2020年4月、新型コロナウイルスの影響で航空業界が未曾有の危機に直面する中、桜美林大学は航空・マネジメント学群(現:航空学群)を新設した。「お客様が蒸発した」と表現されるほどの航空業界には逆風が吹く中でのスタートだったが、現在では卒業生のほぼ100%が航空業界への就職を果たしている。
日本で唯一、航空業界の全領域を網羅する教育を行う同学群の特色ある取り組みを、多摩キャンパスで桜美林大学航空学群長の石川秀和教授に伺った。
航空業界の「縦糸と横糸」を紡ぐ教育理念
「横糸を紡ぐ」。これが桜美林大学航空学群を理解するときの1つのキーワードだ。石川秀和学群長は、この言葉に込めた思いをこう説明する。
「航空業界では、パイロット、管制官、整備管理、空港運営など、様々な職種の人たちが連携して初めて安全運航が実現します。私たちは、この業界全体の『横のつながり』を理解した人材を育てたいと考えています」
同学群では、フライトオペレーション、航空管制、航空機管理、空港管理の4つのコースを設置。日本の大学では唯一、航空業界のあらゆる分野を網羅する教育を行っている。入学定員は140名で、内訳はフライトオペレーションコース約40名、その他3コース約100名だ。
「4つのコースで学んだ学生たちが航空業界で働くことで、業界全体の『縦糸』も強化されると考えています。同じ大学で学んだ仲間が、パイロット、管制官、整備管理、空港運営とそれぞれの立場で活躍することで、より強固なネットワークが生まれるのです」と石川教授は語る。
実はこの4コース制は、2020年の改組で実現したもの。それ以前、多摩キャンパスではパイロット養成のみを行っていた。「パイロット養成だけでは寂しい。航空業界の需要に幅広く応えられる人材を育成しようという考えで、4コース制に生まれ変わりました」
4つのコースで航空業界を網羅する
全寮制でプロパイロットを育成
最も注目を集めるのが、エアラインパイロットを目指すフライトオペレーションコースだ。1学年の定員約40名、全寮制という特別な環境で学ぶ。
「2年生からは制服を着用します。学生により『ピリッとした』意識を持ってもらうためです」
このコースの特徴は、定員に満たなくても無理に埋めないことだ。「40人という定員はありますが、上から順に見ていって、適性のある学生だけを受け入れています。安全を預かるパイロットですから、妥協はできません」
実はパイロット並みの狭き門…管制官への挑戦もサポート
航空管制官を目指す学生のためのコース、航空管制コースも存在する。管制官になるには国土交通省航空保安大学校への進学が必須だが、これは非常に狭き門。
「保安大学校の定員は40名ですが、全国から志願者が集まります。そのため入学1年目のアンケートでは40人のほとんど全員が管制官になることを希望しますが、最終的に本気で目指すのは10人程度。それほど厳しい競争なのです」
保安大学校は大学卒業後に1年から1年半かけて通う機関だ。「羽田空港での事故を受けて、定員は増加傾向にあります。それでも非常に狭き門です。
この門を突破できず、管制官になれなかった学生も、多くは航空業界の他の職種に進みます。管制の知識は、航空業界のどの分野でも役立ちますから」
実務家教員9割という贅沢な教育環境
同学群の最大の特色は、教員の9割が実務家教員、つまり航空業界での実務経験を持つ教員であることだ。
「フライトオペレーションコースでは、正規教員6名のうち5名がJALの元キャプテンです。さらに客員教員4名のうち2名が現役のJAL機長なんです」
「今朝まで国際線を飛んできて、そのまま授業をしてくれるといったこともあります。学生たちにとって、目標となる先生方が間近で教えてくれるのは、他では得られない貴重な体験です」
航空管制コースでは、株式会社レイメイから講師が派遣されている。「レイメイは管制官のOBが多く在籍する企業です。つまり、管制の現場を知り尽くした人たちが教えています」
遊べる時間は週末の夜のみ
同学群の教育は「定食メニュー」と表現されるほど、履修の自由度が低い。
「普通の大学生のように、自分で何を学ぼうか選んで履修するということはほとんどありません。エビフライかトンカツか、またはデザートが変わる程度です」と石川教授は苦笑いする。
これには明確な理由がある。「航空業界で求められる能力から逆算して、1年生ではこれを学ぶ、2年生ではこれを学ぶと積み上げていく必要があるのです。やることがいっぱいあるので、自由度は低くなります」
文部科学省の規定では、1単位あたり45時間(授業15時間、自習30時間)の学習時間が必要だ。「これを計算すると、1学期に取得できる単位は20から22単位が上限です。それ以上やると寝る時間がなくなってしまいますから」
それでも、学生たちは月曜から金曜まで、1限から4限まで授業がびっしり詰まっている。
「その授業にはしっかりした復習・予習が必要であり授業以外の時間も大切な勉強の時間です。また、単位を落としたり、低評価であると米国訓練に進めません。
従って、いわゆる全休、つまり丸一日休みの日はありません。1年生、2年生の間は特にそうです」
全寮制で鍛える自律性とプロ意識
フライトオペレーションコースの学生は全寮制で、さらに厳しい規律の下で学ぶ。
門限は午後11時。寮内でのアルコールは厳禁だ。
「アルコール禁止は、アメリカでの訓練施設でも同様です。アメリカでは21歳未満の飲酒は違法ですし、パイロット訓練生という立場を考えると当然の規律です」
この厳しい環境のため、ドロップアウト率は約15%に上るという。「フライトトレーニングに入る前で約1割、入ってから約1割。年によって違いますが、だいたい1割半程度の学生が途中で断念します」
ただし、石川教授は「ドロップアウト」という言葉を好まない。「適性がないのか、能力がないのか。私はそうではなく、この仕事が自分に合っているかどうかの問題だと思っています」
パイロットという職業は、特殊な適性を要求する。「毎日毎日の勉強と訓練の中で、どうしてもパイロットとして人格形成がされていく部分があります。自立している、自分をコントロールできる、そういう人でないと続けられません」
実際、途中でコースを離れる学生の中には、「もっと遊びたい」「俺の青春を返せ」と言う者もいるという。「でも、何か一つのことを極めようとしたら、その時に犠牲になるものはあるんです。それを受け入れられるかどうかです」
残った学生たちは確実に成長する。「私立大の出身は『お坊ちゃま、お嬢様が多い』と航空会社からは言われます。確かに学費を考えると、ある程度経済的に余裕のあるご家庭でないと難しい。でもその対価として、4年間で大きく成長して卒業して送り出しています」
「最初は大人しそうだった女子学生も、4年間でタフになって卒業していく。それは体育会系的な厳しさではなく、プロフェッショナルとしての自覚と責任感を身につけるということなんです」
天気図を読み、100回の着陸練習
そんな成長が期待できる、パイロット養成の実際は、一般的なイメージをはるかに超える厳しさだ。
「毎日のフライト前には、天気図の解析から始まります。地上の天気図、高層の天気図、24時間ごとの数値解析データを見て、明日はどうなるかを自分で判断する。これは現役のエアラインパイロットも同じことをやっています」
石川教授は続ける。「エアラインパイロットは、フライトの1時間前に出社したら、まず気象ブリーフィングから始まります。オペレーションカウンターにはコンピューターディスプレイが並んでいて、そこに最新の気象情報が表示されるんです」
学生も、2年生の後期から少しずつこうした準備を学び、アメリカでの実地訓練で実践する。「最初はできませんが、飛んでみて、先生に教えてもらって、少しずつできるようになります」
訓練の実際
単独飛行ができるようになるまでに2カ月以上かかる。アメリカでの訓練期間は、早い学生で1年、時間のかかる学生では1年3カ月に及ぶ。
「訓練は1日1レッスンで、1レッスンが1時間半程度です。初めのうちは、離陸してすぐそばの訓練空域を四角に回ってタッチアンドゴーを繰り返します。5分に1回程度できるので、1日10回から15回着陸練習ができます」
しかし、毎日フライトではない。「1週間に3〜4回のフライトです。ただし、その1回のフライトの準備に3〜4時間かかります。前の復習、次の予習、そして気象の確認。休む暇はありません」
アメリカでの訓練中の休日は、クリスマス、感謝祭、イースターの3回程度しかない。「それ以外は全てフライトが入っています」
航空業界を目指す高校生へ
最後に、石川教授から高校生へのメッセージを聞いた。
「私たちの目的は、単にパイロットや管制官を育成することではありません。航空業界全体を理解し、安全意識を持った人材を育てることで、日本の航空業界全体のレベルアップに貢献したいと考えています」
日本のパイロット養成には、伝統的に3つのルートがあった。航空会社の自社養成、航空大学校、そして自衛隊からの転身だ。「それに加えて、私立大学での養成という第4のルートができた。これは2030年問題、つまりパイロット不足への対応という社会的要請から生まれたものです」
「この学部に来るなら、明確な目標と覚悟を持ってきてほしい。『華やかそう』というイメージだけでは続きません。航空業界は、地道な努力の積み重ねで成り立っているんです」
厳しい言葉だが、その先には希望もある。「ただし、しっかりした目標を持ち、その目標が簡単には手に入らないという覚悟を持った学生であれば、私たちは全力でサポートします。4年間で見違えるほど成長できる環境がここにはあります」
18歳から23歳という人生で最も成長する時期を、専門教育だけでなく人間教育にも注ぐ。「技術だけを学ぶなら専門学校でもいい。でも、人間の幅、教養、人間力を身につけるなら、大学での学びが最適です」
取材の最後、石川教授はこう締めくくった。
「私たちの卒業生が、20年後、30年後に航空業界の中核を担うようになった時、きっと桜美林で学んだ『横糸』の精神が生きてくると信じています。それが、この学群の最大の価値なんです」
空の安全を支えるプロフェッショナルを育てる「定食メニュー」の教育。その成果は、これから空を飛ぶ卒業生たちが、そして彼らが創る未来の航空業界が証明していくことになる。

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