慶應大学「人間にとって文学を読むとはどのようなことか」
2025年2月に実施された、慶應義塾大学の文学部の一般選抜の小論文の問題が、現在話題になっています。
この学部では、入学試験で小論文が課されます。今年の問題は、「人間にとって文学を読むとはどのようなことか、この文章を踏まえて、あなたの考えを述べなさい。」というものです。「文学を読む意味」をどのように捉えるか、ということを文学部に入る学生に対して聞いているわけですね。非常に面白い問題だと言えます。
本年度は東京大学の沼野充義名誉教授の書いた文章「それは君が何をどう読むかだ——地図のない〈世界文学〉の沃野に向けて」を読んだうえで、解答を作るというものでした。
実際に慶應義塾大学に行っている学生の回答を集めて、今回はこの問題に対しての考察をしてみました。ご覧ください。
実際の問題
まず、問題文は全て引用することができないのですが、最後の部分だけ抜粋させていただきます。こちらをご覧ください。
繰り返すが、世界文学の膨大さと多様性は確かに圧倒的である。しかし、私たちはその多様性を楽しむことができなければ、生きている甲斐がない。その普遍性を信じられなければ、相対主義のニヒリズムの深淵に飲み込まれてしまう。
世界文学を読むことは、多様性と普遍性、「こんなにも違う」と「こんなにも同じなんだ」の間の、永遠の往復運動ではないかと私は考えている。(沼野充義「それは君が何をどう読むかだ」より)
問題
第1問 この文章を300字〜360字で要約しなさい。
第2問 人間にとって文学を読むとはどのようなことか、この文章を踏まえて、あなたの考えを320字~400字で述べなさい。
解答例
実際に、現役大学生たちにこの問題の解答例を3パターン作ってもらいました。確認してみましょう。
パターンA
問題1
現代の世界文学は膨大かつ多様な作品に溢れている。かつては、全ての文学作品を吟味した上で価値のあるものとして集められた、聖典目録や世界文学全集が作られていた。しかし、現代では不可能である。
このような現実の文学に対処する方法は二つある。一つ目は世界文学を幅広く読むのではなく、ある国の文章を読み続けることで、その国の文学について知見を深めることである。しかし、この読み方は、移動が容易である現代には即していない部分がある。2つ目は自身の興味に沿って文学を理解することである。これはコンピュータではなく人間でしかできない読み方である。その他にも精読と遠読、原文と翻訳といったような選択肢がある。
このように、世界文学は膨大かつ多様であるが、多様性やその多様性の中の普遍性に触れることが肝要である。
問題2
本文によると、文学を読むことは、膨大かつ多様な作品を通して文学の多様性を楽しみ、その多様性の中に存在する普遍性を信じることである
このような読み方ができていれば、作品の選び方が系統的もしくは自身の興味によるものか、読み方が精読か遠読か、原文か翻訳かに関わらず、いずれの方法でも利益があると、筆者は主張する。私はこれに加え、読者が楽しむことが重要だと考える。なぜなら、文学の理解はサイエンスのような客観的な知見ではなく、個々の読者によって異なる解釈が生まれるものだからだ。
むしろ、この多様な受け取り方こそが文学の魅力であると考える。そのため、作品の読み方だけでなく、選び方にも正解はなく、読者の嗜好に委ねるべきだ。このように、好奇心や個性を尊重する姿勢が重要だと考える。
パターンB
問題1
現代の世界文学は、かつての欧米中心の枠組みを超え、多様な地域の作品が存在する。しかし、世界文学が膨大になる一方で、全集のような枠組みが安心感をもたらす側面もある。
これに対し、従来の文学研究では、一国の文学を系統樹のように整理してきたが、作家や読者が国境を越えて移動する現代では読書法は限界を迎えている。そのため、関連する作品を次々に広げる、芋づる式の読書も重要視されるようになった。
また、精読と遠読のバランスも問われている。精読は原文での深い理解をもたらし、遠読はデータ分析を通じて文学の広がりを把握できるため、両者の併用が求められる。
さらに、翻訳は世界文学の普及に不可欠であり、外国語を学ぶ意義は依然として大きい。
これらの方法を通じて、世界文学を理解するためには、その多様性と普遍性の双方を意識する必要がある。
問題2本文では、世界文学が欧米中心のカノンを超えて多様化し、読書の方法も変化していると指摘されている。また、従来の系統樹的な読書に加え、芋づる式の読書が重要視され、さらに精読と遠読の併用、翻訳の活用が求められると述べられている。
私は、文学を読むことの本質は、他者の視点を通じて自己を相対化し、世界との関わりを広げることにあると考える。なぜなら、文学を通して異なる価値観や感情を追体験し、新たな視点を獲得できるからだ。
例えば、精読により作品の細部に込められた作者の意図を深く理解でき、遠読により文学の広がりを俯瞰する視点を得られる。また、翻訳を通じて異文化の作品に触れ、多様な価値観を学ぶことができる。さらに、芋づる式の読書による偶然の出会いは、思考を広げる一助になる。
従って、文学を読むことは、自己を見つめ直し多様な世界の見方を学ぶ営みであると考える。
パターンC
問題1
現代の世界文学は、その膨大さから、西洋中心的な考え方ではなく、多様な地域や文化を理解することが求められる。従来の文学研究では、特定の国の文学を系統的に学んでいたが、現代では、一つの作品から関連する作品へと次々に読んでいく方法も有効である。これらの読み方は、どちらか一方ではなく、両方を組み合わせることが重要である。
また、文学研究においては、個々の文章を細かく読む精読と、大量の文章を統計や地図を用いて広範に分析する遠読という二つの方法が存在する。さらに、翻訳は世界文学の存在を可能にする重要な要素であり、異なる文化間の橋渡しを果たしている。一方で、外国語を学ぶことも異文化理解の一環として重要である。
このように、世界文学には多様性と普遍性があり、個々の読者がどのように作品を読むかによってその価値が形作られる。
問題2
筆者は、世界文学を多様性と普遍性の双方を体験する読み方と捉え、読者の読み方によって作品の価値が形作られると述べる。また、翻訳や外国語学習が異文化理解の鍵であり、精読と遠読を組み合わせる重要性を強調している。
一方で、本文では、読者が作品をどう理解するかは説明されているが、その過程で読者の視点や考え方がどう変容するかには十分に言及されていない。
私の意見では、文学を読むことは単なる情報収集にとどまらず、異文化や価値観を理解することを通じて、自己を相対化することである。例えば、異なる文化の作品に触れることで、読者が自分自身の価値観や偏見に気づくことができる。このように、文学とは、異なる世界観や感情に触れることで、自己の視野を広げるものである。
一般入試の「推薦入試化」か?
「あなたにとって」。これは、他の誰でもない、「あなた自身の答え」を問う問題です。客観的な答えではなく、主観的な答えを求める問題だったというのはとても面白いです。今までの一般入試であれば、このような問題は出題されなかったでしょう。でも、この問題では「あなたにとって」と言われています。
この問題は、かなり「総合型選抜入試」っぽい問題だと言えます。学力や知識量などが測られる認知能力を問うような問題ではなく、その人の信念や主体性・コミュニケーション能力や価値観を問う非認知能力を問うような問題だと言えます。今後とも、このような問題が増えていくかもしれませんね。
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