早稲田の新生活で気づく「スタートラインの違い」

インタビュアー: 前編では早稲田大学の社会科学部に入学するところまでお伺いしました。いよいよ東京での大学生活が始まるわけですが、最初の印象はいかがでしたか?

伊藤: 最初はワクワクして上京してきたんですよ。東京で一旗揚げるという、野望を胸に来たんですけど、入学式やオリエンテーションでだいぶ打ちのめされました。

スタートラインが違うんですよね。

インタビュアー: どう違ったんですか?

伊藤: 内部進学や付属校からの人も多いし、首都圏の名門校から何十人と一緒に入ってくる人たちがいて、最初から集団で行動してるんです。

私以外全員が友達同士みたいな感じでした。しかもそういう人たちってすごい垢抜けてるし、受験で疲労していないし、燃え尽きてもいない。

インタビュアー: 具体的にはどういう学生が目についたんでしょう?

伊藤: 高校時代からバンドやってて髪も染めてるような。こっちはずっと浪人で受験勉強だけしてて、部活も途中でやめて何もやってなかったので、ショックでした。

あのときは、国立大ならみんなスタートラインが一緒だったかもしれないけど、早稲田はそうじゃない。特に内部進学や推薦で入ってきた人たちと受験組では、大学生活へのスタートダッシュに大きな差があると感じました。

「完全に闇落ちした」仮面浪人

インタビュアー: その仮面浪人はどうなったんですか?

伊藤: 5か月くらい続けて、センター試験直前でメンタルが折れてしまいました。5か月間、マジで誰とも話さず、一人暮らしで大学にも行かなくなって、完全に闇落ちしてました。

インタビュアー: それは大変でしたね...

伊藤: でもその時間に、受験の情報にめちゃくちゃ詳しくなりました。勉強しながら1日中2ちゃんねるにいて、学歴板と受験サロンというところでスレを立ててました。

自分で質問に答えるスレ主側のポジションになって、「早稲田社学で今仮面中だけど質問ある?」みたいなことをやってました。

インタビュアー: 面白いですね(笑)。

伊藤: そうなんです。その過程で受験の情報もたくさん入ってきて、中学受験なんて自分はしたことなかったのに、全国の学校に詳しくなりました。そこで受験マニアとしての人生が本格的に始まった感じです。

インタビュアー: その後、大学生活はどうなったんですか?

伊藤: 半年間の闇落ち期間を経て自分と向き合い、「このまま仮面浪人を続けて三浪とかしたら戻ってこれなくなる」と思って、やり直す決心をしました。大学2年生から旅行系のサークルに入りました。

インタビュアー: どんなサークルですか?

伊藤: 思ったほどキラキラしたサークルではなかったんですが、私も含めて個性的な人が集まってて、過ごしやすかったですね。

自分が行くことのない海外の話もできるし、自分に合った居場所を見つけられました。1年生からここに入っていれば仮面浪人はしなかったかもしれません。

インタビュアー: 2年生、3年生の大学生活は楽しかったですか?

伊藤: おかげさまですごく楽しかったです。サークルでの活動や友人との交流を通じて、ようやく大学生活を満喫できました。そして就活も始めて、第一志望の銀行に内定をもらうことができました。

受験情報発信のきっかけは「これなら俺もできる」

インタビュアー: では「じゅそうけん」はいつ始めたんですか?

伊藤: 大学4年生の内定期間中に始めました。実は同じサークルに「公立進学校bot」という、私と同じようなことをやっていた同期がいたんです。

彼は公立高校に限定して、校舎とかを紹介するTwitterをやっていて、「これなら俺もできるんじゃないか」と思って。

インタビュアー: 面白いですね。

伊藤: そうなんです。彼も2チャンネルに似たようなスレを立てていた仲間だったんです。彼は公立高校だけにフォーカスしていたので、私は受験全体に広げて発信したらバズりました。彼より深みはないかもしれないけど、広く浅くできると思ったんです。

インタビュアー: なぜ発信活動をしようと思ったんですか?

伊藤: 当時はただ反応が欲しいという気持ちが強かったと思います。もともと孤独な期間が長くて、2ちゃんねるでスレッドがバズるとか嬉しかったんです。ネット上で影響力を持つことや、いろんな人が反応してくれることに喜びを見出していたのかもしれません。

銀行員のキャリアからの「思わぬミスマッチ」

インタビュアー: 就活はどうでしたか?

伊藤: 半年間やって内定を4つ取りました。証券や大手メガバンクなど、いろいろもらいましたが、銀行でリサーチ業務をやりたくて銀行を選びました。もともと僕はデータを分析する仕事が好きだったので、リサーチ業務があるということで銀行を志望したんです。

インタビュアー: でも今は銀行員ではないですよね?

伊藤: そこにも大きなミスマッチがありました。就活の時は人事の方が「伊藤君が輝ける場所を用意する」と言ってくれたので信じて入社したんですが、蓋を開けたら法人営業に配属されたんです。

私はずっと体育会系でもないし営業に向いてないし。さらに2020年入社だったのでコロナの影響で入社式も研修もオンラインになり、同期との横のつながりも会社の飲み会もなく、ただ仕事だけという感じで。

インタビュアー: それもまた、大変でしたね。

伊藤: 一人暮らしで、会社の寮に住んでいて、すごく孤独でした。大学1年生の時を思い出させる感じで、「このまま続けるとまた鬱になる」と思って、2年目の序盤くらいで辞めました。銀行の営業というのは普通4年くらいやらないといけないんですが、あと3年も耐えられないと思いました。

「SNS特化」の起業にいたるまで

インタビュアー: 辞めた後はどうしたんですか?

伊藤: 実は内定期間中から始めていた「じゅそうけん」のアカウントを、銀行員時代も休日に使って投稿を作り、副業でやっていたんです。会社を辞めた時点でフォロワーが1万人くらいいて、「このアカウントを使って何かできないかな」と思いました。

そこで退職してから2か月間で、日本中のビジネスをやっている人に会いに行きました。

インタビュアー: そこでどんなアドバイスをもらったんですか?

伊藤: 人生を変えるパートナーである孫辰洋さんにも会って、年齢が下とは思えない的確なアドバイスをもらいました。「会社を作った方がいい」「SNSとかオンラインでノウハウがあるなら、やった方がいい」と言われて、本当に2か月後に起業したんです。

インタビュアー: それが今の会社ですね。いつ設立したんですか?

伊藤: 2022年に会社を作りました。最初はオンラインの塾とSNS発信の2本立てでやっていたんですが、オンラインの塾は厳しいと言われていたので、去年の3月で一旦やめて、今はSNS運用に特化しています。

「受験というゲーム」の情報を届け続ける

インタビュアー: 今「じゅそうけん」が目指していることは何ですか?

伊藤: 僕は一般推薦とかを区別して考えているということはあんまりなくて、上からゲームとして「こういうゲームがある」ということを伝えていきたいというか。必要な情報を発信するというところは変わらないスタンスでやっていけたらと思います。

インタビュアー: 未来図を始めたのも同じ流れですか?

伊藤: そうですね。じゅそうけんと一貫して、必要な情報を発信するという点は変わっていません。上からゲームを俯瞰して、こういうゲームがあるということを伝えていきたいんです。受験情報の中でも、あくまで必要な情報を発信するというのがぶれないポリシーとしてあります。

インタビュアー: 今後の展望は?

伊藤: これからも受験や教育の情報を多くの人に届けていきたいですね。僕自身の経験から、情報格差をなくすことの大切さを実感しています。地方にいたり、家庭環境や学校環境で受験情報にアクセスしにくい人たちに、正しい情報を届けることで選択肢を増やしたい。特に塾に行かなくても自分で情報収集して頑張れる可能性があることを、多くの人に知ってもらいたいと思っています。

インタビュアー: 受験生や大学生へメッセージをお願いします。

伊藤: 受験はあくまで通過点です。私自身、早稲田に入ったものの最初は苦労しましたし、一度は挫折もしました。でも結果的に自分の居場所を見つけて、今があります。

だから今苦しくても、自分の好きなことや得意なことを大切に、長い目で見て進んでいってほしいですね。

それから、情報収集は本当に大事です。知らないだけで損していることがたくさんあります。周りに流されず、自分で情報を集めて、自分に合った選択をしてもらえたらと思います。受験という一つのゲームですが、その先には広い世界が広がっています。自分の可能性を信じて頑張ってください。

大学に馴染めず「来年は別の大学に行く」

インタビュアー: そこで再受験を決意されるわけですね?

伊藤: 8月くらいに「俺の居場所、ここじゃないんじゃないか、やっぱり一橋か東大なんじゃないか」と思い始めて。真似はしないでほしいんですけど、そこから受験勉強を始めました。3回目の受験挑戦ですね。

インタビュアー: 仮面浪人ですね。

伊藤: そうです。秋学期は必修の英語以外は、全部入れなかったんです。「次は別の大学に行くんだから」と思って。週に1回午前中だけの授業と、週2回の塾のバイトだけの生活でした。四単位しか取らなくて、必修だけ取ってました。愛知から上京したので、仮面浪人でかつ自宅浪人ですね。