「敷かれたレールを突き進む」ことは悪いことでしょうか? 昨今の教育ブームによって、中学受験率はうなぎ上り。都心部では2人に1人が中学受験をする様相を呈します。
もちろん全員が大学受験を見越しての”ガチ勢”ではないにしても、中高一貫校受験の目的の一つには、大学受験までを見越したキャリアルートの早期利確があることは否めないでしょう。高校受験という不安定極まりない関門を潜り抜けるよりも、リスクを低減できるからです。
そうして東大京大など難関大に進んでいく子どもたちは後を絶ちません。ここ数十年を見渡しても、難関中高一貫校に入学して、進学塾に入り浸り、そのまま社会の入り口に立つ瞬間を迎えるのが一般的でした。

子ども全員を東大理Ⅲに入れたカリスマの佐藤ママがわかりやすいかもしれません。去年公開のインタビューでは「子どもが勉強をサボらないように18歳まで個室を与えず、目に届くところで勉強させた」と語っていました。徹底的なメソッドは賛否がありつつも、確かに結果は出ています。
傍から見れば「しあわせ」な一生かもしれません。ですが、本人としてはどうなのでしょうか? 今回は「親の敷いたレールを爆走して東大に入ったけれど、代償として大きなトラウマを抱えてしまった」と語る現役東大2年生の吉田綾香さん(よしだ・あやか 仮名)にお話を伺います。
監視カメラにさらされた学生時代
__小さい頃から「レールを敷かれていた」感覚はあったのでしょうか?
吉田:レールというより、ずっと親のコントロール下にある感覚でした。私の母は、それこそ佐藤ママのようなカリスマに影響を受けやすいタイプで、著書も当然読んでいます。
佐藤ママのご家庭に倣ったのか、私自身も家に個室はなくて、ずっと親から監視されていました。私が勉強している机の横に、監視カメラが置かれているんです。
__監視カメラですか?
吉田:最初は、母が機種乗り換えした後に余ったお古のiPhoneでした。母が家にいない間にも、私がサボっていないか見張るにはどうすればいいかと考えたのでしょうね。寝たり、絵を描いたりしてサボっていると、「あやちゃん、サボってないで勉強しなさい」とカメラ越しに怒られるんです。

__大変ストレスが溜まりそうな環境ですが……。
吉田:もちろん、ものすごくストレスでしたよ(笑)。だから、ある時がまんの限界がきて、監視スマホを壊したんです。これで終わるかなと思ったら、今度はペット見守り用のカメラを買ってきて……。むしろ前よりも監視が厳しくなったようでした。
私が東大を目指したのは、「東大に行けば、家を離れて一人暮らしができる」と考えたことも大きいんです。
__では、ついに東大入学を機に監視から解放されたんですね。
吉田:それが、「一人暮らしになっても持っていきなさい」って荷物の中にカメラを詰め込まれてしまいまして……。
確かに、ずっと手塩にかけて育ててきた娘と離れ離れになってかわいそうかなと同情する気持ちもあり、最初はカメラを設置してあげていました。
でも、よく考えると「なんで監視されなくちゃいけないの?」ってなるじゃないですか(笑)。私も別に監視されたいわけではないので、すぐに取り外しました。
母の影に怯え続ける日々
__ずいぶんと強固な監視体制に見えますが、これは実際にためになったのでしょうか?
吉田:ためになりましたよ。サボっていると声が飛んでくるといいましたが、私はかなりサボり癖があるタイプで、見られていないと勉強しないんです。仮に、私が監視されていなかったなら、東大に行けるレベルまで自習できたかどうか……。
私は社会的な生活に自分のスケジュールを合わせるのが苦手で、どうしても「時間や期日を守れない人」みたいに見られてしまいがちなんですが、そんな私でも一定の信頼を得て、バイトやサークルなどで仕事を任せてもらえているのは、間違いなく「東大生」の肩書があるからでしょう。
東大に行ったから、今の私の暮らしがある。だからこそ、監視されてでも東大に行けてよかったかと問われれば、良かったと答えるしかありません。
__含みがありますが、よく思えない部分もある、と?
吉田:私は、小さなころから色々なものを母に選んでもらって生きてきました。だからでしょうか、他の人に笑われるような些細なことでも、なかなか決められないんです。
むかし、小学校5年生の頃でしょうか。通っていた塾に気になる人がいて、何気なしに「好きな人がいるんだ」と親に話したんです。
すると、「私の知らないことがあるなんて許さない!」とキレだしてしまった。私が泣いて謝るまで尋問されました。

「おそろいのキーホルダー」を選べない
__壮絶な体験ですね……。
吉田:この体験をもって、私の中に「親が望まないことをやると、ここまで怒られるのか」とトラウマが刻まれました。
それからは、ずっと親が望むであろう選択を探って、それに合わせる日々。
服にしても、メガネにしても、親が喜びそうなものや親が勧めてきたものを「これがいい!」と合わせるうちに、段々と自分で選ぶことができなくなったんです。
この前、大学の友人と一緒に買い物に行きました。おそろいで小物を買おうという話になって、「綾香ちゃん、これとこれ、どっちのデザインがいい?」と提示されたんです。
そこで、選べなかった。確かに、「こっちの方がいいかも」という気持ち自体はあるのですが、「こっちがいい」と言い出せないんです。
__いったい、どうして?
吉田:だって、「こっちがいい!」と選んだほうが、もし相手の気に入ってないほうだったら、どうするんですか? それで、機嫌を損ねて怒られるとか、仲が悪くなるとか、そういった未来が待っているかもしれない。
これまでは、親が決めたものばかりを選んできた弊害だと感じます。親がいいといったものを追従してきたから、自分がいいと感じるものを選び取れないんです。選択の結果として生じるリスクを取れない。

でも、これからの人生では、私が自分で決めていかないといけないんですよね。最近では、ようやく食べたいものとか着たい服が自分で選べるようになりました。
それでも、メガネを新調して実家に帰ったときは「このデザインを母は気に入るだろうか」とびくびくしてしまった。「もしも地雷を踏んでしまったら……」と恐怖をぬぐい切れないんです。
きっと、私は死ぬまでこうなんだと思います。
失敗しても挑戦したい人生だった
__死ぬまで、ですか。挑戦に憧れる気持ちもあると?
吉田:私は、東大に行けたことはよかったと感じています。
ですが、ちゃんと自分で東大を選んで、自力で東大のために準備をして、東大に受かりたかった。その結果、失敗しても、それはそれでよかったと思えるでしょう。
佐藤ママの擁護派が言う通り、一介の高校生が東大に行けて、東大生の肩書を得られることは、本当に恵まれている。とはいえ、親側が「教育の結果、東大に行かせた」と考えているように、子どもの側も「教育の結果、東大に入れられた」と感じるんです。
親が頑張ったから今の自分がある。そのおかげで東大に行けた。
ぜいたくな悩みでしょうけれど、自分の人生を自分で何とかしている感覚はありません。自分で考えて、自分で選んで、自分で未来を掴み取ってみたかった。
たとえ失敗していたとしても、自ら何かに向かって走り出せる人が、挑戦できる人が、いまは心の底から羨ましい。
もちろん、これは私が半端に親の敷いたレールから降りてしまったがゆえの苦しみです。死ぬまで一生親の言うとおりに生きていれば、ここまで苦悩しなくても済んだのでしょうか。





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