「危機管理学」と聞くと、どこか特殊な専門分野のように感じる人も多いかもしれません。しかし日本大学危機管理学部長の福田充先生によれば、その本質は「人々の幸せな生活と安全を守るための学問」であり、「どこの企業・自治体でも、さらには学校や家庭にでも求められる学問」だと言います。今回は、福田充先生に危機管理学部についてインタビューをしてみました

危機管理学部とは?新しい学問領域

―――まず、危機管理学というのに耳馴染みがないのですが、危機管理学とはどのようなものなのでしょう。

福田先生「危機管理学は、人々の幸せな生活と安全を守るための学問です。震災やテロ・戦争、感染症など、普通の生活が脅かされてしまうような『危機』というものが、世界にはたくさん存在します。そういう『危機』に対して、事前にどのように対策を打つかを考え、これを防止するためのものが、危機管理学です」

―――なるほど。では、福田先生自身がこうした学問領域の研究をされようとしたのは、どのようなきっかけによるものだったのでしょうか?

福田先生「実は、自分は最初から危機管理学を学んでいたわけではありません。そもそも危機管理学が生まれたのが、たった20〜30年ほど前なんです。

きっかけは、阪神淡路大震災でした。自分は生まれが甲子園のある兵庫県西宮市で、地震が起こった当時は東京大学の大学院生をしていました。そこで震災が発生し、教授に頼まれて災害の現場に調査に入ったところ、これは人災の側面も大きいと感じたのです。約6000人があの震災では命を落としましたが、事前の防災対策と事後の救助活動がしっかりしていれば、6000人死なずに済んだ災害だったのではないか、と疑問を感じたんです」

―――6000人死なずに済んだ災害、ですか。

福田先生「当時、関西には大地震が来ないという間違った迷信があり、防災教育も不十分でした。また中央政府の危機管理能力も弱かったのです。震災対応が後手後手になったことで多くの命が失われました。当時の村山富市首相が『なんせ初めての経験だったから』とコメントしたのは象徴的です。要するに、“誰も備えていなかった”。結果として、6000人が亡くなったのです。これを見て、『日本に危機対応の学問・制度が必要だ』と痛感しました。」

―――つまり、自然災害というより“人災”だった。
福田先生「そう思います。もっと事前に社会に防災教育があれば、もっと早く中央政府が動けていれば、救えた命があった。そこから、“災害対応を体系的に考える学問”が必要だと痛感したんです。」

――その後、地下鉄サリン事件もありましたね。
福田先生「そうです。あれは世界で初めての“無差別化学兵器テロ”でした。実は、私自身もサリンが撒かれた車両の2本前の電車に乗っていたんです。10分遅かったら、私も被害にあっていたかもしれません。そして同じような人は多かったと思います。『ちょっと時間がずれていたら死んでいたかもしれない』という人はかなり多かったと思います。」

――まさに“危機”が日常のすぐ隣にあった。
福田先生「ええ。しかし、この事件の対応もまた、不十分な面がありました。地下鉄サリン事件は、『事件』と呼称されますが、『テロ』とは呼ばれないですね。今考えればどうみても『テロリズム』です。この事件がテロと呼ばれないのは、テロという概念がその当時、今から30年前まで日本で使われていなかったからなんです。日本では研究者が研究しない分野でもあり、だからテロ対策という制度もほとんどなかった。北朝鮮の日本に対するミサイル攻撃も同様で、1990年代はまだ、それに対応するための法律も制度もなかったんです。そういう意味で、日本にはこうした危機管理に対応していくための学問が必要である、とさらに強く感じました。“災害だけでなく、テロや戦争にも備える必要がある”と。」

――その意味では、“危機管理学元年”が1995年だったわけですね。
福田先生「そうですね。阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件、この二つが起きた年です。今の感覚からすると不可解に感じるかもしれませんが、実は当時はまだ、“危機管理”という言葉自体が日本社会ではタブー視されていたんです。“社会を管理する”ことへの抵抗感、“日本国憲法の精神に反する”という誤解がありました。でも、その年を境に日本社会の意識は大きく変わったんです。」

 

危機管理学部で学べること

―――危機管理学部では、幅広い分野を学ぶと伺いました。
福田先生「そうですね。危機管理学は、“学際的な総合科学”なんです。自然災害・テロ・感染症・サイバー攻撃……すべて違う現象のように見えますが、実は根っこにある“危機への対応の考え方”は共通しています。だから、1つの専門に偏るのではなく、横断的に学ぶことを大切にしています。」

―――具体的には、どんな仕組みで学ぶのでしょうか。
福田先生「本学部では、4つの領域があります。

  1. 災害マネジメント領域(地震・台風・原発事故など)
  2. パブリックセキュリティ領域(犯罪・治安・交通安全など)
  3. グローバルセキュリティ領域(戦争・紛争・気候変動・難民問題など)
  4. 情報セキュリティ領域(サイバー攻撃・情報漏洩・フェイクニュース対策など)

このうちのどれかを主専攻に、もう一つを副専攻に選ぶ形です。」

―――主専攻と副専攻ですか。
福田先生「はい。主専攻を中心にしながらも、他分野を自由に学べる柔軟なカリキュラムになっています。たとえば警察官志望の学生であっても、犯罪学だけでは不十分です。いまの犯罪は、サイバー空間でも、国際問題としても起こり得る。だから、警察を目指すなら防災も国際も情報も理解しておく必要があるんです。それは都道府県や市町村の自治体職員でも、一般企業の社員でも同じです。」

―――危機の現場は、一つの知識では対応できないということですね。
福田先生「まさにそうです。地震なら建物の安全だけでなく、情報伝達、避難誘導、心理的ケアも必要。サイバー攻撃なら、法制度、技術、情報リテラシーが関連してきます。だからこそ、学生には幅広い基礎的知識と応用力を組み合わせる力を身につけてもらわねばなりません。」

―――実践的な学びも重視されていると聞きました。
福田先生「はい。教室での座学だけでは“机上の空論”になってしまいます。ですから、フィールドでの実習や訓練、ボランティア活動などフィールドワークを取り入れたアクティブ・ラーニングを導入しています。実際に被災地に赴き、被災地での支援活動や自治体との連携、防災訓練、模擬危機対応シミュレーションなど、“体験から学ぶ”教育を重視しています。実際に体を動かしてこそ、“危機とは何か”“自分は何ができるか”が見えてくるんです。」

―――学生たちは、その中でどんな成長を見せますか。
福田先生「入学当初は“防災や防犯に興味がある”程度だった学生が、3年生になるころには“社会を支える人材”としての意識が芽生えます。チームで対応し、他者と連携し、判断を下す力を鍛えるわけです。危機管理学は、“知識”よりも“現場での判断力”や“リーダーシップ”を磨く学問です。だからこそ、ここでの学びはどんな職業にも活かせるんです。」

 

どんなところに就職する人が多いのか?

―――就職先はどのようなところになるのでしょう。

福田先生「警察官や消防士になる人が多い学部と勘違いされることもありますが、実際には全くそんなことはありません。というのも、危機管理に関しては、多くの企業も専門の部署が置かれるようになっています。自治体に関しては、防災・危機管理部署を設置している自治体は多数を占めており、大きい自治体であればほとんど防災・危機管理課が存在しています。多くの組織で“危機管理”や“リスク対応”の部署や部門が設けられているのです。その結果、危機管理学部の学生にも都道府県や市町村の自治体の職員、公務員になる学生もたくさんいます。」

―――確かに、どこでも必ず必須なものですものね、危機管理。

福田先生「危機管理と無関係でいられる企業・自治体・組織は存在しません。そして昨今、一般企業にも“危機管理部門”ができ、リスク意識が高まっています。その結果、危機管理学を学んだ人材が、メーカー、金融、サービス業、情報通信など幅広い業種で求められていて、危機管理学部の学生たちもそうした有望企業に多くが就職しています。危機の時代ともいわれる現代では、多くの企業が、危機管理を学んだ人材を必要としているんですね。危機管理の理論と実践を知る人材が、社会全体ではまだまだ希少なんですね。日本社会全体の危機管理能力を高めるために、それぞれの現場でどんな部署に入っても、危機対応力を発揮できる人を育てたいと思っています。」

―――そうなると、かなりいろんなところで重宝される人材になるわけですね。

福田先生「はい。卒業生の約3割は公務員になります。地方自治体や国家公務員、警察官などです。ほかにも、企業の“危機管理課”や“コンプライアンス部門”に就職する学生も多い。今や食品会社でも化粧品会社でも、危機管理は不可欠です。」

 

現代的な危機管理・「リベラルな危機管理」とは

―――危機管理というと「統制」や「管理」という言葉の響きから、自由や人権と相反するような印象を持つ人もいます。
福田先生「そうですね。危機管理という言葉には、“監視社会”や“管理社会”を連想させるイメージがありますよね。実際、90年代までは“社会を管理することではないか”とタブー視されていました。けれど、危機管理は“人を守る”ための学問であって、“縛る”ための学問ではありません。」

―――“人を守るための危機管理”ですか。
福田先生「はい。たとえば、犯罪やテロなどの危険を減らすために極端に監視カメラを増やすこともできます。でも、それは市民の自由やプライバシーを奪うことにもなります。災害現場や避難所でも、プライバシーは守られなければならない。安全と人権は常にセットで考えなければならないんです。」

―― 安全を守るだけでなく、自由とのバランスを取る。
福田先生「まさにその通りです。私はそれを“リベラルな危機管理”と呼んでいます。これまでは危機管理とは権力寄りで体制側の論理、という印象が強かった。でも、これからの時代に求められるのは、“自由や人権を尊重しながら安全を確保する”危機管理。人間中心の危機対応です。」

―――とても現代的な視点ですね。
福田先生「ええ。コロナ禍でも、感染拡大を防ぐために自由を制限することがありましたよね。マスク着用や外出自粛など、命を守るためとはいえ、“どこまで制限していいのか”という議論が必ず出てくる。危機管理とは、“制限と尊重の線引き”を考えることでもあるんです。

このリベラルな危機管理学の考え方を、危機管理学部の新しいカリキュラムに導入しています。この新しいカリキュラムでは、人々の自由や人権、多様性(ダイバーシティ)、人道主義(ヒューマニズム)を重視して、そうした社会の価値を守るためのガバナンス、コンプライアンスについても学びます。」

―――そう聞くと、危機管理学は単なる実務学ではなく、倫理や哲学の領域にも踏み込む学問なんですね。
福田先生「その通りです。危機の現場では、正解が一つとは限りません。安全を取るか、自由を取るか、人命を優先するか、秩序を守るか──常に“判断”が問われます。だからこそ、学生にも“人間の尊厳を守る危機管理”を学んでほしいと思っています。」

 

―――最後に、これから危機管理を学ぼうとする高校生へメッセージをお願いします。
福田先生「危機は、生きている限り誰もが必ず遭遇します。地震も感染症も、避けて通れません。だから、危機を“他人事”にせず、“自分事”として考えられる市民を増やしたい。他者に対する共感性を持てる人材を育てなくてはなりません。危機管理学は、社会を支える基盤となる重要な学問です。将来、公務員でも企業でも、どんな職場でも求められる力になります。そういう“実践的な志”を持つ学生に、ぜひ来てほしいですね。」