「地方との格差がさらに進行し、受験の情報戦化が一層進展する」

 文部科学省が打ち出した、大学入試の学力試験型選抜を年内に実施を条件付きで可能とする方針に、教育現場からは危機感を覚える声が上がっている。

 これまで2月1日以降の順守が求められてきた学力試験が、実質的に年内にも実施できるようになる。一見すると受験生にとって「チャンスが増える」という明るい話に聞こえるが、その裏には見過ごせない影が潜んでいるのではないか。

 条件付きではあるものの、今回の年内にも学力試験を課す受験制度が解禁されることで、学力が不十分なまま進学するリスクや教育格差が進展する可能性が指摘される。

 一体、年内解禁の狙いは何なのか。そして、それは日本の教育にどのような影響を与えるのか?

「学力試験」の名ばかり化

 文科省の方針では、年内に実施する一般選抜は「小論文や面接と組み合わせることが条件」とされている。これに対し、ある予備校講師は「これでは推薦入試と一般入試の差が不明瞭になり、学力試験が名ばかりになるリスクがある」と指摘する。

 学力試験の名を借りた「なんちゃって入試」が乱立すれば、大学側は「とりあえず合格者を確保する」ために試験のハードルを下げ、結果的に大学全体の質低下を招く悪循環に陥る危険性も高い。

 「大学全入時代」と言われる現在、入試は単なる「選抜」ではなく、「一定の学力水準を担保する最後の砦」としての役割も担っている。その砦が崩れれば、日本の高等教育全体の地盤沈下は避けられない。

「駆け足学習」が生む学力の空洞化

 「高3の12月に学力試験を受けさせるなんて、これまでの教育課程を根本から覆すようなもの」

 今回の年内入試解禁の引き金になったと言われる、昨年の東洋大学の年内に実質的に学力試験で合否が決まる学校型推薦入試の際には、教育関係者からこのような声が聞かれた。

 早期化は受験生に大きな負担を強いることになり、学力の向上が十分にされていないという指摘だ。

 従来の高校教育は3年間の学習を前提に設計されている。特に理数系科目の場合、高3の後半に学ぶ内容は大学教育の基礎となる重要項目だ。それを切り捨てて受験に臨むことになれば、「受かったけれど、大学の授業についていけない」学生が大量生産される恐れがある。

 既に私立大学ではリメディアル教育(高校レベルの補習)が当たり前になりつつあり、「大学なのに高校の勉強をやり直している」という本末転倒な状況が広がっている。難関大学でも例外でもなく、数学が入試必須科目となった早稲田大学政経学部などでも、高校数学の補習講座などが開講されているという。

一般受験は「努力する機会を強制的に提供してきた」

 都内で一般受験専門塾を営む男性は「生来粘り強さのない学生が、努力する力を身に着けやすいのが一般入試」だと指摘する。

 「同じ力を推薦入試で身につけられる学生も多いが、一般受験は結果が数字で分かりやすい分よりシビアだ。厳しい入試として忌避する学生もいるが、合格までの学習過程を振り返って成長を感じる学生もまた多い」

 「子供の努力量」が反映されにくくなると、情報戦が進むことにも疑問視する。

 「年内入試化が進むと、より情報戦の色合いが強くなり、努力量よりも環境が左右する傾向が強まる。保護者のリテラシーが子供の合否に直結するともいえる」

「努力する機会や期間が狭まってしまうのは、貴重な高校生活を最後まで充実したものにするためにも、もったいなく感じてしまう」

都市と地方、私立と公立の「越えられない壁」

 年内入試の導入で最も不利益を被るのは、地方の公立高校だ。都市部の進学校や私立高校では早期から受験対策に特化したカリキュラム編成が可能だが、地方の普通科高校では教員不足や施設・設備の制約から対応が困難を極める。

 文部科学省「学校基本調査」によれば、東京都の大学進学率は約72%である一方、秋田県や鹿児島県などの地方では50%前後にとどまっている(2023年度)。この20ポイント以上の差が、早期化によりさらに広がる可能性もある。

深刻になる情報戦と教員不足

 教員一人当たりの生徒数の地域差も深刻だ。

文部科学省「教育費調査」によれば、都市部の高校と地方の高校では教員一人当たりの生徒数に差があり、特に地方の公立高校では教員不足が深刻だ。東京都と地方県では最大で1.2倍の差があるとの調査結果も出ている。

 この状況で、年内の推薦入試と実質的な一般入試、さらに2月以降の従来型一般受験という制度が乱立すれば、教育現場での進路指導はより難しさを増す。通っている学校レベルでも、受験情報へのアクセスの格差が生まれる可能性が高い。

 特に、部活動や学校行事を重視する学校文化が根付いた高校では、早期の受験対策への転換はさらに難しい。

背景には大学を取り巻く厳しい経営状況

 今回の解禁の背景には、厳しい大学の経営状況がにじみ出る。18歳人口の減少による少子化は、多くの大学に経営上の深刻な課題をもたらしている。

 文部科学省の調査によれば、私立大学の約4割が定員割れに直面しており、特に地方の中小規模大学では状況がより厳しい。文部科学省「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」によれば、「18歳人口は2040年には88万人に減少し、現在の74%の規模となる」と予測されている。

 このような環境下で、各大学は学生確保のため、年内入試という早期選抜の仕組みに注目している。表向きは「受験機会の拡大」を掲げているが、実質的には学生の早期囲い込みによる経営安定化を図る狙いがある。

 特に中堅以下の大学にとっては、優秀な学生を他大学に先駆けて確保することが生き残り戦略となっており、大学間の競争激化により、教育の質よりも入学者数の確保が優先される懸念が生じている。年内入試解禁はこうした大学経営の厳しい現実を背景に進められている現状がある。

教育の本質か、大学の生き残りか

 年内一般入試解禁の真の狙いが、少子化で危機に瀕した大学の「学生確保戦略」であるのは否定しがたい。しかし、高等教育政策は単なる大学経営の視点だけでなく、「教育の質」と「機会の公平性」という重要な理念との両立が求められる。

 文科省が強調する「受験機会の拡大」は、すべての受験生に平等に恩恵をもたらすものなのか、それとも情報と資金力を持つ特定層だけが得をする「新たな格差装置」になるのか。この点について、厳密な検証と議論が必要だ。

 拙速な導入は日本の教育システム全体に取り返しのつかない亀裂を生じさせる恐れがある。文科省と大学は、目先の利益だけでなく、教育の本質的な価値を見据えた議論を尽くすべきではないだろうか。