今回取材したのは、永田耕作さん。彼は、なんと高校3年生の7月まで野球部での活動を続けながら東京大学に現役で合格した経歴を持っています。文武両道型の東大合格を果たすことができたのはどうしてだったのか?彼の受験経験について、今回は掘り下げていこうと思います。

 「僕は、正直、始めの頃は東大に行こうという気があまりなかったんです。通っていた明和高校からは東大に行く人も一桁台。近くの名古屋大学に行く人が多かったです。家族からも、地元に近いところで進学したほうがいいんじゃないかと言われてましたし、僕自身もそう思ってました。いま僕が東京にいるのは、奇跡みたいなものなんです」

 意外なことに永田さんは、もともと東大志望ではなかったと語ります。東大に行こうと決めたのは、受験の直前である高校2年生の2月でした。普通ならば「小さなころから東京大学を目指して勉強していたからこそ、積み重ねがあっての部活との両立が叶った」と思いがち。ですが、そもそもいったいどうして彼は、そのような直前期になって東大志望に移り変わったのでしょうか。

東京旅行で受けたカルチャーショック

 永田さんは愛知県の名古屋出身。もともと成績の悪くなかった彼は、大学への進学を希望していましたが、地元の大学や京都大学に行くことを考えていました。地方における地元志向はやはり根強いものです。そんな彼が東京大学に通うに至るには、ある体験が原因なのだと言います。

 「僕の家族はもともと旅行が好きでした。その影響で僕も旅をすることが好きなんです。あれはたしか、スカイツリーができた時だったと思います。家族で東京に来ることになりました。その時、本当にびっくりしたんです。『地元の名古屋もすごく栄えている都市だと思っていたのに、ここはなんて場所なんだ!』って。そこから東京が好きになりました」

 旅行好きの両親に影響されて旅好きに育った永田さんにとっても、東京の景色は衝撃でした。ビル群や人口の多さもさることながら、一番面白かったのは「山手線のそれぞれの駅の規模の大きさ」だったと言います。当時山手線で開業していた29駅のすべてが、第一線級の活躍をしているのです。こんなことは、彼がこれまでに積んできた経験の中にはありませんでした。

東京に対しての憧れ

 こうして彼は、東京へのあこがれを胸に秘めたまま、中学、高校と成長していきます。高校2年生の2月、ついに志望校を本格的に決めなくてはいけなくなったとき、脳裏に浮かんだのは「東京大学」の文字でした。

 彼はこれについて「東京という場所に憧れがあったから」と話します。それまでにも何度か一人で東京探索に来ていたという永田さんでしたが、その度に「いつかは上京して東京に住みたい」という思いは高まります。

 大学進学なんてせっかくのチャンスなのに、ここで東京行きを選ばないのは、一人暮らしが怖いだけなのでは?」という声が脳裏をよぎったと言います。そんなことは大して問題ではない。東京へ行けるチャンスがあるなら、今つかまないともったいない――そう確信した彼は、東京大学を目指すことを決めます。その東京好きの熱は、ついに自身の進路にまで影響を与えることになったのでした。

部活で土日が潰れている間に、ライバルは模試を受けていた

 しかし、そう決めたのは高校2年生の2月。それに、高校3年生の7月まで続けていたという部活動も、勉強をするうえでは枷になってしまうように思います。受験生としてはあまりにも遅すぎるスタートを切ったことに、不安はなかったのでしょうか。

 「部活動を高校3年生7月まで続けたことに不安がなかったわけではありませんでした。友達が模試を受けている土日に、自分は野球の練習をしていたわけですから」

 そこまで野球に捧げていたわけですが、決してその野球でもとてもいい結果が出せたわけではないそうです。

「自分はそもそも僕は野球が好きで続けていたんですが、スタメン入りできるほど上手かったわけではないんです。だから、同級生ほどは野球で活躍できませんでした。これが悔しくて、『だったら、もっと勉強を頑張って、勉強で活躍してやろう!』って思ったんです。そのために、毎日必ず少しの時間だけでも勉強するようにしていました」

 部活での悔しさをばねにして頑張ったという永田さん。その勉強の秘訣は、継続にあると語ります。特に英語や数学のような積み重ね型の科目については、どうやっても継続していかねば地力をつけることができません。たとえ30分だけだとしても、彼は記憶を定着させるため、毎日欠かさずに頑張り続けたのだと言います。

 「高校3年生の7月末くらいまで部活動をしていたので、引退してすぐ夏の模試があったりもして大変でしたね。でもその分、時間がないことは明確だったので、部活の時間と勉強の時間をしっかりと区切ることができたのだと思います。

 また、ずっと勉強していたらしんどかったと思いますが、自分の場合受験までの期間が短いからこそ、その短い期間に誰よりも質をあげて勉強していこうと思えました。「いかに短い期間で頑張れるか」というところでやる気が出ていましたね。」

塾にも行かなかった永田さん

 

 そして彼が他の東大受験生と違うのは、塾に行かなかったということです。彼は当時のことをこう解説してくれました。

「8月に引退してから本格的に勉強を始めたんですが、僕の場合は塾に行きませんでした。そうやっていうと、どうやって勉強していたの? と聞かれたりするんですが、僕は「参考書」で勉強していました。

 高校3年生の8月になってからは30冊くらい買ったと思います。このタイミングで参考書の買いすぎは良くないと言いますが、実際全部やり切れています。プロが書いた参考書なのだから、それを吸収しようという姿勢で取り組んでいましたね。自分のペースで、自分のやりたい時間にできるので、すごく自分に合っていたと思います」

 

 通常、塾に行かないで自習で東大に行くのはとても難しいことです。なぜ自習の質が高かったのかというと、部活動の体験がプラスだったと言えます。部活動で鍛えた「PDCAサイクルの回し方」は、勉強でも役に立ったのだと言います。

 彼の過去問分析のノートを見せてもらいました。その内容がこちらです。

 これだけ過去問に対して分析をしていたという人は東大に受かった人でも少ないです。そして、こういった分析行為が東大に合格するための糧になったのは疑いありません。練習をして、練習試合をして、反省をし、次の練習に活かす。この流れは、勉強においても全く同じことであり、そのおかげで、勉強することについても全く抵抗がなかったのだそうです。

まとめ

 部活と勉強が両立できない学生も多い中、彼は「自分が本当に後悔しない選択肢をとった方がいい」と説きます。一日のうち、空いてる時間をすべて勉強や仕事に費やすなんて人には無理です。だからこそ、本当にやりたいと思ったことを、やりたいと思った時にできるなら、それが良いのだ、と。