「実は今、UCバークレーに行くか、東京大学に在籍したまま4年間を過ごすか、迷っているんですよね……」
今回取材をさせていただいたのは、東京大学の工学部に推薦入試で見事合格を果たすと同時に、海外大学を受験し、UCバークレーを含むアメリカの名門大学にもダブルで合格した土田剛慎(つちだ・たけのり)さん。東大に入学して数ヶ月が経った今、まさに進路の選択に揺れているといいます。
東大とUCバークレー。2つの頂をどうやって同時に目指したのか。学問へのモチベーションとそのルーツを、土田さんの言葉から探っていきます。
研究活動の始まり
――土田さんは高校時代から飛行機の翼の研究を本格的に行われていたそうですが、小さな頃から研究活動に興味があったのでしょうか?
「研究を始めたのは高校一年生の時からだったんですけど、実は小さな時は正直かなり頭が悪かったです。
勉強は全般的にできず、中学受験をなんとなくして、たまたま合格した早稲田佐賀に進学しました。なので、特別昔から天才でした!と言う感じのタイプではありません。
それこそ、自分が中学生の時にはFortniteというゲームが流行っていたのでずっとそればかりでした。私の母親は香港出身だったので教育熱が高く、よくお叱りを受けていました。
これが変わったのが高校一年生の時でした。高校一年生の時に、ふと『海外の大学に進学したいな』と思うようになったんです。」
――どうして海外大学を受けようと思ったのでしょうか?
「すごくふんわりした理由ですが、キラキラしててかっこよかったからですね。
あと、英語が好きだったので、どうせなら大学で英語を使いたいという気持ちもあったかもしれません。」
英語の勉強法と「好き」の力
――日本にいながら海外大学に合格されるレベルまでどのように英語を勉強されたのでしょうか?
「なぜか中学校の時から英語が好きだったんですよね。それで、今思えばよく飽きないなと思うのですが、ずっと単語帳を眺めていました。英検一級やTOEFL3800といったよく書店で見かけるような単語帳です。
通学中の電車の中や、学校の休み時間中もずっと眺めていました。
あとは英字の新聞を読んでいました。とにかく自分には英語の読解力が足りていないことがわかっていたのでそれを克服するために勉強していました。」
――Speakingなどはどのように対策されたのでしょうか?
「先ほど読解力が足りなかったと言ったと思うのですが、Speakingは得意だったんです。
母親が香港出身ということがあり、私が小さい時には英語と日本語が混じって話しかけられていたんです。
徐々に母親の日本語力が向上していって今では日本語をペラペラ喋っていますが(笑)。あとは、週に一回の英会話教室をずっと続けていたのもSpeakingが得意だった理由かもしれません。
そのまま好きを動機に英語を勉強していき、高校一年生のときにはTOEFLで111点を取得しました。」
研究への本格的な取り組み
「でも、海外の大学は英語ができるだけではダメで。日本で言えば推薦型の入試が中心なので、研究活動などの実績が求められます。それがきっかけで研究を始めました。そこからどんどん勉強が面白くなったという感じです。」
――どのような研究をされていたんでしょうか?
「基本的には飛行機の翼に関する研究でした。いかに翼を工夫して燃費をよくするのかを考えていました。なんで、飛行機かというと、小さい頃から母親の母国である香港に行く機会が多くてそこで飛行機が好きになったからです。
やっていた研究としては主に三つありました。一つ目は海外大学に行くと決めてから実績作りの一環としておこなったリサーチ、及びシュミレーションを主軸とした研究、二つ目が物理オリンピックに出場するための提出研究、三つ目は東大のGSCという小学生〜高校生向けの研究プログラムの一環として行った研究です。」
高校生でもできた。研究の裏側
――どのように研究を進めて行ったのかを教えていただきたいです。
「それこそ最初は何もわからなかったです。ただ、元々が海外大学に行きたいという前提で動いていたので、そのための塾に通っていたんです。その塾が高校生の研究をサポートするカリキュラムを紹介してくれました。知識的には、そのころ自分はまだ高校生でしたので、大学生の知識レベルで研究をできていたかと言うとそうではなかったと思います。
僕以外でも、高校生で研究を行っている学生のほとんどは自分の興味分野の知識を断片的に収集してなんとか研究を進めるという感じだと思います。
あとは東大のGSCというプログラムで、東大の教授にアドバイスをもらったり、自分で海外の大学の教授にも質問をしたりしていました。私はブリストル大学という大学の教授にアポイントメントをとって、研究に進捗があったらミーティングをしてもらったりもしていました。
意外と大学の先生は学生好きな印象があって、頼めば質問には返信が来ます。ブリストルの教授のようにメンターのように指導をしてくださるのは稀ですが。」
――実験などは行っていたのでしょうか?
「はい。簡単な実験は高校の中で行い、より専門的な実験は大学の実験室をお借りして行っていました。例えば、翼に荷重をかけるといった簡易的な実験は工夫次第で高校の実験室で可能でした。
うちの学校は開校まもない学校ということで、海外の名門大学を目指そうとする生徒は初めてだったようで、それもあり先生方はかなり協力的でした。とはいっても部活動として行っていたわけではなかったので、学校でもらえない部品や道具は自費で揃えました。一番高かったのはアクリルの大きい筒で、数万円はしました。あとは翼を自分で設計図を作り業者に3Dプリンティングを依頼していたりもしました。親がこういった活動にすごく協力的だったのは今思えばすごくありがたかったです。
実際に風を使うような専門的な実験は装置がないとできなかったので、1週間ほど夏休みに東京に来て実験室を大学から借りていました。今は大学の研究室を利用できたり、大学のアカウントから論文にアクセスすることができるので随分と楽になりました。
研究室の教授はすごく私によくしてくださり、この前なんかはANAの飛行機の倉庫の見学の案内が来ました。」
物理オリンピックへの挑戦と背景
――物理オリンピックにも出場されたとのことですが、研究とは関係があったのでしょうか?
「物理オリンピックに出たのも、研究が始まりでした。研究を進めるにあたって、自分には基礎知識が足りないんだなということがわかってきたんです。勉強するために、何かモチベーションとなるようなものを探していて、物理オリンピックを目標として選びました。
高校三年生の時に参加して、全国大会まで出場できました。」
東大推薦と海外大学を両立するということ
――研究以外に、海外大学の対策はしていましたか?
「塾で対策をしていました。特に海外大学の場合はエッセイに対する評価比重が重く、対策が必須でした。私はアカデミックライティングは経験があったのですが、海外大学の出願に必要な類のエッセイに関する経験は全くありませんでした。
日本のものとは少し異なり、エピソード形式で書かなくてはいけないという点にすごく苦労しました。」
――東大の受験と海外の受験でかなり忙しかったのではないでしょうか?
「今思えばもう二度とやりたくないと思うくらいには大変でした。特に東大の一般入試と海外大学対策の両立が難しかったです。そもそも東大に行こうと思い出したのが高校三年生からで、その時には推薦で合格しようと決めていました。
ただ、後々推薦だけではまずいのではと思うようになり、高三の夏頃から一般入試の勉強も始めました。こんな具合なので夏の模擬試験などでは成績は振るわず、その一方で研究を進めなければならなかったのでとても忙しかったです。」
東大か、UCバークレーか——今まさに決断の時
――結局海外の大学入試の結果はどうだったのでしょうか?
「合格することができたのは、UCバークレー、ニューヨーク大学、ジョージアテックです。”行くとしたら”UCバークレーですかね。」
――海外は9月入学ですので、もうそろそろ東大を去ってしまうということでしょうか?
「実は今迷っていまして。。。。東大に四年間居座るのか、バークレーに行くのか検討中です。あと一ヶ月くらいで決めないといけないのでまずいです(笑)。
悩んでる理由としては、東大の方が研究がしやすいかなという点です。東大には自分の興味分野とドンピシャの研究室があり、しかも授業が忙しくないので研究がしやすいんです。
バークレーに行ってしまうと授業が忙しいのがネックかなと。ただ、海外に行った方が何もわからなくなって面白いんじゃないかという考えもあります。
あとは、海外大学を受験する際に、笹川財団の奨学金をいただくことができたので、海外大学は学費が全額免除なんです。そんなとんでもない奨学金をいただいておきながら海外大学を捨てるのかという思いもありますね。将来海外で働きたいのか、日本で働きたいのかもまだわからない中で決めなくちゃいけないので、すごく難しいです……」
推薦入試を目指す後輩へのメッセージ
――最後に、これから推薦を受験する方々に向けてアドバイスを一つお願いいたします。
「東大の推薦合格者の中には、学術系のオリンピックですごい賞を持っている人もいますが、そういった実績はあくまでも興味を追求した副産物でしかないです。
それよりも、『高校時代にいかに自分の興味に真摯に取り組むことができたか』というのがすごく大切だと思います。」
編集後記
土田さんの言葉を通じて、「才能」よりも「好き」が原動力になり、そこから研究や受験、さらには将来への選択が切り開かれていく過程が浮かび上がってきました。東大に残るか、バークレーに飛び立つか——いずれの道を選ぶにせよ、「真摯に好きに向き合う力」が彼を支えていくことは間違いないでしょう。




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