皆さんは歌舞伎をご覧になったことがあるだろうか?

「日本の伝統文化」という以上に知識がなく、舞台で見たことがない方も多いのではないだろうか。

そんな現代人にはなかなか縁遠い「伝統芸能」の世界に、データ分析で切り込んだ高校生がいる。

成瀬真紀さん(仮名)は、歌舞伎や講談といった古典芸能に魅せられ、その「名人芸」を科学的に解き明かそうと、音声波形など独自の手法で研究を重ねてきた。

「歌舞伎にハマりまくった高校生活を過ごして、数えきれないくらい劇場に行きました。研究で機材を見つめながら舞台を観ていたら、周囲のマダムに変な目で見られたりもしました(笑)」

今回は、どうして歌舞伎に没頭したのか?成瀬さんの中学時代からの歩みや研究内容を詳しく聞いた。

高校生が古典芸能に "鳥肌"

インタビュアー:まずは、歌舞伎や講談といった伝統芸能に興味を持ったきっかけから教えてください。

成瀬:きっかけは高校1年生の時でした。学校の授業で歌舞伎を見にいく機会があって、その迫力に圧倒され心を打たれたんです。役者の所作や台詞回しの美しさ、そして何より観客を惹きつける独特の空気感に鳥肌が立ちました。その後、自分でももっと知りたいと思い、図書館で歌舞伎に関する本を借りたり、動画サイトで演目を探して観たりするようになりました。

その中で関連動画として講談の高座(こうざ)の映像が出てきたんです。講談師が一人で座って、扇子と張り扇だけで物語る姿を見て、こちらも「すごい!」と衝撃を受けました。以来、歌舞伎と講談、二つの古典芸能の魅力にどっぷりハマってしまいました。

インタビュアー:高校生でそこまで古典芸能に夢中になるのは珍しいですね。魅力にハマっただけでなく、それを「名人芸の定量化」という研究テーマに発展させたのがすごいと思います。どうして「定量化しよう」と考えたのですか?

成瀬:最初は純粋にファンとして舞台を楽しんでいました。でも何度も観ているうちに、「名人」と呼ばれる人の芸は一体何が違うのだろう?どうしてこんなに心を動かされるんだろう?と疑問が湧いてきたんです。ただ「すごい」と感じるだけでなく、その「すごさ」の正体を知りたくなりました。

例えば、講談師の巧みな話術で自然と引き込まれてしまうのは、話すテンポや声の強弱、間(ま)の取り方に秘密があるのでは…と考え始めたんです。

インタビュアー:なるほど。感じた凄さの正体を探るために、科学的なアプローチで分析しようと。

成瀬:はい。ちょうど高校で部活などに入らず時間があり、自分なりのテーマで研究をしようと考えたんです。そこで「大好きな古典芸能をテーマにしよう」と決めました。ただ文献を読むだけでなく、自分自身で何かデータを取って分析するような探究にしたい、と。誰もやっていないような切り口で臨みたいと思い、「名人芸を定量的に分析する」というテーマにチャレンジしました。

インタビュアー:指導してくれる先生などはいたのでしょうか?古典芸能とデータ分析の掛け合わせとなると、なかなか学校の先生でも専門はいない気がします。

成瀬:おっしゃる通りで、専門の先生はいませんでした。ですので、ほとんど独学です。幸い、学校の図書館には歌舞伎や伝統芸能に関する本がいくつかありましたし、理系の先生にお願いして音声データの分析方法に関する一般的なアドバイスをいただくこともできました。

でも、具体的に「名人芸を数値で捉えるにはどうしたらいいか」なんて前例も情報もなくて…手探りのスタートでしたね。インターネットで論文や記事を探したりしましたが、ピッタリのものは見当たらず、結局、自分で思いついた方法を試しては修正するという形で進めていきました。

講談の「名人芸」をどう定量化するか

インタビュアー:では、その手探りで進めた研究について具体的に教えてください。どのようにして歌舞伎や講談の「名人芸」を定量化しようとしたのですか?

成瀬:私が主に分析対象にしたのは「講談」でした。一人語りで物語を聞かせる芸能なので、データを取りやすいと思ったからです。まず仮説として立てたのは、「名人」と言われる講談師ほど、呼吸のタイミングや声のメリハリ、そして"間"の使い方が独特で、それが聞き手の心拍数や集中度に影響を与えているのではないかということです。

具体的にはいくつかの観点でデータを取りました。一つ目は呼吸のタイミングです。講談師が物語を語る中で、どこで息継ぎ(ブレス)をしているのかに注目しました。映像がある場合は胸の動きや扇子の動きで息継ぎの瞬間がわかりますし、音声だけでも波形を見れば息を吸うときには音が小さく途切れるので、そこを手がかりにしました。

名人と若手で比較すると、名人は息継ぎのタイミングが計算され尽くしているというか、聞き手が違和感なく物語に没頭できる絶妙な箇所で呼吸をしているように感じました。例えば物語の区切りや山場の直前にスッと静かに息を吸い、クライマックスでは一気に畳みかける、といった具合です。

二つ目は音声の波形分析です。講談の音声を録音し、その波形データをパソコンで可視化しました。波形を見れば、声の大きさ(音量)や抑揚が一目でわかります。名人の語りを分析すると、場面ごとの緩急のつけ方がはっきりと波形に現れるんです。静かな場面ではあえて小さな声で語り、観客が耳を澄ますような状態を作る。一方で盛り上がる場面では一気に大きな声を出して波形の振幅も大きくなる。そうした声の強弱のコントラストが明確でした。また声の高さ(ピッチ)や響きにも注目し、周波数スペクトルを簡易的に解析してみたところ、名人ほど低めで安定した声を基調としつつ、要所で鋭い高い声や独特の抑揚を使っていることも分かりました。

三つ目のポイントは「間」の取り方です。これはデータ化が少し難しかったのですが、語りの中で意図的に訪れる沈黙の長さを測りました。ストップウォッチを使って録音を聞きながら主要な「間」の長さを計測したりもしました。名人の講談を聞いていると、こちらが「早く続きを聞きたい!」と思うギリギリの絶妙な長さで間を置くんです。その沈黙の間に、物語の情景や次への期待が頭の中でふくらむようで、心地良い緊張感が生まれるんですよね。若手の演者だと、緊張からか間が短すぎて淡々と進んでしまったり、逆に長すぎて間延びしてしまうこともあります。名人芸ではそのあたりのコントロールが卓越していることを、時間という数値で捉えようとしました。

心拍数の変化に現れる“語り”の力

さらに、心拍数の変化も計測しました。講談を聞いている間、聞き手である私自身の心拍数がどう変化するかをスマートウォッチで記録したんです。特に名人の講談を聞いているとき、物語の山場で自分の心拍数が上がっていたり、逆に静かなシーンでは下がってリラックスしていたりと、身体が反応しているのがデータからわかりました。

これはサンプルが自分一人なので厳密な比較とはいきませんが、少なくとも私にとっては名人の語りのほうが心拍の振れ幅が大きく、「物語に引き込まれてドキドキする瞬間」と「ほっと息をつく瞬間」の落差がはっきり出ていました。この結果は、名人芸が聞き手の生理反応にも影響を与えている可能性を示唆していて、とても面白い発見でした。

ただ、講談を見ているときに私だけ真剣な顔で腕時計を見ながら心拍数を測っていて、周りのマダムに「この子は何をしているんだ...」という顔で見られたのは恥ずかしかったですね(笑)。

前例のない研究を形に:工夫と成果

インタビュアー:呼吸、声の波形、間の長さ、心拍数まで…一人で本当に多角的なデータを取ったんですね!まさに独自の研究です。その過程で試行錯誤もあったと思いますが、苦労した点や工夫した点はありますか?

成瀬:はい、最初からうまくいったわけではありません。例えば、呼吸のタイミングを測ろうとしても、録音によっては周囲の雑音が入っていて息遣いがはっきり捉えられなかったりしました。そこで、できるだけ音質の良い音源を選んだり、自分で音声編集ソフトを使ってノイズを除去してみたりと工夫しました。また、波形分析も初めは何をどう見れば良いのか手探りで、最初はただ眺めて「ここが盛り上がっていそう」くらいの感覚だったんです。それじゃ客観性に欠けるので、区間ごとの平均音量を数値で比較したり、声のピッチを解析する簡単なプログラムを作ってみたりもしました。

「間」の計測では、ストップウォッチで地道に測った結果をエクセルに打ち込んでデータ化するというアナログな方法でしたが、この地道な作業のおかげで公演全体のメリハリを視覚化することができました。心拍数に関しては、自分以外の人でも測ってみたかったのですが、なかなか協力者を募るのは難しくて(笑)。でも、少ないながらもデータを取ってみて、物語の展開と聞き手の生理的な反応に相関がありそうだという手応えは得られました。

こうした試行錯誤を経て、一つの公演の中で「呼吸」「声の強弱」「間」「心拍」という異なるデータがどう組み合わさり、ピークを作っているかが見えてきたんです。定量的に分析することで、名人芸のエッセンスのようなものが少し解明できた気がしました。

インタビュアー:その研究結果はどのようにまとめたのですか?まさに前例のない内容だと思いますが。

成瀬:研究のまとめとして、グラフや図表を作成し、レポートを書き上げました。例えば、講談の音声波形に呼吸のポイントや間の長さを書き込んだグラフ、物語の進行と心拍数の変化を重ねたグラフなどを作成しました。文章では、自分の仮説と得られたデータ、それに基づく考察を述べています。完全に科学的に証明できたわけではありませんが、「データから見ても名人の話芸はここがすごいんだ」ということを視覚的に示せたと思います。このレポートは早稲田大学JCulPの総合型選抜の際に任意提出資料として提出しました。面接でもこの研究について質問を受け、実際に作ったグラフを見せながら説明したんです。面接官の方々も珍しいテーマに驚いていましたが、「伝統文化への愛情と分析力を組み合わせたユニークな取り組みですね」と評価していただけました。

世界に発信したい古典芸能の魅力 ─ 未来への思いと夢

インタビュアー:見事、早稲田大学JCulPに合格し、この研究も高く評価されたわけですが、大学ではどんなことを学びたいと考えていますか?

成瀬:早稲田大学JCulPでは、日本の文化や芸術を国際的な視点で学べるのを楽しみにしています。講義は英語で行われますが、だからこそ自分の好きな歌舞伎や講談の魅力を世界に発信できる力を身につけたいです。大学ではまず、伝統芸能の歴史や演出論といった基礎をきちんと学び直したいと思います。独学では限界がある部分も、専門の先生方から体系的に教わることで理解が深まるはずです。

また、データ分析やメディアアートの分野にも興味があるので、もし機会があれば情報科学系の授業やワークショップにも参加して、今回のようなアプローチをさらに発展させたいです。

それから、同じ志を持つ仲間との出会いも楽しみです。JCulPには日本文化に関心のある海外の学生も多く集まると聞いています。自分の研究テーマはかなりニッチなので高校では共有できる友人がいませんでしたが、大学ではディスカッションできる仲間や、一緒に伝統芸能を観に行ける仲間ができるかもしれません。そうした刺激を受けながら、新しいアイデアをどんどん試してみたいです。

インタビュアー:将来的にはどのような進路や夢を描いていますか?

成瀬:まだ具体的に「この職業に就きたい」とまで決めているわけではありませんが、軸にあるのはやはり伝統芸能です。将来は、日本の古典芸能の魅力を次世代に伝えたり、海外に広めたりする橋渡しのような存在になりたいと思っています。その手段として、研究者という道も考えています。大学で学んだ後は、大学院に進学してさらに専門的に伝統芸能を研究するかもしれません。今回のようなデータ分析のアプローチを深化させて、例えば歌舞伎や講談の魅力を数理モデルで説明するとか、AIを使って名人芸のパターンを解析するとか、夢は広がります。

また、研究だけでなく実践的な関わり方もしてみたいです。伝統芸能の保存や普及に携わる仕事、例えば劇場やホールの企画運営、文化財のアーカイブ作成などにも興味があります。データ分析の視点を持った企画担当者なんていうのも面白いかもしれませんよね。「ここで拍手が起こる」「ここでハラハラする」といった観客の反応を予測しながら舞台演出を考える、といったことも将来的にはやってみたいです。

インタビュアー:最後に、これから何か探究活動に挑戦したいと考えている後輩たちにメッセージをお願いします。

成瀬:私が思うのは、「好きこそものの上手なれ」という言葉は本当だということです。自分が夢中になれるテーマがあるなら、ぜひ突き詰めてみてほしいです。最初は周りに理解されなかったり、マニアックすぎるかなと不安になるかもしれません。でも、好きだからこそ頑張れるし、工夫もできます。私の場合はそれが歌舞伎や講談でしたが、好きな気持ちがあったからこそデータを取って分析する地道な作業も続けられましたし、結果的にそれが評価にもつながりました。

それに、異なる分野を組み合わせることで新しい発見が生まれることも実感しました。後輩の皆さんも、自分だけの「これ!」というテーマを見つけたら、ぜひ怖がらずに挑戦してみてください。その経験はきっと将来の財産になると思います。

インタビュアー:本日は貴重なお話をありがとうございました!