今回は、2024年度の文学部の推薦入試に見事合格された笠島理乃さんにお話をお伺いしました。
「合格した理由は、面接中の元気と勢いです!」
と語る笠島さん。インタビュー中も終始マシンガントークが止まらない元気溌剌な方でした。笠島さんは高校時代そのボキャブラリーとトーク力を活かして、英語のディベート部で活躍されました。
本記事では、笠島さんが推薦入試を受けようと思ったきっかけから高校の活動まで、その実態をご紹介いたします。
英語ディベートとは?
ーーー笠島さんは高校時代に英語のディベートで活躍されていたとのことですが、どのような活動をされていたんでしょうか?
笠島さん:実績的な話をすると、高校の時に所属していた英語のディベート部の活動の一環で、HEnDAという英語ディベート大会の準備部門で全国3位を獲得しました。
ーーー全国3位はすごいですね!英語ディベートについて簡単にご説明いただけないでしょうか?
笠島さん:HEnDAには準備型部門と即興型部門があり、私の専門の準備型の場合は議題が4月ごろに発表されて、それを12月の全国大会まで議論すると言うのが通例です。
私の年の議題は「定年制を廃止すべきかどうか」という議題でした。その前ですと、代理母出産の是非や、原子力発電所についての議論などがありました。
4月に議題が発表されて、12月まで同じ議論をするのですが、HEnDAの場合、全国大会に出場するまでには出場枠を勝ち取る必要があるんです。予選みたいなものですね。
基本的に年度の初めの方は各校が自主的に開催する練習試合に出て、夏頃にかけて、地区大会やHEnDAの公式大会で全国大会への出場権をかけて戦うというシステムになっています。
私の年の場合は神大附属にブロック大会で負けてしまい、県大会で出場権を勝ち取るまではハラハラの状態でした(笑)。
地区ごとで競争率も違い、例えば英語教育が盛んな埼玉県の場合はかなり厳しい戦いになっています。
ーーーかなり長期戦なんですね。てっきり大会ごとに議題が異なるものだと思っていました。実際に大会はどのような流れで進むんですか?
笠島さん:大会ではある論題に対して賛成派と反対派の二つの立場から議論をぶつけることになります。どちらの意見も必ず同じだけ担当することになります。
実は英語ディベートにはポジションが存在して、通常四人で構成されるチームの中で、「コンストラクティブスピーカー(コンスト)」「アタッカー」「ディフェンス」「サマリー」と言う四つのポジションがあります。
コンストは最初に議論を展開する役、アタッカーは相手の議論を批判する役、ディフェンスは相手の反駁に対して自分チームの意見を擁護する役、サマリーは最後にそれまでで議論した対立軸を整理し、自分たちの議論の優位性を示す役割と言うように分かれています。
大変なのがアタッカーで、アタッカーは大会が始まるまで相手の主張がわからないんです!なので主張を予想したり、大会開始の3分前くらいになって相手の主張や参考資料が送られてくるのでそれを血眼になって読んで批判点を見つけることになるんです。
とにかく時間が大切で、私たちの年はオンラインだったので、対戦相手に資料を送るのを焦らされたこともあります(笑)。
あとここにはジレンマがあって、先ほど同じ議題を一年間かけて議論するとお伝えしたと思うのですが、序盤にある練習試合にでなければ自分たちの主張がバレることはないんです。一方で、大会に出ないと意見をブラッシュアップすることができないのでバランスが大事でした。
とにかく情報戦という感じでしたね。強豪校の中では大会に出場することのできなかったメンバーが全国の高校の主張をまとめ上げる調査チームがあるらしいんです。
ーーーそこまで英語ディベートが白熱するものだとは知らなかったです。
笠島さん:そうなんですよ!自分もすごい熱が入って活動していました。
準決勝の白熱
笠島さん:今でも全国大会の準決勝戦は覚えています。市立浦和高校と対戦して負けてしまった時には号泣しました。その時に初めて自分が注いできた熱量や思いみたいなものに気がつきました。ディベート部の顧問の先生にも、強く期待されていたこともあり、辛かったです。
冬の寒さとコロナになってしまったこともあり、とにかく冬は精神的にきつかったですが…今ではいい経験だとは思えるようになっています(笑)
ーーー学生時代から英語で論理性を求められ、大勢の前で発表もすると言うのはなかなかない貴重な経験ですよね。入試の時のプレゼンもあまり緊張とかしなさそうですね。
笠島さん:前日に下見をした時には緊張していたのを覚えてます。東京なんて雲の上の存在でしたし(笑)。
ただ、実際の面接の時にはふわふわしていたのであまり緊張していませんでしたね。
面接の傾向が変わっていたのにはびっくりしました。
私の前の年までは、一つの部屋で同じ四人ほどの教授に、プレゼンと質疑応答をすると言うのが傾向でした。
私の年は、前半後半で二部構成にされていて、前半ではプレゼンや経歴についての質問、後半は1日目の試験で書いた小論文に関する質問がメインでした。しかもそれぞれ別の教授が担当というのがこれまでとの大きな違いでした。後半部分では小論文で書いた自分の文章や解釈について詳しく質問されました。
小論文に関しても傾向が少し変化していて、これまでは一つの文章について二問の問題が提示されていたのが、二つの文章それぞれに一問ずつ問題が提示されました。
私の年では一問目は「ビザンツ帝国に対する西欧側からの解釈の変遷」について、二問目は「倫理学を学ぶ意味」についてでした。
ーーー難しい論題ですね。面接ではどのような質問をされましたか?
笠島さん:私は将来的に「対話を通じて他者を理解し、他者と共に生きていくことができる社会」を目指しているんです。
これってすごく抽象的で難しい目標なので、教授からは個人と集団というジレンマをどう両立するのかということをたくさん質問されました。
特に私が一番優しいと思っていた教授が実は怖い役の教授で、このジレンマについて何度も深掘りの質問をされました。
「正直自分の中でもふわっとした内容であることはわかっていたのですが、とにかく色々課題はあるけれども社会心理学を勉強してなんとか解決したいんです!」
といった感じでノリと勢いで解決しました(笑)。
正直、私が受かったのは完全にこの勢いと人柄的なところだと思ってます。
ーーー笠島さんの目指す共生社会について詳しく教えていただけないでしょうか?
笠島さん:私自身が他人に対して少し疑心暗鬼的なところがあるんです。人に信頼されているかとか、どう見られているかをすごく気にしてしまうんです。それで自分を押し殺してしまう傾向があるんです。
こういう人には言いにくいモヤモヤした気持ちをたくさんの人が持っていると思うんです。そういう人たちが自分を認められるように生きることのできる社会を目指しています。
そのために社会心理学を勉強してマクロな視点で社会を理解しようと”当時は”考えていました。
なので当然、学部でも社会心理学を学ぶつもりだったのですが、様々勉強しているうちに理想は大きく掲げているけれど「社会」と言うものそのものについてあまり知らないということに気がついてしまい、専攻を社会学に変更しました。
ヘーゲルやマルクスのように身分制社会から近代への変容を分析している社会学者に興味があります。
推薦入試を選んだのは?
ーーーどうして推薦入試を受けようと思ったのですか?
笠島さん:完全に担任の数学の先生の影響です。推薦入試をやる余地は自分の中でも残してはいたのですが、自分では踏ん切りがつかなかったんです。
高校三年生の時にこの先生に推薦を受けるよう言われて推薦に決めました。この先生はかなりの曲者の先生だったのですが、自分が推薦に関して懸念点を述べると、全部に対して論破してきたんです(笑)。
自分の中でこの人がそんなに推薦入試を推すんだったら受けてみようかなと言う気分になりました。
そこからは対策をしましたが、周りが一般入試の準備をして学力を大幅に向上させている中で推薦対策をしていたので、人生を賭けているかのような気分でいました。
東進で周りが勉強している中で私は社会心理学の本を読んでいました(笑)
当然焦りや不安は感じていて、毎日のように受験直前は泣いていましたね。。。
ーーーやはり推薦入試の準備は大変ですよね。最後にこれから推薦を受けたい、もしくは受ける学生に向けて一言お願いいたします。
笠島さん:準備は大変ですが、「やらずに後悔よりやって後悔!」だと思います。
自分の研究力や興味がどこまで教授陣に伝わるのか客観的評価ができるし、何より高校生の段階で教授陣と話せるのは貴重なことです。
入試対策期間中は人生の賭けをしている気分でしたが、その分達成感と合格したときの嬉しさ、皆が喜ぶ姿を見ることができたことはこの上ない幸せだと思います。
私は受験を支えていただいた先生方や友達が一緒になって喜んでくれていたのをすごく覚えています。




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