みなさんは、いま夢や目標を持っていますか? いまはないとしても、かつては「将来の夢」に期待を膨らませた時代もあったのでは。「プロ野球選手になりたい」「ケーキ屋さんになりたい」など、将来像を思い描くことは、未来への足取りを軽やかに肯定してくれます。

 ですが、夢をかなえるだけでなく、夢を見るにもきっかけが必要な場合が。今回お話を伺った新藤篤隼斗(しんどう・あしゅと)さんは、群馬県のある市に生まれ、平均より少し上程度の学力をもって生きてきました。数学だけはずば抜けてできたものの、ほかの科目はボロボロで、どこに行くべきか悩む毎日。そんな彼を取り囲む「思い込みの壁」を壊してくれたのは、先生の何気ない一言でした。彼の経験談から、我々の生活を取り巻く「不自由」の正体に迫ります。

○「自分も東大を目指していいんだ!」

__なぜ東大を目指したのでしょうか?

新藤:担任が勧めてくれたからです。私の成績は、悪くはなかったものの、東大を目指せるほどよかったわけでもなく。具体的には進研模試で偏差値60程度をキープしていました。内訳も、数学だけがずば抜けていて、ほかの科目はボロボロ。これじゃあ、理系進学にしても苦労するかなと思っていたところで、二者面談に行ったら、「新藤くん、東大行けるんじゃない?」って言われたんです。それまで、私にとっての東大は、「テレビの向こうにある、東京のスゴイ大学」くらいのイメージしかなくて、例えるなら「国会議事堂」などと同列にありました。実力的に目指せるとか、目指せないじゃなくて、「目指していいの?」って思ったんです。先生の言葉で、ようやく東大が私の現実と地続きなところにやってきた。

__ご出身の地域から東大生は出ているのですか?

新藤:母校からだと、もう10年以上出ていませんでした。私の住んでいた市内でも、東大生はいなかったんじゃないかと。故郷は、栄えていないわけではありませんが、正直田舎より。大きな本屋とか、大きな塾とか、おしゃれなカフェや自習室とか、そういった施設はありませんでしたね。ただ、進学意識が低いことはありませんでした。

__東大を目指すにあたって、周囲の反応はいかがでしたか?

新藤:やっぱり、東大を目指す人自体いませんから、大分私の存在が珍しかったみたいです。「新藤が東大を目指すらしい」なんてうわさが広まってからは、ちょくちょくからかわれていました。高校3年生の秋くらいから成績が伸び悩んでしまったのですが、「そんな調子で東大になんか行けるの?」とか「もし行けたら30万の自転車奢ってやるよ」とか、いろいろ言われましたね。彼らにとっても東大は地続きの場所にないからこそ、自分の同級生が東大に通う姿が想像できなかったのだと思います。大人たちも、そこまで本気で合格を信じてくれてはいないようでした。「東大は無理でも、どこか国公立に引っかかってくれればいいかな」程度にしか考えていないのが、伝わってきてつらかったですね。私の両親はともに四年制大学に通っていないので、受験の解像度が低かったことも原因かもしれません。唯一、東大を勧めてくれた担任だけは、最後まで「東大に行ける」と励まし続けてくれました。

__勉強のほうも、大変だったのでは?

新藤:塾に通いたいのに、近くに東大合格実績があるような塾がないとか、大きな本屋がないから参考書を親に頼んでネットで注文してもらう必要があるとか、やはり地理的な条件に大分苦労させられましたね。母校の先生方も、東大合格のノウハウがあるわけではないので、自習するにもどの順番で参考書に手を付ければいいのかわからない。都会の進学校の人たちなら、東大に受かったOB・OGに話を聞くとかできるのでしょうが……。そもそも、受験に合格して、自分が東大生になるまで、東大生と会ったことがなかったんです。東大合格者はいないし、会いに行こうにも東京は遠すぎる。私の実家はそこまで裕福ではありませんから、往復1万円以上にもなる上京費用をお願いするのは気が引けました。そこで、YouTubeで片っ端から東大合格者の体験談動画を視聴し、参考書ルートを構築していきました。基本は彼らの言うとおりにすれば間違いありませんでしたが、たまにレベル感を読み間違えて、極端に難しすぎるものを買ってしまうなど、失敗はありました。やはり、できれば実際に手に取って中身を確かめるべきだったのでしょう。とはいえ、高崎や前橋など大きな街まで出ないと、大きな書店はありませんから、そこまで遠出する余裕がない自分には、仕方のない話だったのですが。

__最近だとネット上に情報がたくさん落ちていますよね。連絡を取ってオンライン面談の打診などをされてもよかったのでは?

新藤:それこそ、当時はまだ「東大生」が現実離れした存在に見えていたんです。画面の向こうにいるスーパーエリートみたいな感じで。例えば、芸能人とかYouTuberとか、会えるかもしれないけれど、「じゃあ、会いに行こう」とはなかなかならないですよね。画面越しに見える彼らが、実際に生きていて、毎日どこかで生活しており、自分の呼びかけに答えてくれるなんて、思いもしないんです。東京の人からすれば、東大や早慶などは「目指す場所」かもしれませんが、地方の人にとっては「ここじゃない、どこか別の現実の話」なんですよ。ただ遠いだけなのに、勝手に「自分には縁がない」と無意識で感じてしまっている。私の場合は、恩師がその壁を壊してくれたから、東大に進学できたんです。実力があるとかないとかではなく、誰かが繋いであげないといけないのでしょう。

○まとめ

 子どもたちの夢は自由です。「プロ野球選手」「総理大臣」「ケーキ屋さん」など、自分のなりたいものを公言してはばからない。ですが、大人になればなるほどに、将来の夢はより現実的なものになります。「プロ野球選手になりたい」と言っていた子どもたちは、小学校、中学校、高校、大学とコマを進めるたびに壁にぶつかり、そのたびに一定数が脱落していく。そうして生き残ったごく一握りだけが「プロ野球選手」の夢を持ち続け、大半は「まぁ、どっかいい企業に就職できれば」と妥協してしまう。

 我々が夢を見られるのは、もしかしたら恵まれている証拠かもしれません。私たちは、自分の現実の延長線上に「夢」があると認識できている間だけ、将来を思い描くことが許されます。逆を言えば、「自分の延長線上には存在しない」と思い込まれているものは、そもそも選択肢になりすらしない。例えば、みなさんは「ひよこ鑑定士」の修業をして、資格を取ることも可能なわけですが、恐らく大多数の方はそれを目標に据えない。なぜならば、「ひよこ鑑定士」の職業自体や、その内情をよく知らないからです。

 同じように、「総理大臣になる」ことを目標に据える方も、ほとんどいないでしょう。誰もが知っている職業ですが、そこに至るには衆議院・参議院選挙を通過して国会議員になる必要があり、さらに指名選挙で過半数の賛成を得なければなりません。あまりにも高すぎるハードルは、行く手を阻む壁と変わらない。そして、高くそびえたつ壁を見た多くの人は、「超えていくべきもの」と認識すらできないのです。

 もしもこれを読むあなたが、東大や京大、早慶MARCHなど高い目標を掲げられているのであれば、それは大変恵まれたことかもしれません。あなたと目標とをつなげてくれた「誰か」のおかげかもしれないからです。逆を言えば、その「誰か」が来ない限り、どれだけ優れた才能を持っていても、埋もれてしまう可能性が。

 まずは、自分自身が「一番あり得ない」と思っている選択肢について、なぜあり得ないのかを検討してみましょう。学力・資金力・地理的事情など様々な「あり得ない」が出てくるはず。では、それが本当に「あり得ない」のか? 周囲の大人に一度確認を取ってみてもいいのではないでしょうか。もしかしたら、たった一度の確認が、あなたの人生の可能性を大きく押し広げるかもしれないのですから。

 すべての学生が主体的な選択をとれるよう、この記事が少しでも貢献できていれば幸いです。