「新潟県から東京の私立に行くためには、指定校推薦しかない。『大学まで行かなくてもいい』という空気の地元の中で、唯一チャレンジできそうだったのが、指定校だったんです」
そう語ってくれたのは、立教大学社会学部に通う永田さん(仮名)。彼女の出身は、新潟県中魚沼郡津南町。人口が8000人ほど、最寄りのJRの駅までは車でも20分ほどかかる、典型的な北陸の過疎地域です。
「このままいくと消滅する町」と自身の地元について、永田さんはこんな風に語ります。
「おじいちゃんの世代では1学年120人いた小学校が、お母さんの世代で90人。私自身の世代で60人、そして弟の世代では40人にまで減っちゃって」
そんな環境で育った永田さんが、立教大学社会学部への進学の方法を『指定校しかない』と語るのは、いったいなぜなのでしょうか?
インタビューを通して「新潟ならではの意外な事情」が浮かび上がってきました。
地元は「全員フィルターバブルの中」
そんな高校入学後の進路を考える永田さんの前に立ちはだかったのは、情報が極めて限られているという大きな壁でした。
新潟の多くの高校では、一般入試以外の進学ルートについての情報が極めて限られています。特に総合型選抜(旧AO入試)などの特別入試についての理解は浸透しておらず、「推薦といえば指定校しかない」という認識が一般的でした。
この記事を読んでくださっている方は、比較的推薦入試などに関心を持たれている方なのではないでしょうか? おそらく、新潟に行くと驚くでしょう。永田さん曰く「本当に本当に、推薦の常識がないんです」ということ。
「課外活動とか、もうそんな概念がなくて。総合型で行った人とか、先輩にもほぼいなかったんじゃないか」
永田さんの通っていた高校も地元では比較的偏差値が高かったものの、総合型選抜や公募推薦などの多様な入試制度についての情報はほとんどありませんでした。進路指導も「東京は怖いところだ」「新潟大学だったら近くだし、困ったら実家に帰れる」といった安全志向の傾向がひしひしと感じられたそう。
「この情報格差は、地方の高校生が自分の可能性を狭めてしまう大きな要因になっています。すごい頭いい子とか学年に絶対いるわけじゃないですか。
絶対あのままいったら、一橋とか東大とか行くような子。そういう学力の子が普通に新潟大学行ったりする」と永田さんは指摘します。
もちろん新潟大も優れた大学ですが、都内や関西圏などの選択肢がそもそもない状態なのはもったいなく感じます。地元の国公立大学が最高峰だという認識が強く、より広い選択肢を模索する文化が乏しいのです。
専門学校大国・新潟の事情
新潟県の進学事情を理解する上で避けて通れないのが「NSGグループ」の存在です。永田さんは新潟特有の教育環境についてこう語ります。
「NSGグループっていう専門学校の大きい会社が、言い方悪いですけど、牛耳ってるんです。新潟を」
NSGグループは新潟県内に多数の専門学校を経営し、若者の進路選択に大きな影響力を持っています。
「本当に大量にあって、めっちゃくちゃ専門学校があるんですよ。この会社1個が新潟に大量の専門学校を持ってる」と永田さんは説明します。
ペット系、メディア系、パソコン系など様々な分野の専門学校に加え、塾や高校までを経営するNSGは、新潟の教育界で強大な存在感を示しています。「私も実際、中学の時はこの塾行ってました」と永田さん自身も語るように、その影響力は絶大です。
「新潟って大学進学率が低いんですよ」
専門学校への進学も一般的な新潟では、大学進学率自体が全国平均よりも低い現実があります。最新の年度では53%で、全国平均の60%より下回ります。
「体感としても、大学進学率はすごい低いし、情報はやっぱり地域格差が本当にある」と永田さんは地方における教育情報の格差を指摘します。
この環境下では、大学進学そのものが一般的でなく、特に東京の私立大学を目指すという選択肢は極めて限られた状況でしか考えられないのです。
高2になってやっと耳に入る指定校の話
そんな中、永田さんは高校2年生になってから「指定校推薦」という進学ルートの可能性を知りました。
「うっすら公表される前から『あの大学は三つあるらしい』みたいな噂が、先輩とかから入ってくる感じでした」
多くの高校では情報解禁のタイミングまで、指定校推薦の枠や条件が正式に公表されることはなく、先輩や教員からの噂として情報が流れていきます。永田さんもそうした非公式なルートで情報を得たのです。
「枠があるか先輩に聞いて調べてみるけど、でも去年あったからといって今年もあるとは限らないから」と誰からも確実な情報をもらえない状況でした。
指定校推薦は毎年変動する可能性があり、確実な情報を得ることは難しいのが現実です。しかし永田さんにとって、この噂の情報源は貴重な光明となりました。
「運よく一番行きたい大学の立教と、一番行きたい学部の社会学部が指定校にあった」
彼女にとってこれは「絶対に逃せない」絶好の機会でした。
もともと社会問題やメディアに興味があった永田さんにとって、立教大学社会学部は憧れの進学先。その指定校枠があるという情報は、彼女の進路選択を大きく変えることになります。
指定校推薦に向けた努力
指定校推薦を獲得するためには、高い評定平均と英語資格が必要でした。
「私の高校の当時の要件が、英検2級以上と評定4.0以上が明示されているものだった」と永田さんは当時を振り返ります。
ただし、最低条件を満たすだけでは不安があります。「ライバルが現れたら、絶対負けるじゃないですか」と危機感を抱いた彼女は、英検準1級の取得を目指しました。
「2級1回落ちて、2回目に受かって、次は準1級にチャレンジ。準1級も1回落ちて、2回目で受かった。本当に長くかかってしまいました」
学校の成績も維持しなければなりません。「とにかく学校のテスト勉強をめっちゃ頑張る」という対策を徹底した永田さん。特に苦手な数学は前述の通り「5周ぐらいした」と、繰り返し問題を解いて対策しました。
「とにかく量」という彼女の学習スタイルは、効率よりも粘り強さで乗り切る姿勢がよく表れています。部活動はしていなかったという永田さんは、遠距離通学の中で時間を確保し、「あんまり効率いいタイプじゃなかった」と自己分析しながらも、地道な努力を積み重ねていきました。
フィルターバブルから抜け出す方法
そして迎えた指定校推薦の結果は、合格。目標だった地元以外の場所での生活が始まることになります。
永田さんが東京の大学に進学した最大の理由は、冒頭で触れた「フィルターバブル」から抜け出したいという思いでした。
「私は死ぬまでに知れるだけ、いろんなことを知りたいと思ってる」
この好奇心が、東京の大学への進学を後押ししたのです。
「新潟大学だったら知り合いがいっぱいいますから。立教は知り合いなんてほぼゼロ」と語る永田さんは、新しい環境に身を置くことで視野を広げたいと考えていました。
「例えば今のバイト先には、早稲田の人とか、ICU、上智、慶応とかいっぱいいて。そんな風に、自分とは違う属性の方と喋る場所、いつでも喋れる環境って新潟にはない」
東京の大学に進学することで得られる多様な人間関係は、永田さんにとって何物にも代えがたい価値がありました。この「フィルターバブル」を抜け出す勇気が、彼女の進路選択の根幹にあったのです。
「何か新しいものが好きだったりいろんな関わったことない人と喋るのが好きとか、成長したりとかしたらやっぱ東京の方が絶対にいい」
一方で永田さんは「本人が望まないなら別に来なくてもいい」という現実的な視点も持っています。
「自分が情報格差という『違和感』をスルーできる器があれば、全然田舎でやってもいい。私は我慢できなかっただけ」という言葉には、自分自身の選択に誇りを持ちつつも、それを一般化しない冷静さを感じました。
それでも「指定校推薦じゃダメですか」
過疎化が進む新潟県の小さな町から立教大学社会学部に進学した永田さん。指定校推薦という、地方の高校生にとって貴重な進学ルートを活用し、夢を実現しました。
最後に、同じような環境にいる高校生へのメッセージを聞きました。
「指定校狙いたいと思ったら、本当に早めに動いた方がいいです。もし総合型とかの選択肢も知ってるんだったら、そちらもチャレンジした方がいい。でもどうしても無理だと思ったら、一般入試の対策も並行してやることをおすすめします」
指定校推薦は「運要素」もあるため、複数の入試方式に備えておくことが重要だと永田さんは強調します。自分の行きたい大学・学部の指定校枠があるかどうかは運次第の部分もあるからです。
「やっぱり自分が格差に気づけるかどうか」が重要だという永田さんのメッセージは、地方の高校生にとって大きな勇気を与えるものでしょう。
津南町から東京へ。その距離は物理的には300キロ程度ですが、情報や視野の広がりという点では計り知れない隔たりがあります。
一般入試は難しく、推薦の情報も周囲に理解がなく限られた状況。そんななかで、指定校推薦という制度を活用して、東京への進路を決めた永田さん。
もう一度問いたい。それでも指定校推薦は「ダメ」なのだろうか?
永田さんは地元・津南町で大学進学するまでの期間をずっと過ごしてきました。
「小学生からずっと引っ越しせず、同じ家に住んでいました。母の地元だったので、おばあちゃんたちと一緒に住んでいて、育っていくうえで色々影響を受けていたと思います」
小学生から本が大好きで、休み時間になるといつも図書館に行っていたという永田さん。
「あんまり友達が欲しいみたいな概念が自分にはなくて、ずっと本読んでて」と振り返ります。周囲の友人からは「休み時間になったらすぐに図書館に行って、あまり教室にいなかったよね」と言われるほど、読書に没頭する日々を送っていました。
この読書好きが、彼女の視野を広げる一方で、地元の閉鎖的な環境への違和感も気づかせることになったといいます。
「自分は1人で考えるのも好きで、四六時中何かしら考えてるんですけど、そうするとどんどん気づくことが増えてくる。中学生の頃には『ずっと地元はしんどいな』と思うようになっていました」
様々な本を読み、考えを深める中で、永田さんは自分が暮らす環境の特殊性に気づき始めます。
「なぜ親戚の集まりは、お母さんとか叔母さんとか女性ばかりが動いてるんだろう? という疑問だったりが、今の社会学部での学びにも繋がっていると感じますね」
そんな思いから永田さんは、高校受験では車と電車で1時間ほどの高校を選択。少しずつ自分の行動する範囲を広げていったといいます。
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