「東大だけの問題」ではなく、日本社会の空気の問題?
みなさんは、東大女子が異常に少ないことを知っていますか。
東京大学は、日本の最高学府と呼ばれる大学です。ところが、その学部学生に占める女子比率は約21%にとどまっています。つまり、学部生の5人に1人ほどしか女子がいないということです。これは、世界のトップ大学と比べるとかなり低い数字です。オックスフォード大学では学部学生の女性比率が52.2%、ハーバード大学でも学部学生の女性比率は約52.9%です。海外では、トップ大学で女性が半数前後を占めることは、もはや特別なことではありません。
しかも、この少なさは東大だけを見ても浮き彫りになります。日本の主要大学を見ても、京都大学は女子比率がおおむね25%前後、大阪大学は約35%とされ、東大の低さはやはり目立ちます。もちろん、大学ごとに学部構成も違えば、理系比率も違いますから単純比較はできません。ただ、それを差し引いても、「日本で最も象徴的な大学に女性が極端に少ない」という事実は重いと思います。
では、なぜこんなことが起きるのでしょうか。これは「東大が女性に人気がない」という単純な話ではなく、日本社会の中で、女子が東大を目指しにくい空気がつくられていることの表れだと考えるべきだと思います。これについて、本記事では論考していきます。
問題は「学力」ではなく、「目指していいと思えるかどうか」
まず前提として、東大女子が少ない理由を、女子の学力や適性の問題だと考えるのは早計でしょう。むしろ問題なのは、そのずっと手前です。つまり、女子が“そこを目指していい”と自然に思える環境があるかどうかです。
#YourChoiceProjectの調査では、地方女子は大学選びの際に、「偏差値の高さ」よりも「合格可能性の高さ」を重視する割合が50.8%にのぼっています。これは首都圏男子の24.9%、首都圏女子の33.6%、地方男子の38.5%よりも高い数字です。さらに、地方女子は「実家に近いこと」を重視しやすく、その傾向は保護者の期待の影響を受けていることも示されています。つまり、東大に届く学力があるかどうか以前に、「そこまで高いところを目指さなくていい」「確実に受かるところでいい」「家から通える範囲でいい」と考える方向へ、女子の進路が早い段階から傾きやすいのです。
ここで怖いのは、その抑制が、必ずしも露骨な形で起こるわけではないことです。
「東大なんて行くな」とはっきり言われるわけではない。でも、「無理しなくていいよ」「女の子なんだから安全な道でいいよ」「家から通える大学のほうが安心だよ」という言葉や空気の積み重ねが、結果として女子の進路の上限を決めていく。僕は、東大女子の少なさの本質はここにあると思っています。
地方では、その傾向がもっと強く出る
しかも、この問題は地方に行くほど顕著です。地方女子が難関大学を目指しにくい背景として、「一人暮らしはさせられない」「東京は怖い場所だから行ってはだめ」といった保護者の意識や、「女の子だから」「女の子はこうあるべき」といったジェンダーステレオタイプの存在がよく指摘されます。本人が自分の意思で「東大は無理」と言っているように見えても、その“自己判断”の中には、家庭や地域の価値観がかなり深く入り込んでいると言えるでしょう。
実力がないから目指さないのではなく、実力があっても「自分はそこに行ける側の人間ではない」と思いやすいということです。これはかなり深刻な問題です。能力の差ではなく、期待され方の差、育てられ方の差が、進路の差として表れているからです。
九州の先生が教えてくれた、「東大に行けたはずの女子」の話
例えば、こんな話があります。九州の進学校でよくある話なのですが、「九州大学には、本気を出せば東大に入れた女子がかなりいる」という噂があります。
そのメカニズムはこういうことだそうです。九州の進学校には、高1の時点で学年トップに立つような女子生徒が毎年いる。東大合格者も毎年出る学校であるため、学年トップということは、先生から見れば、「東大を目指してもおかしくない」と思えます。でも、そういう生徒に先生が「東大を目指さない?」と声をかけると、「いや、東大はちょっと」と返ってくるのだとか。
その理由を聞いてみると、「親が家から通える大学にしてほしいと言っている」とか、「父が、女性はそこまで学歴がなくてもいいんじゃないかと言っている」とか、そういう話が出てくる。本人も強く反発するわけではなく、「じゃあ九州大学にしておこうかな」という感じで志望校を決めていくのだそうです。
そして、ここからが面白いのですが、東大を目指さないと決めた瞬間に、その子は「じゃあここまで成績を追わなくていいか」となって、努力の天井を決めるのだそうです。部活に時間を回したり、勉強量を少し調整したりして、学年1位ではなく、3位くらいに落ち着いていく。そして、そのまま九州大学に受かっていく。
もちろん、九州大学は素晴らしい大学ですし、そこを目指すことが悪いわけではありません。けれど、偏差値上の話ではありつつも、もし本当はもっと高い目標に挑戦できたのに、最初からその可能性を閉じてしまっているのだとしたら、やはりそこには大きな問題があると思います。
九州という地域は、その構造が見えやすい
これは九州だけの話ではないと思います。ただ、九州ではその傾向が比較的見えやすいのかもしれません。
Studyplusトレンド研究所の「進路と地域に関するアンケート」では、高校生が認識している保護者の意向として、「地元を希望している」割合が高い地域は、北海道、近畿、九州、中国の順でした。一方で、関東は「特に意向はない」が最も多い地域でした。つまり、九州では進学先を考えるときに、保護者の「できれば地元で」「遠くには出したくない」という空気を感じやすい。そうした地域性が、女子の進路選択にはより強く作用している可能性があります。
さらに、地方では経済状況も進路選択に強く影響します。Studyplusトレンド研究所の別の分析では、「家庭の経済状況は進学の選択に影響していますか」という問いに対し、北海道、九州、東北でスコアが高く出ていました。大学が近くに少ない地域では、県外進学がそのまま生活費や下宿代の問題になる。そうなると、「行きたい大学」よりも「通える大学」「家計が耐えられる大学」が優先されやすい。そこにジェンダーの問題が重なると、女子はなおさら遠くの難関大を目指しにくくなります。
「もったいない」で済ませてはいけない
ここで難しいのは、この話をするとすぐに「それは都会の価値観の押し付けではないか」と言われうることです。
たしかに、地元の大学に進学すること自体は悪いことではありません。九州大学も、地方国立大学も、本当に素晴らしい大学です。家から通える範囲で学ぶことにも意味がありますし、それを選ぶ人を頭ごなしに否定するのは良くないことです。
しかし「最初から目指さないようになっている」状態は問題だと思います。東大に行く力がないから諦めるのではなく、東大に行けるかもしれないのに、「女の子だから」「家から通える範囲で」「そこまでしなくていい」と言われ、本人もその空気を自然に受け入れてしまう。
その結果として進路の上限が決まっていく。これは、個人の好みの問題ではなく、社会の構造の問題です。
しかも、その構造は、本人の努力ではどうにもならない部分を多く含んでいます。周囲に東大を目指す女子のロールモデルがいない。親が高い目標を期待していない。遠方進学に対して過度な不安がある。浪人を許容する空気がない。そうしたものが積み重なったうえで、「本人が選んだんだから」で片づけてしまうのは、やはり少し乱暴だと言えるのではないでしょうか。
東大女子が少ないのは、日本全体の意識の問題だ
結局のところ、東大女子が少ないのは、東大だけの問題ではありません。女子が高い目標を持つことに、どこかでブレーキがかかること。女子が遠くへ出ていくことに、無意識の抵抗があること。女子に対して「そこまでやらなくてもいい」と言いやすいこと。そうした日本全体の意識が、東大の女子比率2割という数字につながっているのだと思います。
だから、東大女子を増やすために必要なのは、東大が広報を頑張ることだけではありません。社会の変革が求められていると言えます。女子が高い目標を持つことを「すごいね」と言うだけではなく、「それは自然なことだよね」と思える社会になること。そこまでいって初めて、東大女子の少なさは変わっていくのだと思います。




.png&w=3840&q=75)

.png&w=3840&q=75)
.png&w=3840&q=75)






.png&w=828&q=75)
.png&w=828&q=75)
