みなさんは大胆なタイプですか? それとも、慎重なタイプでしょうか?
英語のことわざには”Look before you leap.(飛ぶ前に見よ)”と”Leap before you look.(見る前に飛べ)”の2パターンがあるとか。もともとは前者のみだったそうですが、展開して「とりあえずやってみろ」のバージョンが生まれたそうです。受験や就活など、様々な分野で手堅く結果を残せそうな「黄金ルート」が、探される現代では、どうしても「石橋をたたいて渡れ」の精神になりがち。とりあえず調べて、失敗しないように備えてから、何をすべきか検討する。確かに、失敗は少なくなるかもしれませんが、得られる結果だって、きっと予想の範疇を出ません。
逆に、一度きりの人生、時には直観に従って猪突猛進してみれば、思いもよらない扉に出会えるかも。昨日までの自分からは想像もできないようなキャリアを形成できるかもしれません。
今回お話を伺うのは、現在東京外国語大学国際社会学部2年生の高橋遥(たかはし・はるか 仮名)さん。全く海外経験がなかった彼女は、何気なく参加したボランティアイベントをきっかけに、国際支援の世界へと飛び込むことになります。
“疑問”からすべてが始まった
__なぜ高橋さんは、一度も訪れたことのない世界の研究に心血を注ぐようになったのでしょうか?
高橋:「聞いていた話と違うじゃん!」って思ったことがきっかけです。自分で調べないと、気が済まなくなってしまい、実際にカンボジアまで行ってきました。
私は、小さいころから好奇心が強くて、「あれをやりたい!」「これを知りたい!」ってなったら、すぐに夢中になってしまうんです(笑)。6歳上の兄の習い事についていっては、「私もやりたい!」と騒ぎだして。そんな私に、父と母は嫌な顔一つせず、気が済むまで取り組ませてくれました。中学受験をしたのも、やっぱり私が「やりたい」って騒いだからです。
そうして入ったある私立中学校はミッション系の学校で、自由でどんどん挑戦させてくれる校風も私の気質に合い、とても過ごしやすい場所でした。中学1年時の担任は、「宗教」という科目の担当をされていて、キリスト教系の国際支援団体JLMMの活動にも従事されている方でした。授業のたびに、「カンボジアでは、あなたたちと同年代の子どもたちが、見上げるほど大きなゴミ山を漁っては、がらくたやジャンクを拾ってきて、売りさばいて生活しているんです」とアジア地域の貧困の実態を話してくださいました。そんな現実は、空調のきいた清潔な教室に規則正しく座らされている私たちからすれば、想像もつかないような世界でした。
“アジアの貧困”って本当? 覆された思い込み
__よくある「アジアの貧困像」ですよね。
高橋:そうなんです。それ以外の情報がなかったこともあり、当時の私は「カンボジアの子どもたちは、みんなそうやって暮らしているんだ」と、どこか思い込む部分がありました。ですが、高1の時、先生から「英語の勉強になるよ」と勧められて参加した国際交流イベントのボランティアにて、カンボジアに暮らす小学生の男の子と出会ってから、その価値観は跡形もなく崩れ去った。
イベントに参加してきた彼は、日本人の小学生よりもパソコンを使いこなし、母国語でないはずの英語を器用に使いこなし、私の想像していた「カンボジアの子どもたち」とは、全く異なる様子でした。目の前の現実は「毎日ゴミを漁って暮らす子ども」とは、あまりにもかけ離れすぎていた。そこで、「どっちが正解なの!?」と、いつもの「気になる癖」が出てしまったんです。カンボジアの本当の姿を知るためには、私が観に行くしかない。そう思って、両親に直談判し、JLMM主催のカンボジア支援ツアーに参加しました。
「美しさ」と「厳しさ」の両方を見た旅
__すごい行動力ですね。カンボジアではどんな経験を?
高橋:アンコールワットがすごくきれいだったのが印象的です。やっぱり歴史の重みが違いますね。今よりずっと道具や技術がそろっていない昔に、どうやって建てたのだろうか、と思いをはせるたびに、胸がいっぱいになります。ただ、内戦時代の銃痕が見られるなど、決して「美しい」だけの場所ではないとも感じました。
当時はコロナ直後だったので、どこも限界ギリギリでした。かつて支援を受けて、機織り業を立ち上げたある村では、コロナによる需要激減のあおりをもろに受けて、廃業寸前に。涙を流す姿には、高校生の私達でも「どん底」を感じました。
やってみなきゃ、興味は育たない
__現地に行ったからこその、重みのある経験談でした。どうすれば、高橋さんのような多様な経験ができるのでしょうか?
高橋:とにかく色々と動いてみることです。私も、カンボジア研究がやりたい!といって大学入試に臨みましたが、それ以外にも生徒会活動、ビジネスコンテスト、模擬裁判、ボランティアなど、色々な活動に手を出しています。それらすべてが研究につながったわけではありませんでしたが、それでも経験したこと自体に価値がある。色々やってみないと、何に興味があるか、どんなことを研究したいかなんて、決まりません。
私の場合は、色々と挑戦してみる気質が良い方向に働きました。大失敗などを経験していないからかもしれませんが、それでも挑戦自体には価値があるでしょう。もし研究テーマなどで困っているならば、とにかく頭から否定せず、色々と手を出してみるのが、一番の近道になるのではないでしょうか。今後は、大学でカンボジア研究に取り組み、ゆくゆくはカンボジアなど発展途上国における貧富の差など、より「リアル」な姿を伝えられるよう、報道やジャーナリズムに関わりたいと考えています。





.png&w=3840&q=75)

.png&w=3840&q=75)
.png&w=3840&q=75)





.png&w=828&q=75)
.png&w=828&q=75)
.png&w=828&q=75)
