2025年8月1日、駿台予備学校を運営する駿河台学園(東京都)は、2026年春入学の大学入試(令和8年度入試)から、大学合格者数の公表を取りやめると正式に発表しました。
この決定は、教育業界に少なからぬ衝撃を与えています。駿台予備学校は、主に東大合格者数で、他の大手塾予備校(河合塾や東進衛生予備校など)と競い合っていた背景があります。このような「合格者数は予備校選びの指標」というこれまでの常識を、自ら覆すかたちとなったのです。
発表によると、オンライン学習の普及や生徒による複数の塾・予備校の併用が一般的になったことで、合格者数が合計で入試定員を超えるなど、数字としての意味が薄れてきたと説明されています。確かにこの言葉の通り、令和7年度(直近)における駿台の東大合格者数は1351人にのぼり、これに河合塾(1174人)、東進ハイスクール(815人)を加えると、合計3340人となる一方、実際の東大の合格者数は2997人に過ぎず、数字の実態との乖離が顕著です。
今回の記事では、実際なぜこのような実態との乖離が起こるのか、これらの数字の「1名」にカウントされている東大生たちの声から、実態を紐解いていこうと思います。
実際に東大生に聞いた「水増しのカラクリ」
合格者数の数字が膨らんでいく背景には、実際の現場でのさまざまなケースがあります。今回は、取材した東大生の声をもとに、代表的な予備校3社に通っていた、「それでも東大合格者数カウント1名になってしまうの?」という例をご紹介していきたいと思います。
東進ハイスクールのカウント「1」
岡山出身の東大生のAくん。Aくんは、高校から県内トップクラスの進学校に通い、勉強しなくても常に成績は上位、ご両親は歯科医で経済的にも余裕がありました。正直、塾に通う必要はなかったそうです。
そんな彼が東進に関わったきっかけは、友人からの「東進の模試で成績優秀者にはタブレットがもらえるらしいよ」という一言。タブレット欲しさに模試を受け、見事ゲットしました。するとその後、東進から「君は特待生だから入学金無料、授業も格安で受けられるよ」と誘われます。試しに国語の配信授業を1つ受けましたが、あまり面白くなかったのでそれっきり。しかし、このAくんは「東大合格者」として東進の実績にカウントされています。
駿台予備学校のカウント「1」
東海地方出身の東大生のBくん。彼が駿台に通ったのは、受験直前期のわずか1~2月だけだったそうです。有名講師・竹岡先生の授業を受けるために、直前講習を3回受講しました。その際、「受講生は自習室を無料で使える」と言われ、授業の合間や前後に自習室を利用していました。
その後、現役で東大に合格。すると、駿台から「合格おめでとうございます!」と記されたハガキが届き、東京のとある場所に合格者の交流会イベントへの招待がありました。そこで、「駿台でつかんだ東大合格!」という垂れ幕の前で写真撮影をすることになったのだそうです。実際には駿台の授業を3回受けただけでしたが、やはり彼も「東大合格者1人」として数字に加えられました。
ちなみに、どの大手予備校も、とてもいいホテルで合格者向けの交流会を行なって、有名な講師を呼んだり東大の応援団を呼んだりして多くの合格者を集め、その上で「記念の写真撮影」を行なっています。「〇〇予備校でつかんだ東大合格!」というような垂れ幕を横に置いて写真を撮るというのはどこでも行われていることです。
河合塾のカウント「1」
Cくんは都内の名門進学校に在籍しており、その成績表を河合塾に持っていくと「特待扱い」として入学金免除、授業料も半額になる制度を案内されました。「それなら通ってみよう」とCくんは河合塾に在籍。
さらにCくんの友人Dくんも「え、お前が行けるなら俺も安くなるのかな。河合塾行く予定はなかったけど、自習室が近所で使えるなら便利だな」という理由で入塾しました。ただしDくんは別に鉄緑会に通っていたため、河合塾の授業は一度も受けず、完全に「自習室代」としてお金を払っただけ。それでもCくんもDくんも、東大合格後、「河合塾からの合格者数1」としてカウントされています。
「合格実績」という数字の脆さ
このように、一見「すごい実績」に見える数字も、その内訳を追ってみると、実は必ずしも「塾の教育効果」を示しているとは限りません。中には、ほとんど塾に通っていなかったのに「実績1」としてカウントされてしまうケースも少なくないのです。
今回のように、「タブレット欲しさに模試を受けただけで、授業は一度きりだった」「直前講習を数回受けただけ」「本命の塾は別にあり、自習室を利用するためだけに在籍した」──こうした事例が数多く含まれています。
つまり、塾や予備校が掲げる合格者数は、必ずしも「その塾で勉強し、成績を伸ばした結果」とは言えないのです。これこそが、合格者数の合計が実際の定員を上回ってしまう「水増しのカラクリ」だと考えられます。
「数字」をどう受け止めるべきか
塾や予備校の合格実績を見ると、多くの受験生や保護者は「自分もこの大学に合格できるのかもしれない」「この塾の教育の結果として、これだけの合格者が出ているのだ」と考えてしまいます。広告に大きく掲げられた合格者数は、希望や安心感を与える強力なメッセージだからです。
しかし、実際に中身を追ってみると、その数字の多くは「もともと頭のいい生徒が、ほんの少しだけその塾を利用しただけ」であったり、「授業を受けずに自習室やサービスだけを使っていた」といったケースが含まれています。つまり「塾のおかげで成績が伸びた生徒」の数と「合格実績としてカウントされている生徒」の数には、大きな隔たりがある可能性が高いのです。
私立大学ではさらに広がる「数字のトリック」
東大の合格実績だけを見ても「実態との乖離」があることはすでに述べましたが、実は私立大学ではもっと数字が実態に合わなくなるケースが多いのです。
例えば、ある東大合格者が滑り止めとして早稲田大学の3つの学部に合格し、さらに共通テスト利用で中央大学と明治大学にも合格したとします。この場合、同じ1人の生徒であっても、予備校や塾の実績では「早稲田合格者数3」「MARCH合格者数2」とカウントされるのです。
つまり、実際の「合格者」は1人であるにも関わらず、合格「数」としては5に膨らんでしまいます。特に私立大学では複数学部・複数方式の併願が当たり前ですから、数字はどんどん膨らんでいきます。結果として、「この塾から早稲田に300人合格!」と宣伝されていても、その内訳は実際の300人ではなく、同じ受験生の合格を積み上げた延べ人数であることが少なくありません。
このように、私立大学の合格者数は「実績」というより「延べ合格件数」に近く、教育の成果を測る数字としてはさらに実態から離れてしまうのです。だからこそ、合格者数の広告を見たときには「その数字は実際に何人の生徒を指しているのか?」という視点を常に持つ必要があります。
業界が変わるきっかけに
今回の駿台の選択は、実態に合わない数字の状況を受けて、最初に大きな声を上げたものだといえます。これまで「合格者数の公表」は業界の常識であり、広告戦略の中心でもありました。その慣習を自ら断ち切った駿台の決断は、受験業界にとって象徴的な一歩です。
そして、この流れは今後さらに加速していくことでしょう。保護者や受験生の目も年々厳しくなり、「数字よりも質」「見かけよりも中身」を重視する時代に移り変わっています。今回の駿台の判断は、塾や予備校にとっても「どのように教育の価値を伝えるか」を再考するきっかけになり、受験業界全体を変えていく重要な分岐点になるはずです。
まとめ
合格者数は確かに派手でわかりやすい指標ですが、それだけを頼りに塾を選んでしまうのは危険です。むしろ重要なのは、その塾が「どれだけ生徒一人ひとりと向き合い、支援してくれるか」という点です。授業の質、担任や講師のフォロー、学習計画の伴走、そして相談しやすい雰囲気。そうした数字に表れにくい部分こそが、実際の合格に直結しています。
だからこそ、保護者や受験生には「数字をうのみにしない目」を持ってほしいと思います。合格実績の裏にあるカラクリを知った上で、自分に合った環境かどうかを見極めること。それが、合格者数発表がどんどん無くなっていくこれからの時代に必要な「塾選びの力」なのではないでしょうか。




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