ここ数年間、「ロボット」の発達が目覚ましい。中国では、ロボットだけで行われる運動会が開催され、大きな注目を集めました。かつてSF映画で見られた人型ロボットが走り、跳び、競い合う光景は、もはや現実のもの。世界各国では教育用ロボット市場も拡大を続け、STEM教育の一環としてロボット競技に取り組む子どもたちの数は増加しつづけています。
しかし、日本国内では課題も少なくありません。ロボット競技への参加には、機材費や遠征費など出費がかさむ。特に世界大会ともなれば、渡航費や滞在費を含めて数十万円規模の支出が必要です。才能ある子どもたちが、経済的な理由で夢を諦めざるを得ないケースもあるとか。そもそも日本ではロボット競技自体の認知度がまだ低く、競技人口の拡大も課題となっているほど。
そんな環境の中、ロボット開発の最前線で戦い続ける高校生がいます。愛知県出身で、岐阜県の高校に通う安田こうきさん(やすだ・こうき 仮名)。世界大会への出場4回、そのうち2回は優勝と準優勝という輝かしい実績を持ち、今年、慶應義塾大学環境情報学部に見事合格を果たしました。
しかし、その道のりは決して平坦ではありませんでした。チーム内の衝突、資金面での苦労、そして進路への迷い。徹夜でロボットを作り続け、アルバイトで費用を稼ぎながら、世界の頂点を目指す日々。数々の困難を乗り越えながら、彼はなぜロボット競技に情熱を注ぎ続けたのでしょうか。「経済的な理由で夢を諦める子どもをゼロにしたい」と語る彼のビジョンとは。若き開発者の素顔に迫ります。
プロフィール
・名前:安田こうき(仮名)
・出身地:愛知県
・合格校:慶應義塾大学 環境情報学部
・入試方式:夏秋AO
・競技実績:世界大会出場4回、優勝1回・準優勝1回
レゴから始まった夢
__ロボット競技を始めたきっかけを教えてください。
安田:昔からレゴとかロボットみたいなのがめちゃくちゃ好きで。生まれた時からずっとレゴが近くに置いてあって、もうおもちゃとして触ってました。スポーツとかもやってみたんですけど、やっぱりレゴが好きだなって。
小学校3年生の終わりぐらいに、母親が「ロボット教室があるから行ってみたら」って勧めてくれたのが本格的に始めたタイミングです。最初は競技出場のレベルではなかったんですが、小学校4年生ぐらいの時に「世界大会出場」っていう文字を見たんです。ポスターが貼ってあって、先輩とかが海外に行って賞を取っているのを見て、「ああ、こうなりたいな」と思いました。
ただ、小学生で入るのはちょっとハードルが高いなと。それで、中学校から本格的にやろうって決めました。
__中学受験もされたそうですね。
安田:ロボットの競技をやっている中で、世界大会を目指すようになった時に、高校受験をするとなると、中学校3年生っていう伸び始めたタイミングでやめないといけないじゃないですか。それが壁だなと感じていて。
親と相談して、「中学受験して6年間やった方がいいんじゃない」ってことで、岐阜県の私立中高一貫校に入学しました。小学校6年生の時に、塾の先輩が「ここいいよ」って紹介してくれて。
入学した時は1学年40人ぐらいしかいなくて、少ない代わりにすごい面倒見が良かったんです。当時はすごい逃げ癖がある人間だったので、課題をやってなくて他のことをやってるとか、そういうことが全くないような環境が必要でした。
徹夜でロボットを作る日々
__本格的に競技を始めたのは中学1年生からですか。
安田:はい。中学1年生のタイミングで初めてエントリーしました。最初の1年目は先輩についていき、コロナ禍でオンライン大会に参加。予選大会を通過して全国大会には行ったんでがど、チーム内で方針が合わずに時間を取られてしまって。全国大会は敗退、世界大会には届きませんでした。
僕の中では、ロボット競技っていうのは子供たちだけでやるものだと思ってたんです。でも、親が助けるのが前提という方針のチームメンバーもいて。「保護者はお金や送迎などの外部協力をする立場」という僕の考えが、うまく伝わらなかったんですよね。
__その後、チームを移籍されたとか。
安田:2年目は、他のチームから2人引っ張ってきて、4人で挑戦しました。予選大会でも全国大会でも賞をいただいたんですが、世界大会には届かず。先輩たちが高校進学で忙しくなって「来年はやらない」ということになって。
残された同級生2人で、愛知県内で知名度のある、コーチがいる独立したチームに移籍しました。中学3年生から、そこで活動しましたね。
__相当な時間を使われていたんですね。
安田:もう本当に徹夜をしながらロボットを作る日もありました。YouTubeを見ながらそれを真似たり、いろんなチームのコーチや先輩と夜な夜な交流して情報を得たり。夜通しディスカッションしていた日も多かったと思います。
このロボットの組み方はいいかダメか、このチームの動画のこれを参考にするといいよとか。初歩的なことでも、やっぱり先輩に聞くのが一番良かったので。高校1年生の時には世界大会で優勝できました。この段階で自分の中では消化しきれてきたというか、世界一このロボットを作れる自信がでてきました。結果にもちゃんとついてきたので。
資金面との闘い
__学校での勉強やアルバイトとの両立は大変でしたか。
安田:高校に入ってからは、入学時点で世界大会出場が決まっていたので、先生たちも理解してくれましたね。赤点回避ぐらいの勉強をしながら、競技に打ち込んでました。もともとそういう部活と両立するようなコースだったのも大きいと思います。
競技には結構お金もかかったので、高校1年生の夏休みが終わったタイミングで、飲食店でアルバイトを始めました。世界大会に行かせてもらったのに、遊ぶお金までもらうのはちょっとなぁと思って。自分で使う分とか欲しいものぐらいは、自分で買えるようにならないとと考え、最初は月2万円ぐらいから働いていましたね。
__周りの反応はどうでしたか。
安田:何やってるかわかんないから、「よくわかんないけど、よく海外行くやつ」みたいな感じでしたね(笑)。同じ学校には同じ競技をしてる子はいなかったので。
SFCとの出会い
__大学進学はどのように考えていましたか。
安田:最初は早稲田大学の理工学部も考えてました。FLL競技の先輩で早稲田理工に進んだ方が多かったからです。でも、オープンキャンパスに行って、理工学部は自分の技術を高めるために行く場所だなと思ったんです。僕がやりたいのは、自分の技術を伸ばすよりも、いろんな人にロボット競技を知ってもらうことだから、ちょっと違うなと感じました。
そんな時、母親のつながりで、SFCに通っている人の話を聞いて。オープンキャンパスに行ったら、まさに僕が夢見てたような場所でした。在学生の方々が、自分の成果物をすごい熱で語ってくれて。しかも藤沢市で実証実験をさせてもらえたり、いろんな学問をビュッフェ式で取れる。「これが俺の目標を叶える中で一番近道だな」と思いました。
__受験対策はどのようにされましたか。
安田:もともとは一般受験の予定で、予備校に通ってたんです。でも、「これって俺のやってきたことを評価してもらうには正しい方法じゃないな」と思って。総合型選抜の塾であるルークス志塾に相談に行ったら、「経歴と社会問題をうまく結びつけられるから、受かると思うよ」って言われて。7月末から資料作成と面接対策を始めて、なんとか合格できました。
夢を諦めない社会を
__これから先、どういうことをされたいですか。
安田:正直、具体的な職業は決まってないんですけど、FLL競技に携わり続けて、夢を追い続けられたらいいなって思っています。あわよくば、起業したり、いろんな会社の方に協賛してもらったりして、もっと子どもたちを支援したい。
僕もすごくお金がかかった身だし、それで断念してしまう子は少なくないと思っています。そういう、夢を追い続けるけど環境によって断念せざるを得ない子どもを、FLLにおいて、絶対ゼロにしたいなって思っています。
モチベーションは「環境であきらめずに済む社会」を作る
「よくわかんないけど、よく海外行くやつ」。高校では、周囲からそう見られていた安田さんでしたが、その裏側には、徹夜でロボットを作り、アルバイトで資金を稼ぎ、チーム内の衝突も乗り越えてきた、血のにじむような努力が隠れていました。
「小学校4年生の時に見た『世界大会出場』っていうポスター。あれが全ての始まりでした」
最後に、安田さんに競技を続けるモチベーションについて聞いてみました。
「もともと逃げ癖がある人間だったんです。でも、本当に好きなことを見つけたら、どんなに大変でも続けられる。そして今は、自分と同じように夢を持つ子どもたちが、お金とか環境とかで諦めなくていい世界を作りたい。それが僕の新しい目標です」
世界の頂点に立った少年は、今度は次の世代のために走り始めたばかり。いつの日か、世界をけん引するトップリーダーになるまで、きっと進み続けるのでしょう。今後の活躍に期待です。




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