本連載では、書籍「東大理Ⅲ 合格の秘訣」の中身を引用し、今年東京大学理科3類に合格した人がどのように勉強をしていたのかについて、記事を掲載していきます。

 今回は、福井の県立高校から東大理3に合格した小池奏一朗(こいけ そういちろう)さん。彼は地方県立高校でネット依存気味だったところから東大理3に合格しています。彼の人生を追っていきましょう。

臨床医になりたい★★★☆☆ 

研究医になりたい★★★★★ 

医者以外の道もあり★★☆☆☆

福井県立高志高校卒 現役

 共通テスト 942点

 前期 東大理Ⅲ ○

 後期 東京科学大医(出願)

 

得意科目 化学、英語

不得意科目 国語(特に現代文)

科学館で養われた理科のセンス

 私は幼い頃から他人を助けるのが好きだったことと、医者という職業は直接他人の助けになるものだということを知った小学校5、6年生の頃には既に医者を目指そうと考えていました。最初に理Ⅲを考え始めたのは、高1の頃でした。その後いろんな大学の医学部を調べていくうちに、東京医科歯科大学(現・東京科学大)のほうがいいのでは、と思ったこともあります。理Ⅲとどちらを目指すかしばらく悩みましたが、高3の冬くらいに理Ⅲ志望で考えが固まりました。

 勉強は小学校の時からできたのですが、いじめの標的にされることも。クリエイティブな活動が好きで、暇な時間には工作をしたり絵を描いたりしていました。ゲームはマインクラフトが大好きで、小5の頃にはプログラミングを始めて、ゲーム制作にはまっていました。

 また、敦賀に「原子力の科学館あっとほうむ」という施設があり、そこに通うことで理科のセンスが身につきました。

 

プログラミングの面白さ

 福井県立高志は中高一貫校なのですが、中学受験は塾を使わず、地頭で乗り切りました。入学後はサイエンス部に入部。科学系全般をやる部活ですが、僕はプログラミングに夢中でした。

 中2になると、パソコン上で動く自作のアプリを作り始めました。このころは、「数学やプログラミングが得意だから将来はIT系に進もう」と考えていましたね。

 中2のコロナ禍中には、マインクラフトのオンラインプレイに熱中。それからオンラインゲームにはまって、抜け出せなくなってしまった。高2くらいまで、かなりネット依存でした。授業中もゲームのことばかり考えて集中できず、こんな状態では東大を狙えないと思っていました。

 その頃、物理部の活動は競技プログラミングがメインでした。競技プログラミングとは、数学的な問題を効率的に解くプログラムを組む競技です。

 高1の時には科学の甲子園に出場。この大会はあまり知識を使わず、ひらめきで解く問題が中心なので、地頭で押して全国大会まで進みました。

 情報オリンピックにも出場し、高2の時は、東京で行われた春合宿にも参加しました。これまでプログラミングを続けていましたが、この頃には、本業にすべきでない気がしていました。趣味だから楽しいのであって、仕事とするには大変なのではと感じ始めていたのです。ニュースを通じ地域医療や途上国の医療に興味を持ったこともあり、医療に携わりながら、よりよい医療の追求のためにITを使うべきではと感じ始めていた。

 

SNSをアンインストール

 高2までは、ほぼ全科目で、定期試験に出そうな問題と解答をクイズ形式で答えるアプリを自分で作って、それを使って勉強していました。アプリを作っている段階で問題と答えを覚えてしまいますが、それも期待していました。

 ネット依存は高3になっても続いていたのですが、ある時ネット友達が別のゲームにはまったことで、いままでのゲームができなくなり、図書館で過ごすようになりました。本を読んでいるうちに、自分がネット依存だったと気づき、依存から抜けだすきっかけになりました。意識的にパソコンをつけないようにして、スマホからSNSをアンインストールしたら、だんだん生活が改善されて体調も良くなっていきました。そうしてネット依存からの脱却を目標に生活するうちに、理Ⅲを目指せそうな気がしてきました。

 もともと、授業はネット依存だった時からちゃんと聞いていたのですが、それからは図書館で1日5、6時間勉強するようになりました。

 

「25カ年」に取り組む

 数学は、もとから基礎レベルはできていたので、『上級問題精講』から始めました。結構難しいので、解説を見つつ、分からなかった問題は何回も解きました。

 英語はマインクラフトを英語でやっているうちに、自然と身についていましたが、ネットをやめてからは、とにかく東大の過去問を「25カ年」の本を使って解きました。

 物理・化学は、高2の後半から『セミナー化学』や物理の『リードα』、高3の始めからは『重要問題集』をやってました。物理・化学ともに『重要問題集』を1周解いたあとは、苦手だった分野を中心にもう1周解いたりしました。高3の8月頃からは東大の過去問を、「25カ年」を使って、新しい年から順番にやりました。

 高3の夏休みは、1日3、4時間程かけて問題集を解きました。同じ問題を3日くらい連続して解いて定着させました。『重要問題集』を1カテゴリ解いて、できなかった問題には付箋をつけておき、復習時には計算などは省略し、解法の方針だけ考えるようにしていました。

ちなみに物理・化学の過去問を解き始めたのはこの頃です。

 

過去問は現在からやるのが吉?

 東大模試の判定はDやEが多かったのですが、全統模試や共通テスト模試ではC以上も取れていました。その頃は、まだ医科歯科を受けるか、それとも理Ⅲに挑戦するかで迷っていました。それで問題傾向に共通点が多い理科・数学を優先的に勉強していました。

 11月から12月頃は、ネット依存の禁断症状で落ち着かなくなったり、中学時代にネットでいじめられたことを思い出したりして、体調を崩してしまいました。それでも問題が解けるとモチベーションが上がりますし、東大に受かったらまた新しい自分に出会えるようになるだろうということを意識して頑張りました。

 東大の過去問は、過去へ遡るように解き進めましたが、昔のほうが簡単なので、逆のほうがよかったかもしれません。ただ、だんだん簡単になっていくことで、モチベーションは上がりましたね。

 秋ごろになると物理と化学の『上級問題精講』や、英語の過去問を解き始めました。「25カ年」は、各科目3セットずつくらいはやりました。

 年末年始は昼から図書館に行って、閉館するまで勉強していました。

 

地理はニュースで覚える

 共通テストの2週間前からはベネッセなどが出している共通テストの演習問題を各科目10セットくらい解きました。

 社会は地理で、学校がくれた問題集を使って、出てきた用語を確認していました。ニュースを見る習慣があったので、ニュースと結びつけて覚えるようにしていましたが、それでは対応できない純粋な知識部分は問題集でカバーしました。

 国語の現代文は勉強しても伸びないと思ったので諦めて、古文と漢文を1月くらいから解いていました。

 共通テストは942点。満足な点数ではありましたが、今年は易化したそうですから、そんなに高い点数でもないのかな、と思いました。

 

情報オリンピックで見た問題が出た

 共通テストが終わった後は、東大の過去問の残りや実戦形式の演習問題を解きました。

 二次試験の前日に東京に入りました。直前に学校の先生に勧められた『漢文句形とキーワード』という参考書が地元では見つからなかったのですが、東京の書店にあったので、読み進めました。

 国語は比較的現代文と漢文が簡単だったので、だいぶ自信が持てました。でも逆に簡単だったから差がつかないかも、と焦る気持ちもありました。

 数学は、順番に解いていったのですが、分からない問題ばかりでした。1問目は解けましたが、2問目が全然分からず、いったん飛ばして3問目をやったら、今度は計算が多くて途中で計算ミスしているだろうと思いながら解きました。4問目はまったく分からず。難問とされた5問目は、情報オリンピックの問題に似ていたのですぐ解けました。6問目は絶対に取ろうと思って、なんとか解いたところで試験が終了しました。3完は解きましたが、理Ⅲの試験では4完は欲しいので半分負けたような気がしました。

 理科は物理が簡単ですぐに終わった一方、化学が全然できませんでした。得意な化学で点差をつけるつもりだったので、少し落ち込みました。

 英語は英作文のテーマが難しくて、つまりました。長文読解は自信があったのに、英作文の失敗を引きずってしまって、試験後に落ち込みました。

 最初は落ちたような気がしていましたが、予想点数を計算したら380点くらいになって、ギリギリで受かるんじゃないかと思いました。

 

国際医療に取り組みたい

 合格発表は家で、家族全員がこたつに入った状態で見ました。僕の番号があったので、受かったと思っていなかった親はビックリしていたみたいです。

 自分が合格できた秘訣は、身近な現象も理科や数学の原理でどうしてこうなるか考えるなど、普段から頭を使ってきたことでしょう。例えば、ニュースで見た災害の被害が拡大した場所とその原因を、理科で習った知識や数学的な論理を用いて自分なりに分析するなどしていました。

 東大に入学して、小学校の時に好きだったボードゲームのサークルに入りました。ボードゲームの難点はルールを理解して対戦できる相手がなかなか見つからないところですが、サークルがあることでその点が解決しました。

 最初は福井かどこかで日本の地域医療に携わって、いずれは国境なき医師団などで海外の困難を抱えた地域の医療に携わりたいと思っています。