「IQが20違うと、会話が通じない」。そんな俗説をご存じでしょうか?
私が小学生の頃には既に先述の言説は出回っていたように感じます。ですが、私の主観では、これは全くのウソです。そもそもIQとは知能指数であり、地頭とか能力とはまた違うものでしょう。
数値の話をするにしても、実際に、私自身IQが140ちかくあり、恐らく大半の方は私より20以上低いかと思われますが、それでも私は「会話が通じない」なんて不便を感じたことはありません。「自分の頭が良いから話が通じない」と仰る方の大半は、私が見る限りでは「その方本人の頭が悪い」か「プライドが高すぎる」かのいずれかです。
とはいえ、いわゆる「頭が良い人」との会話がストレスなく進むのも同意できる部分ではある。特に、幼少期からずっと上澄みに囲まれて過ごしてきたような子どもは、きっと大人になって色々な人と出会ってから多大なストレスにさらされるでしょう。
今回お話を伺う西村さん(20代・仮名)は、東京の国立医学部に通う現役医学生。進学実績で有名な中高一貫校を卒業後、医学部に入った彼ですが、もともと大学に通うつもりはなかったのだとか。そんな彼を医学部へと駆り立てた最大の理由は「頭の悪い人と話す機会を少しでも減らすため」でした。エリート教育の功罪に迫ります。

バカと話したくない
「私が医学部に来たのは、バカと話したくないからです。頭の回転が遅くて会話に時間がかかる人と話すのが本当にストレスで、なるべく周りの人を”バカ以外”で固めたかった。そのためには、少なくとも勉強くらいできる人たちの集団に行くべきでしょう」
そう語るのは、医学部に通う医学生の西村さん。進学校で有名な某中高一貫校を卒業後、順調に現役で医学部に進学されました。
有名な進学塾に通いつつ、その中でもトップクラスの成績を維持していたという彼ですが、もともと大学に通うつもりはなかったのだそうです。あまりにも順風満帆な人生のように見えますが、いったいなぜでしょうか。彼は、その理由について「人生の無駄だから」と即答します。
「文系の学問なんて、本を買えばある程度自習できますし、理系の学問だって別に数年を費やしてまで勉強する意味を感じなかったんです。でも、親に『大学行かないよ』っていったら激怒されて、『大学行くか、出ていくか選べ』と宣告される大ゲンカに発展してしまった。
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まあ、親としては手塩にかけて大事に育てたのに、いきなりエリートコースを脱線するっていうのですから当たり前ですよね。でも、私も無為な勉強に数年を費やしたくなかった。とはいえ、追い出されるのは問題外。
そこで、妥協案として医学部進学を決めたんです。この世のあらゆる職業は、ある程度努力すれば学歴に関わらず就職することができますが、医者だけは『医学部卒』の学歴がないとできないでしょう。
就職先選びにおいて、医学部だけが選択肢を多く持って立ち回ることができる。要するに、コスパがいいんです」
例えば弁護士になるには、司法試験合格が必要です。司法試験を受験するには、通常法科大学院修了(もしくは修了見込み)が必要となりますが、予備試験に合格すれば、大学院に通うことなく司法試験を受けられます。
他にも、様々な資格職がありますが、大抵の資格試験は様々な工夫や抜け道を使えば受験が可能ですし、受かればそのルートに乗ることが可能です。
しかし、医者だけは、医師国家試験の受験資格として「日本の医学部卒業(もしくは卒業見込み)」が必須。どんなに頭が良くても、どんなに医学に精通していても、医学部を出なければ、決して医者にはなれません。
それに、周知のとおり医学部入試は大学入試においても最難関。おそらく、彼の言う「バカ」とは遭遇しないでしょう。
待ち受けていた落とし穴
受験戦争を勝ち抜いて、彼は思い描いた理想郷にたどり着いた。ですが、医者になった自分を意識し始めてから、彼の未来には暗雲が立ち込めるようになりました。
「よく考えたら、医者こそ一番『バカ』と話さないといけない職業ですよね……。病院にかかられる方は大抵お年を召された方ですが、そういう方は耳が遠い方やボケが入っている方も多い。
医者になれば診察を基に診断を下すわけですが、その際、どうしても専門用語では通じませんから、ある程度平易な言葉や表現に置き換える必要が出てきます。つまり、説明が必須になるんです。
でも、なかなか理解されないんですね。無理もありませんが、何度も説明を繰り返すのは正直くたびれる。それに、患者の耳が遠ければ何度も大声で説明しないといけませんし、ボケている人に話が通じるはずもない。
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『つらい』とか『いやだ』とか、いちいちお気持ち表明をしてきたり、関係のない世間話から始めたりする人も少なくない。こうなると、サクッと最低限の説明で終わり……なんていくわけもなく、延々と『バカ』の相手に時間を割かなくてはいけなくなってしまいますよね」
医者自体は社会的地位があり、収入も多く、つぶしも効くので、非常に魅力的な職業です。ただし、そのためには彼が蛇蝎のごとく嫌ってきた「バカ」の相手を朝から晩までこなさなければいけません。
バカと話したくないのに、毎日バカと話すこと自体もストレスですが、最近では「こんなバカの寿命を1年延ばして何の意味があるのだろう?」と考えることもあるのだとか。
いわく「寿命の議論になるような方は、もう肉体のピークを過ぎており、退職されていて、労働や生産に人生を捧げるような方は少ない。それなのに、そういった方々の寿命を延ばすことに莫大な予算を投じることは、果たして社会貢献にあたるのだろうか?」と疑問が湧き出て止まらないのだそうです。
特に、現代では寝たきり状態や認知症などで、回復が絶望的な状況から寿命を延ばすような場面も少なくない。そんな時、彼の脳裏には「社会貢献とは?」と一筋の疑念がよぎります。
ただ、彼は将来医者になりたくないわけではないそう。
「結局、ここまで歩んできた道のりを思えば、今から方向転換して医者以外の道に進む選択はあり得ません。それこそ、ここまでの数年を何に費やしたのかわかりませんからね。
たしかに、医学部に入ってから、私だって多少なりとも『医学で社会に貢献しよう!』と考えることはありました。
しかし、想像以上に患者や家族とのやり取りの機会は多く、ひどい時にはたった一人の患者の愚痴を聞くためだけに10分以上の時間を費やすことも。その度にストレスはたまっていくんです。
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医者って、接客業なんですよね。私はそういった職業に就きたくなくて、頭がいい人たちとストレスフリーな会話がしたくて、対人関係に心を割かないでいい環境が欲しかったからこそ、医者になったのに。
とはいえ、こんなこと、周りには言えません。医学部生同士で話すときだって、口が裂けても言及できないタブーですからね」
医者になる意味とは
今回お話を伺った西村さんは、傲慢に見えたかもしれません。
もちろん、彼の態度は医者としてふさわしいものではないでしょう。とはいえ、小さなころから「頭のいい人」に囲まれて育ってきた子どもが、いきなりそうではない環境に放り込まれるストレスは、常人が察するにはあまりあるものがあります。
中学受験を制した子どもたちは、たいていが知的好奇心旺盛で、勉強に前向きで、向上心があり、論理的思考に慣れている超上澄み。これらを一緒くたに集めてエリート教育を施す進学校や進学塾は、さらにこの集団の純度をあげるろ過装置の役割を担っており、さらに彼らの「浮世離れ度」は上がっていく。
その結果として、「エリートと庶民」「インテリと庶民」など、分断と対立が進行していきます。今回のインタビューでも、反感を抱く方が大半でしょうけれど、内心「確かにそうだ」と頷く方もいらっしゃるはず。
彼の言動は、彼個人に起因するものではなく、現代の受験戦争に染まった結果だと私は考えています。幼いころから社会階層を上げ続けた先には、下を切り捨てる選民思想が芽生えるのかもしれない。
ですが、エリートだけでも庶民だけでも、社会は構成できません。むしろ、お互いがお互いに感謝するような姿勢こそが、求められるべき社会運営の形なはず。互いを憎みあい、いがみ合う関係性では、必ず破綻する時が来ます。
彼もやがて医者になるでしょう。その時、彼はどんな顔をして患者たちを受け入れるのでしょうか。





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