日本には、思わず「そんな学校があるのか」と驚くようなユニークな学校が数多く存在する。そんな「オモシロイ学校」を巡り、その個性を探るのが筆者の趣味だ。

今回訪れたのは自修館中等教育学校。神奈川県伊勢原市にある私立校で、今年で創立28年になる。自修館の特徴は「EQ教育」だ。

EQとは、「こころの知能指数」のこと。自修館の学校案内ではEQを次のように定義している。

「目標に熱意を持って進める力、相手の状況を読みとり人を束ねる力、仕事においては『やる気を生み出す原動力』ともいえる指数です。」

自修館はこのEQを、「AIに代替されない人材に必要な能力」と考えている。AIの発展でより複雑になる社会。求められるようになるのは「頭の良さ(IQ)」ではなく、他者への共感や理解、説得や交渉といった「感情と向き合う力(EQ)」だというのだ。

今回は、その真髄に迫るため、入試広報室長を担当されている岩城摩理亜先生にお話を伺った。


ゼロから設計された、6年一体の教育

自修館の構想が始まったのは約30年前。きっかけは、同法人の向上高等学校の校長による「早い段階から子どもたちに関わり、6年かけてじっくり育てたい」という問題意識だった。

神奈川県内で最初期の中等教育学校として、自修館は開校した。中等教育学校は、前期課程(中学段階)と後期課程(高校段階)を一つの学校として運営する。中高の区切りに縛られないため、6年間の柔軟なカリキュラムを組み立てやすい。

「本校には、実は定期テストがありません」

早速の、先生からの衝撃的な発言だ。定期テストを廃止した大きな理由の一つは、「時間の再配分」だった。従来、試験期間や答案返却、成績処理に費やされていた膨大な時間を、授業や別の活動に割くのである。

こうして生まれた時間を使って、自修館は「探究」「グローバル」「EQ」を三つの柱に独自の教育を実践している。

学校案内パンフレットより

AI時代にこそ必要な「心の知性(EQ)」とは

探究やグローバル教育を前面に打ち出す学校は現在少なくない。「新しい教育」を標榜して注目されている学校が、主に力を入れているのはこの2つの要素だろう。しかし厳しい言い方をすれば、多くの学校の実践はこの2つに留まっている。

自修館の真骨頂は、それらを支える土台として「EQ(心の知性)」を教育の根幹に据えている点にある。

「EQ教育は創立以来ずっと大切にしてきた柱です」と先生は語る。

自修館が重視するのは、対人関係の能力を「自然に身につくもの」として放置しないことだ。これらは学校で言語化し、体系的に学ぶべき力であるという。

その思想は教員側にも共有されている。岩城先生自身も着任時にEQに関する書籍を課題図書として読み、レポート提出を求められたという。教員は皆EQ教育を理解することが前提になっている。

「セルフサイエンス(SS)」という授業では、1年生で自己理解、2年生で他者理解、3年生で合意形成や協働のあり方を学び、4・5年生でそれを行事や部活動の実践へと移していく。

さらに、年4回実施される「クロスEQ診断」によって自己の変化を可視化する。診断は1年に4回、6年間で24回の結果が蓄積される。その時々の心理状態を振り返り、自分の変化に気づくのだ。先生は次のように語る。

「社会の中で1人で生きている人はいません。必ず誰かしらと関わる。EQが低いと、せっかくの能力が宝の持ち腐れになってしまう。」

このEQ教育が、「探究」「グローバル教育」両方の土台になっているのだという。どのようにEQが関わっているのか、さらに尋ねた。


調べるだけで終わらない。成果を「社会」へ還元する探究

全国的に探究学習が重視される遥か前の創立当初から、自修館は「探究」をカリキュラムの中心に据えてきた。一般的な学校では総合的な学習の時間は週1時間であるなか、自修館では2倍の週2時間設けられている。

探究の話の中で先生が繰り返し使った言葉が、「社会とのつながり」だった。

「調べて、まとめるだけの探究ではありません。私たちの目指すところは、社会との接続と還元です」

成果を校内に留めない。1年生の伊勢原市、2年生の神奈川県を題材とした探究では、自治体や地域企業への取材・インタビューが必須だ。ここで目指されているのは、「自ら社会へ働きかける経験」そのもの。発表の際にも、外部の企業や団体から招かれてプレゼンを行うこともある。

ただ「頭の良さ(IQ)」を鍛えるのではいけない。他者への共感から社会の問題を見つけ、関係者と交渉し、説得する。この際に役立つのが「感情と向き合う力」を育てるEQ教育である。そして、このように学校外の人や組織と関わる経験をするうちに、EQはさらに鍛えられる。自修館では「EQ教育」と「探究」が相互に、効果的に作用しあっているのである。

自修館が見据えるのは「探究」と「EQ」の相互作用のさらに先だ。先生は「探究」を生徒の成長の入口として捉えていた。

「入学時から何か目的を持っている子はそう多くありません。でも夢中になるものに出会えて、そこにハマっていけたら、彼らは必然的に大きく成長する。そうなるきっかけをたくさん用意したいし、サポートできる学校でありたい。」

それを表すように、探究成果は『MUCHU ZINE』と題したデジタル冊子としてまとめられ、ホームページで公開されている。EQと探究の相互作用を通じて興味を深め、6年間で生徒が「夢中になれる対象」と出会い、それを深めることが目指されているのだ。


「グローバル=海外」ではない。自国を知ることから始まる世界への視野

自修館では「グローバル」というテーマさえも、「EQ」「探究」の2つの延長線上に設計されている。ただ海外に行くだけではないのだ。

「探究を深めて社会問題にアクセスしていくと、日本国内だけで完結するテーマは一つもありません。世界的な視野を持たなければ、生徒はいずれ壁にぶつかってしまいます」

自修館のグローバル教育は、語学力の向上が目的ではない。探究を通じて社会に向き合った結果、その視野を世界へ広げる必要が生まれたという順序である。

「自国をきちんと認識していなければ、海外との違いにも気づけない」という考え方のもと、まずは国内プログラムを重視する。

2年生で行う地域に根ざした「大山宿坊フィールドワーク」や、3年生での「沖縄フィールドワーク」。これらは単なる校外学習ではなく、「自分たちが属する社会が、世界の中でどう位置づけられるのか」を考える土台となっている。

「海外プログラムに行く子は、単純に英語を鍛えに行くというよりは、『価値観の違いを学びたい』『自分の探究テーマを海外で深めたい』という動機で手を挙げる子が多いですね」

これは学校生活にも溶け込んでいる。外国人教員が常駐する「グローバルラウンジ」での交流や、英語で実施されるホームルームなど、特別な行事ではなく日常の延長として異文化と接する環境が整えられている。

グローバルラウンジ

自分とは異なる価値観を理解し、社会との接点を広げること。EQで重視されている「自己理解」「他者理解」「共感」「調整」といった要素とも繋がってくる。EQと探究で深めた問題意識を世界に広げていく。自修館の「グローバル教育」はその一つの理念の下で実践されている。


EQ教育の先にある「ブレない進路選択」とは

自修館の教育は、最終的にどう生徒の進路へと結びつくのか。「EQ教育」や「探究」を通じて何度も何度も自己分析を繰り返すことで、生徒は自分が何に向いていて、何をやりたいのかを自然と言語化できるようになるという。先生は話す。

「文理選択や進学先選びも自身の関心と直結したブレないものになりますね」

自己理解は、近年拡大する総合型選抜や学校推薦型選抜でも強力な武器になる。「それを狙って始めたわけではないが、結果として生徒の武器になっている」と先生は言う。

象徴的なのが、2026年、学校推薦型選抜で東京大学経済学部に合格した女子生徒の事例だ。彼女は校内のフェアトレード活動を引き継いだのを機に、探究の視野を国際課題へと広げ、留学やグローバルユース国連大使の活動へと飛び込んでいった。

この生徒の事例からも、「EQ教育」の上に立つ「探究」「グローバル」の効果が鮮やかなまでに浮かび上がってくる。先生は分析する。

「フェアトレードのような、各国の人と人とが関わる社会課題の解決には、世界的な視座と、周囲を巻き込み、異なる立場の人と協働する力が不可欠です」

探究の成果を社会へ働きかける段階で、EQ教育は真価を発揮したことだろう。自修館が掲げる三つの柱が重なり合い、生徒が叶えたい夢を多分にサポートしていることがよく分かる事例だった。

これは決して一部の優秀な生徒の特殊事例ではない。ほとんどの卒業生が探究を起点に進路を選んでいく。ホスピタリティの探究からオリエンタルランドへ進んだ卒業生や、海への関心を持ち続け日本郵船の航海士となった卒業生もいるという。

自修館は「自分は何に関心を持ち、どう社会と関わるか」を生徒に考え続けさせる。自己分析を重ね、他者との関わりを意識した6年間を過ごすことで、自然と、大学合格はゴールではなく通過点になるのだ。


開放的な職員室。「1対1」で生徒と伴走する

学校は理念だけでは成功できない。最後に、自修館の成功を支える生徒と先生の関係性を伺った。

「生徒はのんびりして素直な子が多いですね。少し幼いとも言えますが」

先生は愛情のこもった表情で笑う。自修館は、最初から完成された生徒を求めてはいない。何者でもない段階から、6年間をかけて自分を見つめ、他者と関わるなかで夢を見つけていくことを前提としているのだ。

「1人1人が自修館」とは、自修館が掲げるスローガンだ。先生はそれこそが学校の魅力だと語る。

小規模校だからこそ、日常のあらゆる場面で生徒との距離感が近い。探究では先生が最後まで親身になって伴走する。職員室は生徒がふらりと立ち寄りやすいようなオープンな構造になっており、入った瞬間に先生の顔が見えるようにと、先生が机の上に本棚をおくことは禁止されている。

校内を案内してもらった際にも、すれ違う生徒たちと岩城先生は家族のような距離感で会話を交わしていた。

「どんな子であっても、その子が持つ固有のエピソードやドラマを大切にして向き合う。1対30の集団、ではなく、どこまでも1対1でつながっていく学校でありたいですね」


これからの時代における自修館の「強さ」

探究における外部への取材、グローバルにおける異文化理解。これらはどれも知識だけで完結するものではない。説得や共感、協働といった、感情を動かすEQ的な対人能力が不可欠だ。

現代、知識の量や処理能力(IQ)において、人間がAIに太刀打ちするのは難しい。だからこそ、探究やグローバルという学びを本当の意味で成果に結びつけるためには、他者との協働や共感、自己分析といった「EQ(心の知性)」が重要になってくるのである。確かにこれこそが、これからの時代に人間にしかできない強みに思える。

「EQ」で深めた自己分析や他者との関わり方を武器に、「探究」で自らの問いを見つけ、「グローバル」で世界に働きかけていく。その先にあるのは「夢中になれるものと出会い、自ら動き、社会とつながる人を育てる」という一つの理想だ。

自修館が28年前から実践してきたその歩みは、現代に求められる教育の形の一つの答えのように感じられた。