技術発展の目覚ましい現代、様々な投資家・起業家はメタバースに注目しています。米メタのマーク・ザッカーバーグ氏を始め、兆単位の投資を行う企業や資産家も少なくありません。同社の社名は「メタバースこそ未来」と掲げるシンボルでもあり、その本気ぶりが伺える形。
しかし、業績は芳しいといえない状況が続きます。2019年から2025年6月までのメタ社メタバース事業の累計赤字は780億ドル(約11兆7000億円)にも達すると言われており、投資額の回収どころではありません。現状もっとも普及しているVR SNSの一つ「VRChat」を運営する米VRChat社も、昨年従業員の30%を解雇するなど縮小を余儀なくされています。
この現状を憂い、まだ高校生ながらメタバースプラットフォームを開発する日本人がいます。現在高校3年生の前田峻然さん(まえだ・しゅんぜん)は、See2et(読み:しーぜっと)の名義で活動する若き開発者にして、事業リーダー。持続可能なメタバースの未来を切り開くため、日夜戦い続けています。
この業績も手伝い、先日行われた慶応義塾大学環境情報学部(通称:SFC)のAO入試に見事合格された前田さんですが、もともと不登校児で学校も休みがちだったそう。「若きリーダー」への華麗なる転身の裏側に迫ります。
プロフィール
・名前:前田峻然(まえだ・しゅんぜん)
・活動名:See2et(読み:しーぜっと)
・出身校:勇志国際高等学校メタバース生
・出身地:千葉県
・合格校:慶應義塾大学 環境情報学部
・入試方式:夏秋AO
「憧れの世界」を現実に
__現在は「SuteraVR」を開発されているそうですが、昔からリーダー気質だったのでしょうか?
前田:「なんでそんなに頑張れるの?」と聞かれることは多いのですが、もともとは引っ込み思案で、人と話すのが苦手だったんです。小学校時代、なかなか友達と話が合わなくてクラス内で浮いてしまっていて。付き合っていて楽しい友達もできず、嫌な子も多くて、いつしか不登校になりました。不登校といっても、別に毎日行かないわけではなく、時期によって行ったり、全く行かなくなったり。
それで、話が合う友達を作るために、中学受験したんです。第一志望は麻布でしたが、こちらは縁がなく。結局都内の偏差値60ちょっとの私立中高一貫校に入学しました。
こちらでは今でも付き合うほどの友人に出会えましたが、それでも嫌なことを言ってくる子は一定いましたし、何より私は体が弱くて毎日朝から夕方まで教室で授業を受け続けるのが体力的に難しかったんです。それで、結局また不登校に。
高校に内部進学しても留年するとか、良い未来が見えなかったので、通信制のN高等学校に転校したんです。
__そこでVRと出会われたのでしょうか?
前田:VRに興味を抱いたのは、小学生の頃です。学校に行かない日は暇を持て余していて、毎日ネットの動画サイトを巡回するなどして時間をつぶしていたのですが、偶然『ソードアート・オンライン』と出会いました。
メタバース空間に閉じ込められ、強制的にデスゲームに参加させられた人々と、そんな境遇を打破する主人公キリトとその仲間たちの活躍を描いた作品なのですが、これにドハマりしてしまって(笑)。今でも全巻揃えています。同時に「仮想空間で戦うって、カッコいい!」とメタバースに対する憧れを抱き始めました。
次にVRと出会ったのがN高に入ったとき。入学者全員にVRゴーグルが配られるのですが、ここで「そういえば、SAOの世界はVRか」と思い出し、VRChatを始めました。
魅力は「出会いのセレンディピティ」
__そこからVRにハマっていくのですね! メタバースにはどんな魅力があるのでしょうか?
前田:私が考える最大の魅力「出会いのセレンディピティ」が起きることだと考えています。セレンディピティとは「思いがけない偶然からよい出会い・発見をすること」の意味。メタバースには物理的・社会的の2つの距離を縮める作用があるんです。
まず、当たり前の話ですがインターネットを介して繋がる以上、現実に移動して顔を合わせる必要がなくなります。北海道の人が沖縄の人と話すのはもちろん、私は最近韓国に友人ができたのですが、国が違ってもメタバース空間なら毎日会って話ができますよね。移動する必要もないので、私のように体力に不安がある人間でも、毎日あちこち駆け回って話して回れます。
それに、VRChatでは全員がアバターを設定しますから、話しかけやすくなります。例えば、高校生と社会人では服装も年齢も違いますから、「はじめまして」ではどうしても距離ができてしまう。それが、アバターを介すだけで、みんな同じ立場で接することができますから、大人も子どもも、分け隔てなく交流できるんです。
こういった作用のおかげで、メタバース空間では「現実ではまず話さなかっただろう二人」が交流する……なんてことがよく起きます。私も、VRChat上で大学院生の方と交流し、学問の奥深さや研究の楽しさを伺うことができたので、「大学に行ってみたい!」と強いモチベーションが生まれました。
鍵は「分散型」
__素晴らしい空間ですね! なんだか私もメタバースに参加したくなります。
前田:ただ、VRChat社は昨年大規模なレイオフ(解雇)を行いましたし、国内最大手のcluster社も毎年20億近い赤字を計上しています。仮想世界は間違いなく人々の可能性を切り開くものでしょうが、その維持を一社に依存してしまうと、事業撤退や倒産などで一気にすべてが失われるリスクが避けられない。
日本バーチャルリアリティ学会やXR・メタバース総合展などメタバースに関する様々なイベントに参加させてもらって、学術的・ビジネスなど色々な目線から開発に取り組む人々の話を伺ううちに「特定の一社に依存しない分散型の運営はできないものか?」と考えるようになりました。
↑立命館大学メタバース教育研究会「IRIS」に登壇している際のお写真
分散型のイメージはゲーム『マインクラフト』で説明できます。『マインクラフト』を開発・配布しているのはマイクロソフト社ですが、実際のプレイ空間はユーザーやコミュニティが自前で運営しています。同作をダウンロードした個人や団体が、独自にサーバーを立ち上げて、その中でローカルなゲーム空間を作り上げている。
別にひとつのサーバーが崩壊、消失したとしても、『マインクラフト』全体の存続には何ら影響を与えません。
つまり、私たちがVR空間を構築するソフトを作り上げて、これを頒布。同ソフトで作られたメタバース空間同士で交流が図れるような形にすれば、一社に依存しない形でメタバース空間を構築できるんじゃないかと閃いたんです。
↑前田さんが代表を務める団体で主催したイベントの様子
「実績だけ」では不合格
__たくさん取材など受けられているようですが、総合型選抜ではかなりの武器になったのでは。
前田:確かに、NHK『沼にハマって聞いてみた』をはじめ、ドイツ公共放送連盟など国内外のメディアに取材頂いております。ただ、これは学校経由なんです。
高1の冬、SuteraVRを立ち上げるために色々チームを集め始めたころ。メタバースを活用したカリキュラムを、N高グループでより本格的に実現できないかと考えていたときに出会ったのが、勇志国際高等学校でした。ちょうど「メタバース生」コースが新設される瞬間で、「N高で同じことを立ち上げるよりも、新設の勇志国際高校メタバース生で立ち上げたほうが、注目されやすいだろう」と考えました。
読みは大当たりで、そもそもこのコース自体が「全ての授業を仮想空間で行う」という世界初レベルに斬新なコンセプトで立ち上がっているので、国内外のメディアや大使館から取材が殺到していたようなんです。
そして、「一番優秀な生徒は?」「一番面白い生徒は?」と聞かれると、大体私に話が振られる。おかげで、色々な方々とお話させていただく機会を頂けました。
もちろん、仰る通りでAO対策も日々の活動に精一杯取り組んでいたら、自然とできていました。
ただ、私よりもずっとすごい経歴を持つ方でもSFCに落ちる例もありますから、輝かしい経歴でゴリ押せばいいというわけでもなさそうです。
__実績があるだけ有利に思えてしまいますが……
前田:おそらく、SFCが求めているのは「大学に行かないとアプローチできない課題を持っている人」なのだと思います。大学に入らずとも、今の自分の延長線上に答えがあるような人は、意図的にはじかれているでしょう。
私自身面接で「今の君には、大学進学は必要ないように見えます。むしろメタ社などに就職したほうが、目的を達成できるのではありませんか?」と問われました。私の場合はこれまで「関連する様々な分野のメンバー・専門家と対話しながらプロジェクト」のかじ取りをしてきましたが、内容が高度化するにつれて限界も見えてきました。
そこで、「SFCの環境を活かし、関連分野を横断的に理解したリーダーにならなければいけない」と回答したことが、合格に繋がったように感じています。
芸能人が合格した際など「裏口入学」などと囃し立てる風潮がSNSではあるようですが、おそらくその肩書だけでは受からない。「『芸能人じゃないとわからない、業界特有の問題』みたいなものに学術的なアプローチをしたい!」など、大学の必要性を訴えるような自己アピールをされたのではないでしょうか。
SFCは、学際的な学びが売り。私自身、リーダーとして様々な領域の専門家と対等に話す必要性を感じており、異なる分野の専門的な学びを横断的に吸収できる環境には、とても魅力を感じています。ここでの出会いは、間違いなく私の糧となるでしょう。
まとめ
「もともとは不登校児だった」と語る前田さんでしたが、インタビューに答える彼の眼は生き生きと輝き、活力に満ち溢れていました。一見すると活動的で、生まれながらのリーダーシップを備えているように見えてしまいますが、仲間やプロジェクトに真摯に向き合う姿勢が、結果としてリーダーらしさを形作っているのかもしれません。
「好きなことのためなら、いくらだって没頭できる。それに、かつては口下手だった私がVRを通じていつしか話好きになっていました。『好きなことを突き詰める』ことこそが、何よりも元気を与えてくれます」
最後に、前田さんに「好き」の見つけ方についても聞いてみました。
「私の場合は、不登校期間中、一日中動画を見て過ごした自己嫌悪の中で『でも、こんなに時間を使う程、夢中になれたってことでは?』と視点を変えることで、自分の好きに気付けました。それに、高1の段階で、ここまで大規模な活動や探究をしようとも考えていませんでした。ただ、『何かに没頭して時間を溶かしてしまった』と悩むのではなく、前向きにとらえなおしてみることで、何か見えるものがあるかもしれませんよ」




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