「海外医学部って受験が本当に簡単なんですよ。日本の医学部よりも明らかにレベルが下がります。でも、海外医学部は入ってからが本番でした。」

 今回お話を伺ったのは、名門・女子学院を卒業後、あえて日本を離れハンガリーの医学部へと進学した高井美野理さんです。

 

 近年、海外大学の医学部は、「医師になりたいが、日本の医学部に進学できるほどの学力がない学生たち」にとっての突破口として密かに人気を集めています。その背景には、日本の医学部と比べて入試の倍率が低く受験の難易度が低いこと、さらに受験科目に数学を必要としないケースが多いことがあります。

 しかし、現実は決して甘くありません。海外医学部では、「入学は比較的簡単だが、卒業は極めて難しい」と言われており、授業はすべて高度な医学英語で進行。試験の合格基準も非常に高く、日々「死ぬ気で」学び続けなければ、生き残ることはできません。

 

 実際に今回お話を伺った高井さんも、「入学時にいた学生のうち、ストレートで卒業までたどり着けたのは全体のわずか3分の1だった」と振り返ります。

 彼女はハンガリー医学部を無事卒業。日本の医師国家試験にも見事合格し、現在は研修医として医師への道を歩み始めています。 

名門御三家・女子学院卒 代々続く医師の家系

 「ひいおばあちゃんの代からみんな医者の家系だったので、幼少期からなんとなくですがずっと医者になりたいなとは思っていました。」

 そう語る高井さんは、代々医師を輩出してきた家庭で育ち、医師を志すことはごく自然なことだったと言います。漠然とした“医者になりたい”という思いを胸に、小学校時代から熱心に勉強に取り組み、中学受験を経て中高一貫校である女子学院中学校に入学しました。

 その附属校である女子学院高等学校は、東京大学をはじめとする国内最難関大学や医学部への合格者を多数輩出する伝統校であり、桜蔭・雙葉と並んで「女子御三家」と称される名門です。周囲はエリートばかりという環境の中で、高井さんも日々努力を重ねていました。

 

 しかし、そんな彼女にも大きな壁が立ちはだかります。

 「高校二年生の時に数週間ガーナへ行ってボランティアをしたんです。でも英語が全然話せなくて...」

 元々英語は好きで、日本でも英語学習には真剣に取り組んでいたそう。しかし、このガーナでのボランティアをきっかけに、高井さんはスピーキング能力の低さを痛感したと言います。

 「ガーナでのボランティアでは、日本人は私一人で、周りはみんな英語が上手だったんです。すごくいい経験だったからこそ、もっと英語が話せていたら、もっといろんなことを吸収できたのかなって思いました。」

 この体験は、単に語学力の壁を感じるだけでなく、自身の環境や価値観を見直すきっかけにもなりました。というのも、彼女は中高一貫という閉じた環境に長く身を置いていたからです。

なぜ海外大学へ?

ガーナでのボランティア経験を通して、語学力の壁とともに「外の世界を知らない自分」に気づいた高井さん。そんな彼女が次に考えたのは、大学での学びの環境でした。

 「私は中高一貫校で育ってきたから、外の世界をあまり知らないんです。高校に上がるときもメンバーはほとんど一緒で。だからこそ、大学ではいろんな国の人と関わる環境で過ごして、英語もちゃんと話せるようになりたいって強く思いました。」

 この気づきが、海外の医学部を目指す大きなきっかけとなりました。

 

 また、現実的な理由もあったと笑いながら語ります。

 「大学受験で日本の医学部に合格するまで頑張れるほど、私、勉強が好きじゃなかったんですよ(笑)。特に数学が本当に苦手で……」

海外大の医学部は日本の医学部よりも入試の難易度は簡単で、数学は必要ありません。

 多様性に富み、英語に日常的に触れられる環境に身を置きたい。けれど、幼少期から目指してきた「医者になる」という夢は、決してあきらめたくない。

 そんな彼女にとって、海外医学部という選択肢は、夢と現実の両方を叶える“理想の道”だったのです。

なぜハンガリーへ? 決め手は奨学金

 海外への憧れは、ガーナでのボランティア経験を通して芽生えたものでしたが、実際に進学先を選ぶ際には、さまざまな選択肢がありました。そんな中で、高井さんが選んだのはハンガリー。その理由には、明確な判断基準がありました。

 まず、ハンガリーは物価が安く、治安が良いという点で、生活面での負担が少ないこと。そして留学生が多く、多様な文化が共存している環境も、英語に自信のなかった彼女にとって大きな安心材料だったと言います。

 

 さらに、見逃せないのが卒業後の進路です。

 海外医学部を卒業した後、日本で医師になるには、日本の医師国家試験に合格する必要があります。しかし、海外の医学部の中には教育年限や授業時間数が足りず、日本の医師国家試験の受験資格を満たせないケースも存在します。たとえば、中国の一部の医学部では、追加の予備試験を経なければならないこともあります。

 その点、ハンガリー国内の医学部はすべて日本の受験資格要件を満たしており、卒業後はストレートで医師国家試験の受験が可能です。

 また、ハンガリーの医学部を卒業し、現地で医師免許を取得すれば、EU域内でもその免許が通用する相互承認制度のもと、ヨーロッパで医師として働くことも可能になります。将来的に海外で働くことを視野に入れていた高井さんにとって、日本と海外の両方に進路の選択肢を残せる点は、大きな魅力でした。

 

 そして最終的な決め手となったのが、センメルワイス大学からの奨学金のオファーです。

チェコや中国(北京)なども候補に挙がる中で、学びやすい環境・将来の選択肢・経済的支援の三拍子が揃ったハンガリーを、高井さんは迷わず選びました。

実務経験重視!気になるハンガリー医学部の実態

 「ハンガリーの医学部って、実際どんなことを学ぶの?」と気になる方もいると思います。

 ハンガリーの医学部は日本と同じく6年制で、基礎医学から臨床実習までを一貫して学ぶカリキュラムが組まれています。ただし、日本の医学部との大きな違いは、1年目から専門科目だけに集中するという点です。

 「1年目から専門科目漬けで、本当に楽しかったです。日本だと数学とか教養科目もやりますよね。でも、ハンガリーでは最初から自分の興味のある医学の勉強に集中できて、その環境が私にはすごく合っていました。」

 なかでも高井さんが強く印象に残っていると話すのが、解剖学実習です。

 「献体に対するハードルが多分日本よりも低く、バケツに心臓が10個くらい入っていて『好きに使っていいよ』って置いてあるんです。」

 筆者としては思わず「心臓がバケツに?しかも10個も?」と驚きを隠せませんでしたが、どうやらハンガリーの医学部ではこれが“日常”のようです。

 

 さらに、司法解剖や病理解剖などに学生のうちから立ち会う機会が多くあったといいます。

 「学生のうちに、日本や他国ではなかなか経験できない体験ができたと思います。」

 

 そして彼女にとってもう一つ魅力的だったのが、多国籍な学習環境。英語・ドイツ語・ハンガリー語の3つのコースが用意されており、高井さんは英語コースに所属していました。

 渡航当初の英語レベルはTOEFL90点程度。聞き取ることはある程度できても、話すことにはまだ自信がなかったそうです。

 「最初は英語も医学用語もまったく分からなくて、授業中に『全く分かりません!』って手を挙げたこともありました(笑)。でも、先生を含めて英語が母語じゃない人が多かったので、英語力についてはすごく寛容な雰囲気でしたね。」

 ハードルは高かったけれど、実践的な環境と多様な仲間たちに支えられながら、現場主義で成長できる6年間。それが、ハンガリー医学部のリアルでした。

テストは口頭試問!卒業できるのはわずか3分の1

 ハンガリーの医学部では、試験の形式にも大きな特徴があります。

 「やっぱりテストは結構大変で。試験は口頭試問がメインなんですよ。」

 日本の医学部では筆記試験が主流ですが、ハンガリーではその場で口頭で問われ、自分の言葉で答えるスタイル。単なる暗記では通用せず、論理的な思考力やコミュニケーション能力が問われます。

 「ただ理解するだけじゃなくて、自分の言葉で説明しなければならない。しかも英語で。」

 英語で医学的な内容を即座に説明する必要があるため、試験前の2週間は毎日睡眠時間を削って猛勉強を重ねたといいます。しかも日本のように学期末にテストが行われるのではなく、テストは基本的にほぼ毎月行われるそうです。

 さらに、卒業には卒業論文(卒論)も必要です。ただし、高井さんいわく「卒論は提出すれば基本的にはOKという雰囲気で、そこまでの負担ではなかった」とのこと。あくまで試験本番である口頭試問の重みが強調されていることがうかがえます。

 そして、最大のハードルは“卒業そのもの”。入学は比較的簡単だとされるハンガリー医学部ですが、卒業までたどり着ける学生は、ほんの一部に限られます。

 「やっぱり入るのは比較的簡単でしたが、噂通り卒業するのは本当に大変でした。留年なしで、ストレートで合格できたのは入学時の3分の1のみだったので、本気で医者になりたいという思いがなければ、生き残れない仕組みになっていました。」

 実際、高井さんの周囲でも、途中で挫折してしまったり、別の道を選んだ学生は少なくなかったといいます。

 入学のハードルは低くても、本物の「覚悟」と「努力」がなければ卒業できない──それがハンガリー医学部のリアルでした。

憧れから現実へ ハンガリー医学部卒業後、日本を選んだ理由

 ハンガリーでの6年間を乗り越え、無事に医学部を卒業した高井さん。現在は日本の医師国家試験に合格し、研修医として医師への道を歩んでいます。

 ハンガリーの医学部を卒業すれば、EU圏で医師免許を取得する道も開かれています。では、なぜ彼女はあえて日本に戻り、医師になる道を選んだのでしょうか。

 「高校生のころは海外で働くことへの漠然とした憧れがありました。でも、医学生になってからは、医者としてやるべきことは国や言語に関係なく変わらないと気づいたんです。研修医として学ぶべきなのは“言語”ではなく“医療技術”だと感じました。」

 そう語る高井さんは、自身のバックグラウンドが日本にあることも大きな理由だったと話します。

 「患者さんに重い話をするときの“間”とか“言葉選び”って、やっぱり母語である日本語の方が自然にできるんですよね。研修医として吸収するにも、日本語で学ぶほうが効率が良いと思って、帰国を決めました。」

 憧れだけでなく、医師として働く自分の姿を現実的に見つめた上での決断でした。

 

 実は彼女、5年生の頃からすでに日本への帰国を視野に入れていたそうで、その頃から少しずつ対策を始めていたといいます。

 「英語の授業と並行しながら、日本の医学生が使っている『病気がみえる』というテキストや、Q-Assistっていう日本語の動画講座を使って勉強していました。でも卒業のタイミングまでに講座を全部見ることができなくて、それはちょっと後悔してます(笑)」

 ハンガリーの医学部は7月卒業なので、日本の医学部より半年ほど早く卒業できます。そのため、高井さんは帰国後の8月から翌年3月までの約半年間を、日本の国家試験対策に集中して充てることができました。

 

 とはいえ、意外なところで苦労したこともあったといいます。

 「OSCE(オスキー)っていう診察や問診を行う実技試験で、紙のカルテに病名を日本語で書かなきゃいけないんですけど……病名を漢字で書いた経験がなかったので、そこがけっこう苦労しました(笑)」

 言語の壁を越えてきた彼女が、日本語の“漢字”でつまずいたというエピソードは、まさに海外医学部ならではの苦悩です。

 

今後の展望と、これから医師を目指す人たちへ

 現在、静岡で研修医として働く高井さん。実はすでに、次のステージに向けた想いも抱いています。

 「もう一度海外に出たいという気持ちはあります。専門医の分野によって行き先は変わってくると思うので、まだ具体的には決めていませんが、ヨーロッパもいいし、アメリカも視野に入れています。」

 まずは日本で専門医の資格を取得した上で、再び海外で医療に携わりたいというのが、彼女の今後の展望です。

 また、将来医師を目指す人たちに向けて、こんなエールも語ってくれました。

 「医者になるためには、どこかのタイミングで頑張らなきゃいけない時期がくると思うんです。日本の医学部なら受験勉強、ハンガリーみたいな海外医学部なら、入ってからの試験や語学の壁。でも、それって“どこで”頑張るかの違いでしかない。だからこそ、自分が一番頑張りきれる場所を選ぶのが大事だと思います。医者になっちゃえば勝ちですから!(笑)」

 そう明るく笑いながら語る高井さんですが、その言葉の裏には、6年間の努力と苦悩が詰まっています。

 

入れば勝ちの日本の医学部、入ってからが勝負の海外医学部

 日本の医学部は、熾烈な受験戦争を勝ち抜く必要がある一方、入学さえできれば多くが医師免許取得までたどり着ける道筋が整っています。

 一方、ハンガリーの医学部のように、入学はしやすくても卒業までのハードルが非常に高いというケースもあります。実際、高井さんが学んでいた学年でも、留年なしで合格できたのは入学時のわずか3分の1だったといいます。

 しかし、高井さん自身は、海外医学部で学んだことに一切の後悔はありません。研修医として働く今、日本の医学部卒と海外医学部卒との間に明確な差を感じることはほとんどないといいます。

 「医者になった瞬間から、どこで学んだかよりも、どう向き合うかのほうがずっと大事になる。」

 本気で医師を目指すなら、その扉は世界のどこかにきっと開かれているはず。

 さて、これから医者を目指すあなたは、どの環境を選んで努力し、その夢をかなえますか?