佐賀大学に誕生する「コスメティックサイエンス学環」──化粧品を科学する新しい学びの場

佐賀といえば、有明海の恵みや豊かな農産物で知られています。実はその土地が、世界の化粧品産業において大きな可能性を秘めていることをご存じでしょうか。2026年、佐賀大学に新しく誕生する「コスメティックサイエンス学環」は、まさにそのポテンシャルを形にしようとしています。

今回は、コスメティックサイエンス学環の設立に関わる二人のキーパーソン──教授の徳留嘉寛先生(元大手化粧品会社勤務、博士)と、副学長であり2026年から学環長に就任予定の鯉川雅之先生にお話を伺いました。

佐賀が「アジアのコスメティックバレー」になり得る理由

インタビュアー「まず、なぜ佐賀大学で“コスメティックサイエンス学環”なのでしょうか?」

鯉川先生「実は佐賀県は、あまり知られていませんが化粧品の原材料が非常に豊富なんです。特に佐賀県唐津市は、フランスにある『コスメティックバレー』に次ぐポテンシャルを持っていると評価されています。」

インタビュアー「そうなんですか、原材料というのは例えばどのようなものですか?」

徳留先生「佐賀県産の天然素材は本当に多様です。白石では海産物がとれ、薬草園では農作物や薬草を育てています。実は佐賀県は野菜の生産額が全国2位を誇り、植物資源も豊富。自給自足できるほどの自然原料がそろっているんですよ」

インタビュアー「なるほど!」

徳留先生「そこから発展して、化粧品産業の会社も数多く存在しています。都会の人から見れば佐賀県=田舎、というイメージがあるかもしれませんが、佐賀県は『アジアのコスメティックバレー』としてのポテンシャルがあるんです。」

世界の化粧品産業に挑む

インタビュアー「韓国やフランスといった国々の化粧品産業は非常に勢いがあります。日本は戦えるのでしょうか?」

徳留先生「日本の化粧品産業の技術力は非常に高く、世界的にも評価されています。ただ、確かに昨今、韓国やフランスのような国の技術力も高くなってきています。だからこそ、今回の『新学環』です。その中で国や県、そして大学が一丸となって化粧品産業を推進することは、実は非常に大きな意味があります。国立大学に新しく“化粧品の学環”をつくると明言しているのは前例がほとんどなく、これは世界的に見ても注目に値すると考えています」

学環とは?──令和の時代に誕生した新しい学びの形

インタビュアー「ところで、“学環”とはどういうものなのでしょうか?」

鯉川先生「これは、令和元年に文部科学省が大学設置基準を改正して生まれた仕組みです。従来ならこの規模の学部を新設する場合には、20人以上の教員を集め、建物やカリキュラムをゼロからつくり、実験装置等の設備も含めて何十億円も投資して数年がかりで進める必要がありました。ところが“学環”では、既存の学内資源を活用し、教員や予算を集約して、新たな教育課程を迅速に編成できるという仕組みです」

インタビュアー「なるほど。いろんな学部の知識を結集して作るもの、というイメージですが」

徳留先生「その認識で問題ないです。特に佐賀大学には化学・農学・医学の各分野がすでにそろっており、それぞれの知見を統合できるのは大きな強みです。たとえば理工学部らは化粧品の原材料である化学を学び、医学部からは皮膚科学を学び、農学部からは生物学を──といった形で、幅広い視点から“化粧品”を捉えられるんです」

↑HPより抜粋

インタビュアー「そう考えると、佐賀大学でしか考えられない学びのスタイルだったと言っても過言ではないんですね」

薬学部とはどう違うの?

インタビュアー「ちょっと突っ込んだことを聞かせていただくのですが、今までコスメ業界の人というのは薬学部の人が多かったと聞いています 。今回新しく作られる『コスメティックサイエンス学環』と『薬学部』は、どう違うのでしょうか?」

鯉川先生「そうですね。薬学部は基本的に“医薬品”を中心に据えた教育ですが、この学環はもっと汎用的な視点から、化学物質がどのような性質を持ち、人体にどのように作用するのかを、理工学部と農学部を中心として、医学部等とも連携しながら幅広い視点で学びます」

徳留先生「自分も大学は薬学部なんですが、薬学部はどうしても、薬や放射線などに話題が限定されがちだと感じます。この学環は、“薬学よりも狭く深く、理工学部よりも浅く広く” をイメージしてもらうと分かりやすいですかね。特に医学部の先生に協力いただいて“皮膚科学”まで学べるのは非常に珍しいことなんですよ」

求める学生像──「なぜ?」を深掘りできる人へ

インタビュアー「2026年度から新しく生徒が入ってくることになるわけですが、具体的に、お二人はどんな学生に来てほしいと考えていますか?」

徳留先生「“お化粧が好き”という気持ちを持っている人がまずは興味を持つことになる学環だとは思うのですが、本質はそこではないと考えています。」

インタビュアー「というと?」

徳留先生「今回、新学部を創設するにあたり、『化粧品化学学環』ではなく、『コスメティックサイエンス学環』という名称にしていることに、実は大きな意義があると私は考えています。つまり、『お化粧』に限ったものではなく、化学物質が人体にどのような影響を与えるかを調べる学環にしていくというのがコンセプトなんです。ですから、ただお化粧が好き、というのではなく、『なぜシミは消えるのか?』『ヒアルロン酸の構造式はどうなっているのか?』と、化学物質が細胞にどう作用するのかを探究できる人を求めています」

インタビュアー「学問としてコスメを化学的に分析していくということですね」

徳留先生「例えば、発色が良くなるコスメを使っているときに、『なんで発色が良くなるのか?そもそも光ってどういうものなのか?』ということを考えて欲しいんですよね。『紫外線吸収剤』というのもあるけど、なんでこれに効果があるんだろう?と考えて、その裏面に書いてある成分表を見て、『これってどんな化学物質なんだろう?』というのを考えてもらいたい。それこそが、コスメティクサイエンスなんです。ですから、ただ好きなだけではなく、『なぜなんだろう?』を深掘りできる人であって欲しいと思います。そしてそういう存在が、これからの化粧品産業を支える存在になると思います」

卒業後のキャリア──化粧品業界に限らない広がり

インタビュアー「この学環を卒業した人たちは、将来はやはり化粧品メーカーへの就職が中心になるのでしょうか?」

徳留先生「もちろん化粧品業界からの注目は非常に高いです。『この学環の卒業生なら、即戦力になるはずだ!』と強い期待を寄せてくれる企業もあれば、『どんな卒業生が輩出されるか、お手並み拝見だな』と、様子を見ている企業もある……かもしれません笑。ただ、“そんな学環はあっても意味がない”と考える人はいません。それだけ期待されている証拠です。ただ、進路は化粧品メーカーだけではありません。コスメを学ぶことで、化学物質が人体にどんな影響を与えるのかを体系的に理解できるようになりますから。」

インタビュアー「具体的にはどんなところでしょうかね?」

鯉川先生「かなり幅広いと思いますよ。広義の意味であれば、食料品や塗料などの日用品・化学素材を扱う企業ならどこでも求められる力を培うことができると思います。薬学部や理工学部では十分に扱わない領域の学びができると思います。化粧品を出発点に、もっと広い産業に進んでいける学びになっていくと考えています。」

最後に──未来の学生たちへ

インタビュアー「最後に、学環を志す学生たちにメッセージをお願いします」

徳留先生「化粧品は人の気持ちを変え、幸せな人をさらに幸せにできるアイテムです。学問としてそれを追究したいという人と一緒に学んでいきたいですね」

鯉川先生「単に“おしゃれ”という視点ではなく、科学的に化粧品を探究したい人に来てほしいです。ここから日本、そして世界の化粧品産業を支える人材を輩出していきたいと考えています」

 佐賀大学「コスメティックサイエンス学環」は、自然豊かな佐賀の地から世界に挑む、新しい学びの拠点になろうとしています。ここでの4年間は、“化粧品を科学する”という知的探究の旅となり、学生たちにとってかけがえのない人生の土台となるに違いありません。