みなさんは、自分が恵まれていると感じますか? 「親ガチャ」なんて言葉が流行る昨今ですが、生まれ育った環境で能力や進路が決まると考える人が増えている証左ではないでしょうか。そして、少なくとも、受験においては、環境要因が成功者の大きなバックボーンになっている。これは、「教育格差」と呼ばれ、注目を集めています。

文部科学省の『学校基本調査』によれば、令和6年度時点で大学進学率は62.3%。しかし、都市部と地方部で大きな差があるのが現状です。同じ学力、同じ学習意欲をもった学生でも、都会生まれか否かで、進学結果に大きな差が生じている可能性がある。

 実際に、2025年東京大学進学者輩出数の上位10校は、そのすべてが首都圏に校舎を構える都会の学校であり、さらに内8校は私立中高一貫校。そして、上位10校の東大進学者を合わせると858名と全体の25%程度を占めている結果に。もちろん様々なファクターはありますが、都会に生まれたほうが、様々な点で有利になるでしょう。これの最大の問題点は、都会に住んでいる限り、格差の存在に気付けない点。「何もかもが当たり前」な環境は、実は歪な傾斜の上に成り立っています。

 ですが、本当に「都会生まれは勝ち組・田舎生まれは負け組」なのでしょうか? 地方生まれのアドバンテージは存在しないのか。今回は、地方から進学してきた大学生30名にアンケートを取り、その中からいくつかの答えを抜粋して「地方出身だからこそ有利だった点」についてお伝えします!

○地方部だからこその過ごしやすさ

 「地元が田舎だったので、本当に自然豊かでした。少し歩けば、近所に大きな公園があって、勉強のストレスがたまったときには散歩しに行ったり、雪が降ってきた日にはまっさらな新雪に飛び込みに行ったり、いろいろと楽しみました」

 そう答えてくれたのは、北海道出身のKさん。ひとつひとつのエピソードからは、東京では絶対に体験できなさそうな、大自然とのふれあいの様子が伝わってきました。岩手県出身のUさんも同じような経験があるそうで、近所の大きな公園に散歩しに行っては、気を紛らわせていたそうです。

 また、愛知県出身のAさんは「娯楽が少ない」ことを利点として挙げてくれました。遊ぶところが少なく、すぐに飽きてしまうので、遊ぶ場所や遊びの幅がない。そのため、変な誘惑に心を惑わされないまま、勉強に集中できたのだとか。また、「いつかは東京に行って、都会で思いっきり遊ぼう」と野望を持ち続けたことも、受験勉強を続ける強いモチベーションになってくれたそうです。

 また、「挨拶を誰でも返してくれるアットホームな環境だった」と振り返る方もいました。よく「田舎は世界が狭い」とか「情報がすぐに伝わる」など、閉鎖的で近寄りがたい雰囲気が存在されますが、溶け込めさえすれば、有機的な相互扶助システムが息づく、これ以上もないほど過ごしやすい環境になります。この方は「受験でつらかった時も、近所の人から『おかえり』と声をかけてもらい、いろいろな人に応援されていることが実感できました」と述懐していました。

○勉強面でも有利!?

 東大や京大、早慶などの地元にない学校を志望する学生にとっては、有利かもしれない情報もありました。大体の学生は、地元の国立大学を第一志望に据えるため、東大など首都圏の大学を志望する人は少数派です。さらに、そういった大学を目指して塾に通う人も、都会よりは少ない。だからこそ、先生を独り占めしやすいのだそうです。ある方は「大学受験をする生徒が(都会に比べて)少ないので、集団授業のはずの授業が、実質個別指導になることも珍しくない」と教えてくれました。通常、集団授業よりも個別指導のほうが1時間当たりの料金は高くなる傾向にあるので、集団授業の料金で個別指導が受けられるならば、地方部の塾のほうがコスパの高い指導が受けられるといえます。

 「塾で東大志望と告げたら、自分一人に時間の大半を割いて、マンツーマンレッスンしてくれた」と振り返る方も。なんと彼女を見てくれた先生は、無償にて毎週数時間もの時間をかけて、個別で参考書の進め方や計画の立て方、進捗管理などをしてもらっていたそうです。都会の大きな塾なら当たり前の「この校舎から東大生が○人出ました!」の横断幕も、地方部では大変価値がある。それだけ現役生の東大合格者が欲されているのでしょうし、目指す人間が貴重なのです。

 奈良県山間部で生まれ育ち、アメリカの大学を受験したOさんは「奈良の田舎にいることが、逆にプラスになることがある」と教えられたそう。特に、海外大学に多い総合型選抜の形式では、たとえ同じ結果を提出したとしても、地方出身の人のほうが「設備が整っていない田舎の環境において、これだけの結果を出した」として、評価される場合があるのだそうです。これについては、ある離島から東京大学に推薦入学されたHさんも「自分は離島出身だからこの研究結果でも入学を許可されたが、仮に開成や灘のような都心部の進学校の学生が同じ結果を出していたら、どうなっていたかわからないだろう」と指摘していました。

 また、鳥取県出身のKさんは「限界集落とかシャッター商店街のような、地方の現状を扱う問題は珍しくないが、自分の地元周辺では限界集落とかシャッター商店街が珍しくなかったからこそ、全く勉強しなくても問題点などを指摘することができた」と話してくれました。都心部と地方部の格差が社会問題として提起されやすい昨今の入試においては、都会の塾に引きこもって勉強し続けるよりも、地方の市街地を襲うリアルな過疎化の波を実際に現地に行ってみるほうが、対策になるのかもしれません。

 さらに、これは特定の地域だけかもしれませんが、中学の内申点が非常に上がりやすいといったうわさも。群馬県のある中学校に通っていたSさんは、のちに塾なし・現役で東大進学を決める傑物ですが、そんな彼ですら、塾に通っていた中学の同級生に定期テストで絶対に勝てなかったのだとか。その理由は、地元に塾も学校も少なく、数少ない塾に通うのは彼の母校の学生のみだったからこそ、塾では定期テストのたびに「○○中学1学期中間テスト対策」のようなピンポイント対策講座が開かれていたからだそうです。定期テストの点数が高い水準で安定すれば、評定平均や内申点で有利になります。よい大学に進学するためには、よい高校に進学するのが一番ですから、高校受験で絶大なアドバンテージをとれると考えると、都心部の塾に通わせるよりもずっと効果の高い教育投資と言えるのではないでしょうか。

○大学に行ってからも地方出身者が有利!?

 さらに、大学に行ってからも有利な点はあります。都心と地方の設備格差や、都心部への人口流入、地方郊外部の限界集落化などが問題として取り上げられやすい社会科学系の学問では、地元の問題を取り上げることで期末レポートや卒業論文を仕上げることが可能になります。

 実際に、私は東京大学文学部所属の言語学研究室出身なのですが、愛媛から上京した私の同級生は、卒業論文において地元で使われていた方言をテーマにしていました。テーマ決めに悩む必要がないうえに、地元の方言を研究テーマにすると、祖父母やその友人などをサンプルに研究が進められるので、非常に有利になります。

 また、工学部に通う私の後輩の友人は、「地元のインフラ整備に対する問題提起と、その解決策の提案」を卒業研究のテーマにしたそうで、彼曰く「地方出身者が地元のインフラの改善案を卒業研究にすることは珍しくない」のだそう。

 都心部は研究対象にならないわけではありませんが、都心部のシステムなどは研究されつくしている場合がほとんどなので、学部レベルでは手を出しにくい。地方ローカルな分野にこそ、ブルーオーシャンが広がっています。

○まとめ

 もちろん、都心部に生まれたほうが、様々な点で有利なのは、間違いありません。どれだけ地方部を肯定しても、やはり依然として問題点は残り続けています。

 とはいえ、地方生まれが一概に悪いことでもない。生まれは自分の力では左右できない要素だからこそ、ハンデを逆手に持ち替えて、「都心の人々が持ちえない自分だけの武器」として運用する度量が求められるのかもしれません。