2026年9月28日、ついに『東大理Ⅲ 合格の秘訣vol.41』が発売されます! 
今年は21人の理Ⅲ合格者に話を聞いて、その合格の軌跡を余すことなく体験記に起こしました。

また、現在『東大推薦vol.2』の制作も進んでおり、新たに20名近い方々の推薦合格体験記をお目にかける日も近づいています。
ただ、東大推薦の出願締め切りも近づいてくる中で、早く情報が欲しい方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そこで、『東大理Ⅲvol.41』の発売を記念し、これから発売日に向けて、『東大理Ⅲvol.41』と『東大推薦vol.1』に掲載された体験記の内容を、少しだけ抜粋してお見せしていきます!

「記念受験」のつもりで始まった東大推薦

 私はもともと名古屋大学の附属中学に通っていましたから、大学が身近に感じられる環境にいました。成績は良い方で、漠然と「いつかは名古屋大学に進学するのだろう」と考えていたんです。ただ、ほかの選択肢を探さないのも何か違うかなと思い、推薦入試での受験を視野に入れていろいろと探してみました。学生団体での経験など、いろいろと喋るネタはありましたし、一般受験と推薦受験は併用できるので、両方使えるならばチャレンジしても面白いじゃないか!と考えました。

 

 とはいえ、有名国公立大学の推薦入試のエントリーハードルは高く、例えば一橋大学は「英検準一級」や「数学オリンピック予選通過」など、出願要件を満たすことすらも困難でした。一方で西に目を向けると京都大学は法学部に推薦がなく、どうしようかと考えていたところ、東京大学の推薦が目に留まったんです。一橋大学ですらこれほどの条件なんですから、東大の推薦もハードルが高いのかな・・・と考えていたら、思った以上に出願要件は厳しくなく、私でも挑戦できそうでした。

「まぁ落ちても一般受験で名大に行ければいいし、記念受験がてら受けてみようか」と軽い考えで、私の東大受験は始まりました。

 

国際協力の学生団体で芽生えた「法学」への関心

 法学部志望になったきっかけは、学生時代に注力した国際協力分野の学生団体での活動でした。国際協力分野に少し携わったからこそ、学生ができることの少なさを実感したんです。当時は難民の受け入れ問題などに関心があり、裁判官など法曹に憧れがありました。そういう問題を解決するときには法律が頼りになりますから。それに、ローカルな分野で活躍するとしても、社会の仕組みやルールなどの面からアプローチしたい気持ちがありました。

 

 国際協力の学生団体に入ったのは、中学三年生の頃、設立者の先輩から誘われたからです。その先輩は入学したとき生徒会長で野球部の先輩でもありました。中高一貫校で高校受験があるわけでもなく、中学野球部を引退する中三の夏から暇を持て余すのも嫌だったので、軽い気持ちで参加しました。国際協力といっても現地で何か施設を建設するなど大規模なプロジェクトではなく、例えば、家庭で使わなくなった文房具などを市内の中高生から集めて、ブラジルやバングラデシュなどの貧困地域の小学校へ物資支援として送りました。メンバーのお父さんがブラジル駐在の経験があり、伝え聞いた現地の状況から問題意識を持ったメンバーが発案したものでした。古くなったり余ったりしているものをメンバーが在籍する中学校や高校で集めて筆箱に入れ、「文房具セット」のような形にして送ったんです。

 

 先ほど述べた通り、二つ上の先輩が立ち上げたばかりの中高生の団体で、ノウハウがあるわけでもなければ、周りに同じような活動をする団体があるわけでもなかったので、活動費用や文房具の輸送費も街頭募金やフリーマーケットの出店で集めるなど本当に手探りで進めていました。

  

 この活動を進めるうちに、学生団体間の横のつながりもできて、ある時、名古屋を中心に地域貢献を目的とする団体の方から「うちのイベントに来てみないか」と誘われたことがありました。大学生から20代の社会人が約100人集まって、地元である愛知・名古屋の未来を考えるというもので、イベントへの参加後、知人を通じて「運営やってみない?」と勧誘された私は二つ返事で「やります!」と快諾。そこからこの地域系の学生団体にも顔を出すようになったんです。もちろん2つとも学校とは全く関係がない自主的な活動でしたが、高校生の自分にも社会と接点を持って活動できるんだと思うと、自然と継続して参加することができました。当時から、高校の部活だけではなかなか取り組めない良い経験だ、という充実感があったと思います。

NPOでの活動(本人提供)

 

高3夏まで野球漬け!志望理由書はそこから書き始めた

 私は推薦入試3期生です。現在と変わらず、一次試験は書類、二次試験はグループディスカッション及び面接でしたが、グループディスカッションはどのような内容・形式なのか、面接では何を聞かれるのか、情報は少なかったです。とりあえず、一次の書類審査に通らなければなりませんが、焦って取り組んでいたわけではなく、志望理由書を書き始めたのは高3の夏休みに入ってから

  

 私が高3になった春先から大会に出場するメンバーが足りないから助っ人を、ということで7月まで野球部の練習や試合に参加していたからです。高校最後の思い出作りにもなりましたし、もともと勉強は好きではなかったこともあり、受験勉強から逃げるようにして部活に精を出していました。朝練も含め週6で練習があり、平日は19時まで練習して、土曜日も練習試合などがあって野球漬けの生活に。受験を先延ばしにしていたのは確かですが、もともと東大は記念受験のようにとらえていた節もありますから、最後に楽しい青春を送れてよかったと思います。

 

 当時の志望理由書の設問は「現代社会においてあなたが重要と考える問題について論ぜよ」「その問題について、あなたが今後どのように関わっているのか論ぜよ。さらに、その際東大法学部の勉学がどう役立つか述べよ」「その他法学部でやりたいことや卒業後の進路などを自由に述べよ」の3問がありました。

 

 まず、問1については、外国人労働者の受け入れ問題について記述しました。学生団体での経験を通じた問題意識を踏まえて記述しましたが、法学部に関連しそうな問題に寄せていった部分もあります。

 

 問2については、法学部でどのような学びが得られるか当時は具体的なイメージが分かりませんし、仮に詳細に記述しても、書類を読む教授に「それは東大法学部で学ぶことではない」と評価されうるリスクを考えれば、断定的な書き方もためらわれる。そこで「今後の社会の在り方は地域社会での共生ではないか?」とある程度ふわっと自分の理想像を示し、東大に所属する色々なバックグラウンドの人との交流の中で見識を深めたい、といった構成としました。大学や学部に対する研究や分析も大事ですし、それと自分のやりたいこと学びたいこととが、どのようにリンクするか深掘りして書く方向性もあると思いますし、一方で、どのような社会問題も濃淡はあれど、何かしら法的・政治的な論点をはらんでいます。自分のやりたいことや関心のある問題と法学・政治学とがどのように結びつくか、そういったテーマの設問なのかもしれません。

  

 最後の問いについては、法学部での勉学を生かすのであれば裁判官という職業に魅力を感じていたこともあり、そういった観点・構成でまとめた記憶があります。裁判官は、社会のあるべき姿を考え、法律という言語を用いて、判決という形で社会問題にアプローチする仕事です。公共的な人間であるべきですし、中立な立場に立ってあるべき姿や課題解決を希求できる魅力を感じ、自分の求める理想像として捉えていたのかもしれません。

 

また、志望理由書と併せて送付する実績記録としては、学生団体での活動の成果や記録を1万字程度でまとめたペーパー活動を表彰された際の新聞記事、また高校の総合学習の一環で作成した震災関連死をテーマにした小論文を準備しました。

 

情報ゼロの推薦入試、合否を分けた「対策の場」

 その後、無事に一次試験をパスしたわけですが、ここでまた困難に直面しました。二次試験の対策のノウハウなんて、全く出回っていない時代です。対策できることも少ないなと思っていたところ、某推薦塾から学校に連絡が来ました。内容は「二次試験の対策会へ招待します」という勧誘で、送付元の塾は名前こそ知っていましたが、自分自身が関わった覚えがない。いったいどこから情報が漏れたのか不可解でしたが、とはいえ対策の当てがあるわけでもないので、とりあえず参加してみました。すると、法学部のグループディスカッションで行われた課題が過去2回分そろっており、しかもそこから練られたオリジナルの対策問題も5回分用意されていたんです。

 

 この対策会は私の合格に大きく貢献してくれました。さらに、一次試験合格者が私以外にも6~7人ほど来ていて、2日間で5問分の模擬グループディスカッションを行いました。今でこそ、ディスカッションの課題は蓄積がありますし、対策塾など「経験を積む場」も増えているかもしれませんが、当時の乏しい情報源の中で、過去問とそれを基に構成された予想問題、それらを実際の受験生と模擬戦できたので、大きなアドバンテージになったように感じます。講師の方から客観的にフィードバックを受けられることもありがたかったですし。実際の二次試験会場でも、一緒に対策をした仲間と同じ組になりグループディスカッションに臨めたので、少しやりやすさも感じました。

 

 また、その塾では面接試験も対策をしてもらいました。当時、面接試験は全くデータがありませんでしたから、過去の受験者の経験を基に想定問答をシミュレートできて、これも二次試験への対策・準備に大いに役立ちしました。

 

画像はイメージです。生成AIを使用しています。

 

 試験前日の金曜日中に東京入りしておきたかったため、やむなく午後から学校を早退して新幹線で上京しました。前述の対策塾の最後の対策会兼決起会に顔を出してから、後楽園に取ったホテルでゆっくり体を休めました。試験会場の本郷キャンパスまで歩いて15分程度の位置で、徒歩で会場に迎えますから、電車の遅延や乗換えのミスのリスクもなく、宿泊場所としてはベストな選択だったように感じます。12月の冷えた朝の空気に背筋が伸びたことと、お気に入りの曲を聴きながら歩いて会場に向かうと少しリラックスできたことを今でも鮮明に覚えています。

 

 グループディスカッションの模擬練習は7人で行いましたが、実際には9人1グループで行われました。テーマは「チケット転売規制問題」で、5分で内容を把握した後、85分間ディスカッションの時間が与えられます。学生団体の活動の中では、議論のファシリテーターを務めることも多かったし、その背景からファシリテーションの講座を受講したこともあったので、ある程度進行には自信がありました。ただ、積極的に進行役や書記役に立候補する方がいたので、私はあえて立候補せず一人の参加者の立場で議論が円滑に進行するように努めました。競技ディベート経験者などもいてディスカッションは滞りなく進行しました。同じグループには推薦塾で対策をした「戦友」が3人混じっており、少し安心感もありつつ、集中して本番に臨めたように感じます。

 

 続いて行われる面接は、15分から20分くらいでした。3人の面接官がいて、真ん中の先生は穏やかな口調ながら、志望理由書について鋭い角度から質問を投げかけられたことを覚えています。2人目の先生は少しぶっきらぼうで口調こそそっけない方でしたが、それほど詰められた印象はありません。最後の先生は、志望理由書や提出書類をほとんど読んでいないのではないか?と思わされるような質問を投げられた記憶があります。やはり詰められるという感じではなく、淡々と受け答えに徹しました。

 

 真ん中の先生の質問がやはり中心で、「日本の裁判所では合議制を採用しているとありますが、最高裁の裁判官は何人で合議体を構成するかご存じでしょうか?」など一定の知識を問うものもあれば、どうしてそう考えるに至ったのかなど思考を問うものあり、中には答えに窮するものもありました。一定詰められた後に、今の自分に答えがないことを自覚させられ、「現状ではこうやって考えているが、東大で勉強しながら、様々な視点での学びを踏まえて考えていきたい」など、最後は逃げることもありました。答えを持っているか否かではなく、答えを探そうとする態度や、相手の質問に対して自分なりに思考を巡らせて最大限答えようとする姿勢が重要なのかもしれません。

 

 塾で対策した想定問答通りのやり取りもあった一方で、すっきりと答え切れない問題もあり、何とも言えない手応えで東大を去りました。当時の自分の全力は尽くせたかなと思います。

 

本人近影(本人提供)

サークル5個、バイト9個の「何でもやる」4年間

 東大に入学してからは、早期履修などはせず、授業もほどほどに課外活動に精を出しました。サークルだけで5個以上、バイトも短期も含めて9個以上を経験。「とにかく何でもやってみよう!」の精神で、興味のある仕事や活動は片っ端から手を付けてみました。高校生の頃からクロスバイクに乗って旅することが好きで、サイクリングサークルに入って日本全国を旅したことは良い経験です。そういう意味では、私はあまり「推薦生」としてのメリットを活用していたとはいえないので、推薦生らしくなかったかもしれません。ちょうどゼミに所属する大学3~4年の時期がコロナ禍に重なったこともあって、研究室に入り浸るとか、先輩や先生方と議論したり深い関係を築いたりするとか、そういったことができなくなったことも、要因としてあったと思いますね。

 

 とはいえ、私は東大に一般入試で入る気はさらさらなく、入試科目である地歴から2科目履修すらしていませんから、推薦という道で東大との縁を頂いた中で、高校までほとんど出会ったことのない優秀な方々との交流は、良くも悪くも私の価値観に大きな衝撃を与えました。そしてこれは東大と直接関係ありませんが、上京して一人暮らしを経験する機会を得られたことで、「自分のことは自分で決めて、独り立ちする」ことができました。これもまた、私の価値判断を確立したことの一つですね。

 

 卒業して現在は、在学中に全く考えていなかった国家公務員、いわゆる官僚として働いています。司法試験に対するハードルや、ロースクール進学への金銭的な壁を感じたのですが、その頃には民間就活の波に乗り遅れた感もあり、国家公務員試験を受験する形になりました。最初はあまり乗り気ではなかった公務員就活でしたが、色々と話を聞いてみると、面白い仕事もありそうだなと分かって、官庁訪問の末、無事希望した省庁に採用されました。今は忙しいながらも楽しく仕事ができていますし、社会の仕組みやルールに直接関わる業務は刺激的かつ自分の興味に合っているようで、プライベートも含めて充実した生活ができています。あまり学生時代の思い込みや先入観などに囚われず、色々なフィールドで活躍する方の話も聞いて、広く活躍の場を探してみることが大事かもしれませんね。

 

『東大理Ⅲ 合格の秘訣vol.41』は9月28日(月)発売!

東大理Ⅲ合格者は、いつから・何を・どれくらい勉強してきたのか。

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