリーを付加して、SNSなどで販売しながら啓発を行ったんです。

例えば購入してくれた方には、「この塩にはマイクロプラスチックを除去する工程を踏んでいます。それはつまり、私たちが普段使っている多くの塩には目に見えないプラスチックごみが混じっている可能性があることの裏返しです」といった話から始めて、海洋プラスチック汚染の現状と私たちにできることを伝えました。

商品を手にとってもらうことで、単に「海のゴミ問題が大変だ」と聞くよりも、ずっと自分ごととして考えてもらえる手応えがありましたね。

岡本: まさに「調査」から「実践」へ、学んだことを行動に移したわけですね。その塩の販売活動にはどんな反響がありましたか?

村上: おかげさまで、多くの方に興味を持っていただきました。私のSNSで発信したところ、想像以上に拡散されて、「そんな塩があるんだ」「初めて知った」といった声が寄せられました。

皆さん口々に「身近なところにこんな問題が潜んでいるなんて驚いた」とおっしゃっていて、狙い通り関心を持ってもらうことができました。売上自体は大きなものではありませんが、それよりも探究型学習で得た知見を社会に発信し、行動に移せたことに大きな意義があったと思います。

活動が評価されて、札幌市内や全国規模のSDGsイベントで発表する機会も増えました。例えば、2022年末のSDGsオンラインフェスタというイベントでは、塩を切り口に海洋問題についてプレゼンテーションする機会をいただいたんです。

そうやって自分の行動が少しずつ周りを動かしているという実感が湧きました。

なぜ慶應SFCへ?――田中浩也教授との出会い

岡本: 高校での探究と実践を経て、進路として慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)を選ばれたのはなぜですか?また、決め手の一つには田中浩也教授との出会いがあったとうかがいました。

村上: 実を言うと、高校2年生までは自分が慶應に進学するなんて想像もしていませんでした。札幌の地方校に通う私にとって、東京の大学は遠い存在でしたし、正直受験勉強よりも自分の探究活動に夢中だったんです。周りの大人からは「進路は大丈夫?」と心配されることもありましたが、自分としては探究活動を続けられる道を探したいという思いが強くなっていきました。でも海洋ごみのプロジェクトを続ける中で、「大学でもこの延長線上で学びたい、活動したい」と強く思うようになりました。

そんなとき出会ったのが慶應SFCという存在です。SFCは探究型学習やプロジェクトベースの学びに力を入れていることで知られていて、「ここなら自分のやりたいことを続けられるかもしれない」と感じました。実際、AO入試では高校時代の活動を詳しくアピールする機会があり、自分にぴったりだと思って挑戦したんです。

中でも決め手になったのが、田中浩也教授との出会いでした。田中先生はデジタルファブリケーションの第一人者で、社会と技術を結びつけながら持続可能なスマートシティを創造する研究をされています。例えば、都市で出るプラスチック廃材を3Dプリンタで素材に変えて再利用するといった、「ゴミを資源に変える」先端的なプロジェクトにも取り組まれているんです。私がまさに実現したいと願っていた循環型社会の未来像と、先生の描くビジョンがピタリと重なりました。

実は先生はご出身が北海道札幌市というご縁もあって、初めてお話ししたときには私の高校での活動にも大いに関心を持ってくださいました。SFCのオープンキャンパスで田中先生の研究室を訪問した際、「失敗を恐れずどんどん試作しなさい。ここには君のような挑戦者を応援する環境があるよ」と声をかけていただいたんです。その言葉に背中を押されて、「この大学で思い切り挑戦してみよう」と進学を決意しました。

ゴミを「宝」に変える、スマートシティ革命

岡本: 慶應SFCに入学されてからは、まさに「ゴミを宝に変える」ためのスマートシティ革命に挑んでいると伺いました。現在、どのような研究やプロジェクトに取り組んでいるのか、詳しく教えてください。

村上: SFCでは引き続き、資源循環やスマートシティに関する探究を深めています。私が目指すのは、都市をまるごと循環型都市に変えてしまうような大胆なビジョンなんです。一言で言えば「未来の街では、ゴミは一つも無駄にしない」ということですね。

例えば現在、学内では、大学内で捨てられたペットボトルゴミをまた新たなペットボトルに生まれ変わらせる水平リサイクルに挑戦しています。学内のリサイクル率を上げるため、ゴミ箱などに様々な工夫をしているところです。

加えて、私はスマートシティの文脈でこの循環システムを考えています。デジタル技術を活用すれば、どの場所でどんな廃棄物がどれだけ出て、それをどう再利用するかという情報をリアルタイムで共有・管理できます。IoTセンサーやビッグデータ解析によってごみ収集やリサイクルの効率を最大化したり、市民が参加しやすいプラットフォームを作ったりと、ITを駆使して都市全体の循環を最適化することができるんです。単にハイテクな便利さを追求するのではなく、環境に優しく持続可能な街づくりこそが、私の考えるスマートシティ革命の核心です。

実は海外では、アムステルダムやバルセロナといった都市が「Fab City(ファブシティ)」というビジョンを掲げて、都市内で資源を循環させようという動きを始めています。2054年までに都市が消費するものをすべて自給し、廃棄物ゼロを目指すという壮大な計画で、私も大いに刺激を受けています。日本でもいつかそんな循環型の都市が実現できたら素敵ですよね。

幸いSFCには、多様な専門を持つ仲間や先輩が大勢います。プログラミングに詳しい友人、デザインが得意な先輩、行政との橋渡し役になれる人…それぞれの強みを生かして一緒にプロジェクトを進められるのも、このキャンパスの魅力ですね。私自身、環境問題だけでなくITやデザイン思考の授業にも積極的に挑戦していて、幅広い知識を吸収しながら「循環型都市」の実現策を模索しているところです。

学生生活は探究と実践の連続

岡本: 大学での日々はまさに探究と実践の連続だと思いますが、SFCでの学生生活はどのような感じでしょうか?学業とプロジェクトの両立は大変ではありませんか。

村上: SFCでの毎日は本当に刺激的で、充実していますよ。確かにやることは盛りだくさんですが、「好きでやっていること」ばかりなので大変というより楽しいんです。朝は普通に語学や教養の授業を受け、その合間にプロジェクトのミーティングをこなして、午後は実験室で試作品づくり…なんて日もあります。忙しいといえば忙しいのですが、自分の探究がどんどん形になっていくので、充実感のほうが勝っていますね。

周りを見渡すと、SFCの学生はみんな何かしらのプロジェクトに熱中していて、「自分も頑張らなきゃ!」と良い刺激を受けています。例えば、環境問題に限らず、起業を目指してビジネスプランを練っている人、地域課題の解決に挑んでいる人、新しいアプリを開発している人など、本当に様々です。そうした多様な仲間と切磋琢磨できるのも、このキャンパスならではだと思います。

もちろん課題やレポートが重なって大変なときもありますが(笑)、教授方も面白い方ばかりで、授業自体がひとつの探究の場なんです。田中先生をはじめ、「やりたいならやってみなよ!」と背中を押してくれる先生が多いので、安心して挑戦できます。私も失敗を恐れず、思いついたことはまず試してみるという姿勢で学生生活を送っています。ちなみに湘南藤沢キャンパスは自然豊かな環境にあり、森の中のキャンパスと呼ばれるほどなんです。東京の大学と違って緑に囲まれて勉強できるのも、環境問題に取り組む私には嬉しいですね。息抜きにキャンパスの林を散策したり、近くの湘南の海を見に行ったりすると、改めて「地球のために頑張ろう」という気持ちが湧いてきます。そういう意味で、毎日が探究と実践の連続だと胸を張って言えますね。

社会実装への第一歩――札幌「百合が原公園」プロジェクト

岡本: 村上さんの取り組みもいよいよキャンパスの外へと広がり始めています。地元札幌の「百合が原公園」でプロジェクトを進めているそうですね。それはどのような社会実装なのでしょうか?

村上: はい、私にとって故郷である札幌の地で、最初の社会実装プロジェクトに挑戦しています。百合が原公園は札幌市北区にある大きな公園で、花壇や温室が有名な場所です。私はここで、プラスチックごみを活用したサステナブルな取り組みを実現しようと計画しています。

具体的には、公園内やその周辺で回収されたプラスチック廃棄物を原料にして、新たな園芸用品を作るプロジェクトです。先ほど触れた3Dプリンタを活用したリサイクル技術を応用して、廃プラスチックからベンチやゴミ箱を製作し、公園内で実際に使ってもらおうという試みなんです。例えば、これから先の話にはなりますが、使い捨てプラスチックだったものが可愛い花を植えるプランターに生まれ変わったら、まさに"ゴミが宝に変わる"瞬間を市民の皆さんに見て感じていただけると思いませんか?

このプロジェクトを進めるにあたっては、札幌市の公園緑化担当の方々にも協力をお願いしました。最初は大学生のアイデアに過ぎなかったものを、行政の方々が「面白いね」と前向きに捉えてくださったのは本当にありがたかったです。現在は、試作品をいくつか百合が原公園に設置してもらい、耐久性や使い勝手を検証している段階です。公園を訪れた地域の方々からは、「どれがリサイクル素材でできているの?」と興味を持って質問していただく場面もあり、手応えを感じています。

私にとってこの百合が原公園プロジェクトは、小さな一歩ですが念願の第一歩です。自分の描く循環型スマートシティの縮図を、まずは地元の公園というフィールドで形にできたことは大きな自信になりました。まだ始まったばかりの取り組みですが、将来的には札幌市全体、さらには他の地域にも広げていけたらと夢見ています。そのためにも、まずはこの実証実験を成功させて、社会実装のモデルケースとして示したいですね。

おわりに:「受験はゴールではなく、通過点」

岡本: 最後に、村上さんご自身の今後の目標や、これからSDGsや探究に挑戦しようとする後輩たちへのメッセージをお願いします。

村上: 私自身、まだまだ道半ばですが、これまでの歩みを通じて強く感じていることがあります。それは、受験はゴールではなく、通過点だということです。高校生の頃、周囲が受験勉強一色になる中で、正直不安になることもありました。でも私は幸い、自分が本当に打ち込みたい探究テーマを持っていたおかげで、受験もその目標につながる通過点だと捉えることができたんです。

大学に入ってからも、挑戦の日々は続いていますし、むしろこれからが本番だと思っています。だから後輩の皆さんには、「志望校合格」は一つの通過点にすぎません。その先に何を実現したいのか、どんな社会を作りたいのかを大切にしてほしいです。そして、もし運良く志望校に進めたなら、そこで存分に学び、行動して、自分の夢を形にしていってください。

私もまだ19歳、これから先もっと大きな壁にぶつかるかもしれません。でも、あの小学6年生のときにSDGsに目覚めた自分の気持ちを忘れずに、これからも探究と実践を続けていきます。ゴミを宝に変える循環型都市という大きな目標に向かって、一歩一歩着実に、挑戦を続けていきたいと思います。