近年、学校の統合や再編、それに伴う校名の消滅といった話題を耳にすることが増えました。

こうした統廃合の波は、特定の過疎地域だけの現象ではありません。埼玉県、千葉県、神奈川県といった東京を囲むベッドタウンでも再編計画が進んでいます。

しかし、この変化を「単なる少子化のせい」という一言で片付けることはできません。いま起きている現象の背景には、昭和の激動期に自治体が推し進めた「郊外拡張」の歴史と、当時、急増する人口を収容するためのインフラとして作られた高校が抱える、構造的な課題が関わっているからです。

今回は、かつて日本最大級の学校増設プロジェクトが行われた神奈川県の「高校百校新設計画」から、高校と都市が迎えている転換期のリアルを紐解きます。


「15の春を泣かせるな」

時計の針を1970〜1980年代へと戻します。第2次ベビーブームで生まれた子どもたちが15歳になり、中学校を卒業する人口が急激に増えました。それに伴い、高校への進学者も非常に多くなりました。

特に神奈川は、多摩・港北・湘南などのエリアを中心に、大規模なニュータウン開発が集中。長期間にわたって現役世代の人口流入が続きました。

当時は社会全体で高学歴化が進んでいました。工業高校や商業高校は卒業後の就職には有利な反面、大学への進学では進路が限られてしまうという面が。そのため、中学生の保護者からは、大学進学の可能性が広がる「普通科」の高校を建ててほしいという強い要望が寄せられていたのです。

こうした背景から、神奈川県は1973年から、県立高校を新しく建てる「高校百校新設計画」を進めました。そして1987年、ちょうど100校の設置が完了します。

この増設計画は、「急激に増えた地域の人口と進学への強い要望に対応するために、生徒を受け入れる施設を大急ぎで用意する」という、都市インフラとしての側面が非常に強かったのです。

画像はイメージです

「スクラップ&ビルド」がもたらす新風

人口が増えていた時期に作られた施設は、人口が減少し始めると、その規模を見直さざるを得なくなります。中学校を卒業する子どもの数が減ったこと、ニュータウンの高齢化が進んだことにより、かつて大量に建てられた高校はいま、一斉に統合の季節を迎えています。

特に神奈川県は、横浜、湘南(藤沢・茅ヶ崎・平塚)、横須賀、相模原といった「いくつかの独立した中心的な都市」が各地に点在しているという特徴があります。

そのため、特定の地域だけでなく、県内のあらゆる地域で同時に統廃合が進んでいます。近年の統合の事例を見ても、対象校のほとんどが「百校新設計画」で建てられた高校であることが分かります。

【近年の神奈川県立高校の統合・再編】(括弧内の数字は設置年、マーカーが「百校新設計画」で設置された高校)

子どもの数に対して学校数が過少だった時代に、教育インフラを整備するため校数を充実させるのは当然のこと。そして、少子化に転じた現代になって校数が過多となったのであれば、これを縮小するのもまた、当たり前なのかもしれません。とはいえ、増やして減らしてと忙しくするのは負担がかかるうえに、少しばかりさみしい気持ちにもなります。

しかし、現代の高校再編は、決して後ろ向きな「削減」だけが目的ではありません。多様化する生徒のニーズや社会課題に合わせた、「教育内容のアップグレード」という側面もあります。

たとえば近年、不登校を経験した生徒や、勉強についていくのが難しくなった生徒を、少人数制で手厚く受け入れる「クリエイティブスクール」という仕組みの学校が増えています。2026年度に誕生した青葉総合高校や小田原北高校は、こうした役割を持つ学校として新しく開校しました。

また、全日制だけでなく定時制や通信制の仕組みを組み合わせ、それぞれの生活スタイルに合わせて学べる「単位制フレキシブルスクール」への転換も進んでいます。さらに、普通科と商業科を同じ学校の中に備えた新しいタイプの高校が作られるなど、今の時代に合ったこれからの学校のあり方を目指す取り組みが続いています。これは、学校過多の時代だからこそできる工夫ではないでしょうか。利用者ではなく、施設の側が利用者へ合わせる余白ができたと見ることができるのです。

画像はイメージです

統廃合は単なる「悲劇」ではない

神奈川県の「高校百校新設計画」から始まった歴史と、いま神奈川県や日本全国で進んでいる大規模な統廃合。その本質は、単に「子どもの数が減ったから学校の数を減らす」というだけの問題ではありません。

昭和の人口爆発期に、街の成長を支える「インフラ」として全域に張り巡らされた高校。それらの学校がいま、時代の変化に伴って役割を終え、令和の社会に合わせた「持続可能で、多様な生徒に対応できる新しい地域の拠点」へと生まれ変わろうとしているのです。

かつて地域の成長を支えた学校が、これから地元でどのような新しい役割を果たしていくのか。その変化を見つめることは、決して地域の衰退という悲観的な意味だけではないはずです。