「中学まではずっと学年トップ5以内だったので、高校入って360人中300位を取ったときは目の前の現実が全く理解できませんでした。でも、高校生活は充実していて幸せだったので、入学したことに後悔はないです。」
深海魚ーーーそれは名門進学校に入学するも、成績下位に沈んでしまった生徒たちを指すスラングだ。かつて中学でトップを走っていた生徒たちが、高校入学後に“落ちこぼれ”になる現象。
未来図では数々の深海魚たちを取り上げているが、今回の生息地は神奈川の超名門で偏差値74の”横浜翠嵐高校”だ。
2024年度の合格実績は東大74名、早慶410名、医学部医学科に41名と、華々しい実績を誇るこの高校。早慶の合格者の人数は、学年約360人の人数を大きく上回っている。これを見てわかるように、この学校では東大・早慶合格は当たり前の世界だ。
今まで未来図では苦悩を抱える深海魚たちについて紹介してきたが、今回は一味違う。
深海魚なのに高校生活は幸せだったと語ってくれた、渋谷 蒼汰(仮名)さんだ。
彼は横浜翠嵐高校で落ちこぼれ、いわゆる“深海魚”となったのち、1浪を経てMARCHへと進学した。
それでも彼はこう語る。「たとえ深海に沈んでも、自分なりの幸せを見つけることはできる」と——。
プロフィール
神奈川県出身。小・中学生時代に勉強面で困ったことはなく、学年トップ5の常連。高校受験を経て横浜翠嵐高校に進学。しかし、入学後は成績が振るわず落ちこぼれていった。大学受験では東北大・東京理科大・都立大を受験したが全校不合格に。1年間の浪人生活を経て、MARCHの大学に合格した。
イージーモードな中学生時代
ーーさっそくですが横浜翠嵐高校を目指したきっかけから教えてください。
渋谷:もともと僕は翠嵐志望ではありません。成績的には翠嵐合格ラインだったのですが、安全を取って横浜緑ケ丘高等学校という、もうワンランク下の学校を考えていました。
神奈川県の受験制度では公立高校は一校しか受けられないため、チャレンジをして翠嵐を受けるか、安全を取って緑ヶ丘を受けるかで迷っていました。両親と相談した結果、翠嵐高校のほうがかっこいいよと言われたことがきっかけで翠嵐に決めました。
ーーなるほど。中学時代の成績はよかったのでしょうか?
渋谷:地元の公立中学に通っていたのですが、いつも学年トップ5以内でした。ただ、同級生から翠嵐高校に8人合格していて、比較的優秀な学年だったのかもしれません。
ーーそれはすごいですね。中学校自体もレベルが高かったのでしょうか?
渋谷:中学校の最寄り駅に塾が密集しているんです。そのせいか塾に通う子が多かった。実際に翠嵐受験専門を掲げる塾もあったので、翠嵐生が出やすい環境だったのかも。そういった環境だったので親のリテラシーも高めな人が多かったかな。
ーーなるほど。周辺に塾がたくさんあり、リテラシー高めな親御さんも多かったのですね。渋谷さんのご家庭や環境はいかがでしたか?
渋谷:勉強しろと言われたことは一度もありません。中学までは勉強面で困ったことも一度もありませんでしたし、兄弟の中でも成績面では一番できがよかったですから。高校受験で緑ヶ丘と翠嵐で迷っていた時に助言してくれたこと程度しか覚えていないです。
深海魚としての高校生活
ーー高校の成績はどうでしたか?
渋谷:最初のテストで学年360人中300位を取ったんです。こんな順位は今まで取ったことがなかったので、最初は理解が追いつきませんでした。やっぱり翠嵐のようなハイレベルな人たちが集まるところでは、自分も勉強を頑張らなければならないのかと。だから勉強習慣が身についていなかった僕も、定期テストの2週間前だけは集中して勉強していました。
その結果、学年180位くらいまではいきました。この時は「僕、結構勉強できるかも!」と思っていたのですが、一年の10月に部活で膝を痛めてしまい、入院することになりました。その時からですね、明らかに勉強についていけなくなったのは。
ーーやはり授業を休んでしまったことが響きましたか?
渋谷:一年生の10月って、数学でいうところの三角比を習うタイミングなんです。三角比って特に理系選択の自分にはすごく重要で、それ以降に習う理系分野の基礎になるんです。
だから、これができていないと数学はもちろん、物理でも式が立てられないレベルで太刀打ちできなくなってしまいます。
そこからはどんどん転落していきました。テストの点数が悲惨だったので途中からは順位を気にしなくなり、当時の立ち位置すらわかりません。ただ、高3の物理のテストで4点を取ったのは覚えています。
ーー4点!!それはかなり危機的状況ですね。どんなお気持ちでしたか?
渋谷:一般的にもし物理で4点を取ってしまった場合、「まずい!」とか「どうしよう!」という感情が沸くと思います。でも当時の僕は「0点だと思っていたら4点もあった!」と喜んでいたんです。
ちなみに、奇跡的に取れた4点は直前に教科書で見た公式を書いてみたらたまたま正解していました(笑)
幸せな深海魚生活を送る秘訣
ーー落ちこぼれている子って、不登校になったり、学校をやめてしまう子がいたりしませんか?
渋谷:実際にいましたね。翠嵐って、職員室の前に学年全体の人数が書いてある黒板があるんです。入学当初と卒業時の人数を比べると、大体10数名程度マイナスでした。
これは別の友人から聞いた話ですが、成績が振るわなかったり、小田原の遠方から受験してギリギリ合格したけどついていけなかった層はやめてしまう傾向にあったと聞きました。
ーー進学校というと、みなさん勉強熱心なイメージがあります。成績の順位争いなどで、ピリピリとした雰囲気になることはないのでしょうか?
渋谷:全然。むしろあたたかいです。成績が悪かった僕みたいな人にも優しくて、勉強を教えてくれるんですよ。成績だけで人を判断する人間は少ないですね。みんな他人をいじめることに価値がないとわかっているのでしょう。将来自分のキャリアに支障がでるかもしれないから、わざわざやらないのかもしれません。
ーーそうなんですね。落ちこぼれていたけど楽しく学校に通う渋谷さんと、そうでない彼らとではなにが違ったのだと思いますか?
渋谷:僕は人とおしゃべりをすることが好きだったので、人と関わり続けていました。だから友達もたくさんいて、勉強はできなくても彼らと過ごす日常が楽しかったです。放課後にみなとみらいの原っぱで寝っ転がって談笑したり、教室に集まって勉強したり。僕はその間勉強しているフリをしてラジオを聞いていたのですが……。そういった友人と過ごす日常が楽しかったです。部活というコミュニティーもありましたし、常に居場所がありました。周囲の人にも恵まれていたかもしれません。
でも、途中でやめてしまった人たちやしんどそうにしていた人たちは、友達とかコミュニティーが少なかったのではないでしょうか。
ーーでは、勉強ができずコミュニティが小さい人はどうすれば幸せな学校生活を手に入れられるのでしょうか。
渋谷:人と関わって、勉強以外の居場所を作ることだと思います。近くの席の子に話しかけてみたり、友達の友達と話してみたりすることから始めてみてもいいと思います。自分から話しかけないとなかなか友達をつくるチャンスはないですからね。学校は必ずしも勉強だけを学ぶ場所ではないと思うので、勉強以外のことにも目を向けてみるとよいと思います。
それと、勉強へのウェイトもかなり重要です。僕はそこまで勉強や成績へのこだわりがありませんでした。最初のテストで300位だったので、自分の戦うフィールドは勉強でなくてもいいかなと、早い段階で気づけていました。でも彼らはきっと、勉強へのウェイトが重かったのでしょう。
終わりに:幸せな「深海魚」という選択肢
名門校で最底辺の成績をとることは、他人の目には挫折や失敗に映るかもしれない。しかし渋谷さんは、人とのつながりと柔軟なマインドセットによって、その時間を「幸せだった」と言い切る。重要なのは「どこで上位にいるか」ではなく、「どこに自分の居場所があるか」だ。どれだけ勉強ができなくても、仲間と笑い合い、支え合う時間があれば、それは間違いなくかけがえのない学生生活になる。
その後、渋谷さんは現役時代に東北大・東京理科大・都立大を受験し、全校不合格。一年間の浪人生活を経てMARCHの大学に進学した。
「翠嵐は東大や医学部進学者が多かったので、そうした中では僕の進学先はやや異色だったかもしれません。でも、僕は進学先の大学にはとても満足しています。教授もカリキュラムも素晴らしいですし、ボランティアのような外部とのつながりも充実しています。」
現在も大学でボランティア活動やディスカッション中心の授業に積極的に関わり、人とのつながりを軸に大学生活を送っている。
たとえ深海に沈んでも、自分なりの光を見つけることはできる。
彼の人生は、その事実を静かに証明している。

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