あなたは“偏差値”というレールの上に、子どもを縛っていませんか?
「中学受験が終われば塾も終わり」──そんな常識は、もはや過去のもの。
実際には、私立中高一貫校に通う中学生の55%が再び塾に通い始め、大学、就活、さらには起業まで「塾通い」は続いていきます。この国の子どもたちは、いったいいつ“解放”されるのでしょうか?
ハーバード卒のパックンが投げかけた素朴な疑問が、日本の教育システムの深部をえぐります。偏差値偏重、情報格差、そして親の価値観の呪縛──。
「本当に“正しいレール”だと、誰が決めたのですか?」今、必要なのは「レールの上しか走れない列車」ではなく、どんな道でも走破できる「四輪駆動の人間力」。
教育とは、子どもが自分の人生を選び取るための“冒険力”を育てるものであるはずです。ハーバード大学卒業のパックン氏、『ホンネで中学受験』代表 ユウシン氏、そして未来図代表の伊藤滉一郎氏(じゅそうけん)の鼎談から見えてきた、「一生塾社会」の構造と、その先にあるべき教育の姿とは。

「中学受験成功しても塾?」―いつまで続く塾通い
パックン:一回中学受験が終われば、もう塾に通わなくていいんですよね?大学受験までは。
伊藤:実はそうでもないんです。データを見たんですが、私立の中高一貫校に通っている中学生の通塾率って、55%くらいあるんですよ。
パックン:ええっ!?中学受験に成功した子も、また塾に?
伊藤:半分以上が通ってますね。学校の授業についていくため、あるいはもう大学受験を見据えて。鉄緑会なんかも含めて、再び塾生活が始まるんです。
パックン:じゃあ、いつになったら子どもたちは塾から解放されるんですか?大学に入ってから?
ユウシン:一応、大学に入れば解放されることにはなっていますけどね。
伊藤:でも、それまでに注いだ努力や時間を無駄にしたくないっていうサンクコスト意識があるんだと思います。せっかく中高一貫校に入ったのに、ここで落ちこぼれたくない、という気持ちですね。「深海魚」って呼ばれるのを避けたい。
パックン:なるほどね。
伊藤:で、大学に入っても今度は就活塾があるんですよ。
パックン:うそでしょ!?人生終わるまで塾?!(笑)
ユウシン:大学受験まで頑張ってきたから、大学でも引き続き頑張るんだと思います。
パックン:ほんとに「塾漬け」じゃないですか。
ユウシン:ええ。でも、今は「起業塾」もありますよ。
パックン:まじで!?まあ起業塾は理解できますけど…。
伊藤:でも結局、「今まで頑張ってきた道から外れたくない」っていう思いが強いんだと思います。レールから外れないためにも。
パックン:でも、そのレール自体が間違ってたら、全部もったいないじゃないですか。

塾経営者の告白「偏差値には否定的です」数字で決まる子供の価値
パックン:もちろん塾で伸びる子もいると思うけど、偏差値に縛られて苦しんでる子も多い気がします。
ユウシン:実際、塾が「楽しい」って感じてる子も多いですよ。僕自身もそうでしたし、塾の授業が面白かったり、仲間と競い合うのが楽しかったり。頑張った成果がテストで見えると、達成感もありますしね。
パックン:そういう子にとっては、塾って刺激を与える場所なんですね。
ユウシン:そうです。公立小の授業が退屈に感じるような子もいます。むしろそういう子にとっては、塾の方が楽しいって思っている方が結構多いです。

伊藤:上位層の子たちは、だいたいそういう傾向ありますね。
パックン:僕もそのタイプでした。難しい問題に挑むのが好きだったから、わかるかわからないかのギリギリの範囲の問題に挑戦できる環境がありがたかったです。
パックン:でも、塾に通っていない人も含め、日本ではどこに行ってもお釣りを間違えないし、誰もが日本語を読めるし、基本的な教育水準はすごいと思います。
ユウシン:その一方で、問題はやっぱり偏差値信仰ですね。偏差値って、あくまで相対評価なんですよ。人と比べて高いか低いかだけで、その子が「どれだけ成長したか」という視点が抜けてしまう。
パックン:たとえば偏差値45の子が、1ヶ月前から大きく伸びてるかもしれないのに、それは評価されないってこと?
ユウシン:そうなんです。なので、親御さんが「45」という数字を見た時に、子供に対して「前からこれだけの成⻑してるじゃないか」と言えるかどうかが大事です。
伊藤:偏差値を上げるためには、常に他人より上にいなきゃいけない。全力疾走してる中で、さらに加速しないと上がらない構造になってます。
パックン:極端に言えば、「どうやって周りの足を引っ張るか」って発想になりかねない(笑)。
ユウシン:そうなんですよ。足は引っ張れないから、自分がもっと頑張らなきゃいけない。で、無理して勉強嫌いになる子も出てきます。
ユウシン:だから僕は偏差値を全面的に否定してるわけではないけど、あまりにそれに支配されすぎるのは危険だと思ってます。その子の成長に目を向けてほしい。それが本当に教育に必要な視点なんです。

「野球の後にサッカー?」学校では受験できない謎
パックン:受験って、もう“勉強”じゃなくて“ゲーム”ですよね?
伊藤:まさに。中学受験は学校と完全に別。小3の2月から始まって、内容も全然違います。
パックン:昔から不思議だった。毎日学校で勉強しているのに、なんでまた塾で勉強? スポーツで例えるなら、野球のいいチームに入るために野球の練習終わってからサッカーをやらされるようなもの。
伊藤:しかも、公立小で満点取っても、中学受験では通用しません。別競技なんです。
ユウシン:受験が競技になっていることが問題なんですよ。限られた枠を受験生が奪い合う分けじゃないですか。結果、問題は年々難化して、認知能力を超えてるんです。
伊藤:30年前の開成中学の問題が、今では偏差値50の学校で出てる。ついていけない子も増えてます。
パックン:アメリカの統一試験、SATやACTは学校の教育範囲で完結してるのに、日本は学校の勉強じゃ受験できないって意味わからないです。
伊藤:その分、情報格差も大きい。塾に通えない子はスタートラインに立てない。
パックン:合格実績競争はどうなんですか?
ユウシン:模試だけで「塾生」とカウントされたり、合格者数が水増しされたり。生徒を御三家に誘導することもあります。
パックン:分母が見えない合格者数に、みんな振り回されてるんですね。
ユウシン:教材が難しすぎて、下位層の子はついていけず、転塾や受験撤退も珍しくありません。
パックン:でも、遅咲きの子だっている。型にはまらない子の可能性を早々に潰すのは、本当にもったいないですよ。

親の価値観が子どもを縛る?学歴信仰と偏差値の呪縛
パックン:子どもの青春時代を塾で潰してしまうんじゃないかって不安、ありませんか?それって、本人が望んでやってるならいいけど…。
ユウシン:そこは親御さんの考え方次第だと思いますね。どこまで勉強に振り切るか、どこまで習い事や遊びをさせるか、それを決めるのは親です。僕としては、小5くらいまではたくさん遊んでほしいと思ってます。小6の後半から一気にスイッチを入れるイメージですね。
パックン:なるほど。でも、それって子どもが本当に望んでる進路なのか、親の期待を背負ってるのか、見分けが難しいですね。
伊藤:実際、「親が設定した目標」に沿って頑張ってる子、多いですよ。偏差値が60より65の方が偉いっていう価値観、知らず知らずのうちに親から子へインストールされてしまってる。
パックン:うちの母もそうです。80代なのに「この人イェール大学出てるんですよ」っていまだに学歴で人を評価してる(笑)。
ユウシン:それが悪いってわけじゃないけど、数字だけで子どもを判断するのは危ない。偏差値45って聞いて「うちの子ダメなのかも」って落ち込む親も多いけど、実はその子、着実に成長してるかもしれないんですよね。
伊藤:それなのに、周囲と比べて「もっと上へ」と焦ってしまう。そうなると、子どもは無理をしなきゃいけなくなる。
パックン:それって、本人の成長にフォーカスしてないですよね。成長というより、順位にこだわってる感じ。
ユウシン:だから僕は、「人と比べるんじゃなくて、昨日の自分と比べよう」って、親御さんにも伝えています。
パックン:親の価値観が変わらないと、子どもは変われないってことですよね。
伊藤:その通りです。特に、学歴信仰が強い家庭では、子どもにまで「高偏差値じゃなきゃダメ」というプレッシャーが降りかかってしまう。
パックン:でも、偏差値だけで測れない力ってありますよね。たとえば「やり抜く力」とか。
ユウシン:あります。受験も、それを育てる場にはなるんです。ただ、それが「親の期待に応えるため」になってしまうと、苦しさだけが残る。
伊藤:「本人がやりたいかどうか」がすべて。そこがズレていると、たとえ偏差値が上がっても、幸せにはならないんです。

「先が見える未来って楽しい?」―脱線を恐れる日本人
パックン:結局、日本の教育って“レール”ですよね。中学受験して、いい高校、いい大学、そして一流企業。それ以外の道を選ぶのがすごく難しい。
伊藤:しかも、そのレールを一度走り始めると、外れられない。外れたら失敗みたいな見られ方をしてしまう。
ユウシン:僕の家もまさにそうでした。長男は弁護士、次男は医者。三男である僕も慶應まで行きましたけど、「このままでいいのか?」って疑問が湧いて、起業したんです。
パックン:そうなんですね。でも実際、その違和感って大事ですよね。ずっと先まで線路が見えている人生って、安全だけど、選択の余地がなくて苦しい。
伊藤:さらに厄介なのは、その価値観が親世代から子どもに刷り込まれてることです。「偏差値が高い=えらい」と思い込んでる。本当に、そういう価値観が子どもの選択肢を狭めている。
パックン:じゃあ、どうすればそのレールから外れられるのか?
ユウシン:原体験だと思いますね。「これをやりたい」と思える経験があれば、レールを外れる勇気も湧いてくる。
伊藤:そして、それを支えるのは大人。親や先生が「安全だからこの道を行け」じゃなくて、「君がやりたいならやってみよう」と言えるかどうか。
ユウシン:親からしたらそれってリスクに見えるんですよね。過保護のような状況を作らず、自分で考えて、自分で行動させることが大切なのかもしれません。
パックン:日本は、偏差値っていうけど、社会に出たら「偏差値」はないじゃないですか。背負えるのはせいぜい会社名とか看板くらい。
伊藤:中学受験の偏差値、大学受験の偏差値、就活偏差値って、全部「他人と比べてどうか」の話でしかない。そろそろそこから脱却しないと。
パックン:僕、前から言ってるんですけど、「東大◯人合格!」みたいな発表だけじゃなくて、「起業した生徒」とか「海外で挑戦してる子」も評価すべきだと思うんです。
伊藤:ほんとにそう。そういう評価軸が当たり前になれば、子どもたちの進路ももっと多様になりますよね。
ユウシン:実際、最近は「進学実績」だけを重視しない学校も増えてきてます。親御さんの意識も少しずつ変わってきている実感はあります。
パックン:結局ね、塾も学校も「列車」じゃなくて「四駆の車」を作っているはずです。丈夫なエンジンをつけて、レールだけじゃなく、あらゆる道を走れるように育てたいんです。




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