「危ないけど、誰のものかわからないから捨てられないんです」
 能登の被災地で聞いた言葉が耳から離れない。道路脇には、倒れかけた家具や燃え残った家財が置き去りにされている。「あの光景が忘れられない」と語るのは、木下来美(きのした・くるみ)さん。

能登でのボランティアを通じて見つけたのは、“助けたいのに助けられない”社会の仕組み。「誰が見てもボロボロで粗大ごみにしか見えない、朽ち果てたナニカ。今にも崩れそうでも、『持ち主不明』の一点がネックで、撤去できないんです」
“所有権”という、人を守るはずの権利が、むしろ人を苦しめている。 この矛盾との出会いが、彼女が法学を志すきっかけになりました。

独自に調査・提言を重ねた経験が、慶応義塾大学法学部受験での成功につながった。進学を決定づけた要因こそ「動き続ければ景色は変わる」と信じ続けたからだそう。行動し続けた彼女の軌跡に迫ります。

能登で見た「制度の壁」

 2024年1月1日。石川県能登半島沖を震源とする最大震度7の地震が列島を襲いました。地理的要因など複数の理由から復興は進まず、状況は遅々として進まない。被害状況に関する報道を見て胸を痛める毎日。

「支援したい!」と感じても、力になれないジレンマ。「気持ちだけじゃなくて、実際に行動に移せれば……」と考えていた矢先、福祉協会で働く友達のお母さんから復興ボランティアの募集を教えてもらいました。

人助けが大好きで、将来の夢は医師だった木下さん。高校2年の9月、迷わずボランティアに参加します。

現地では、想像を超える光景が。ビルは傾いたまま。家々の壁は崩れ落ち、焼けた朝市の跡地には、焦げくささが残っていました。

「復旧は順調」と聞いていたのに、実際にはニュースで見た惨状から、何も変わっていないことに驚きが隠せませんでした。

「募金額も減り、どんどん関連する報道もなくなる。でも、現地の人は“私たちの問題は過去のものではない。忘れないでほしい”と悲痛な叫びをあげていました。これは誰かが伝えなければと思いました」

冒頭で語られた「危ないけど捨てられない」も、その最中に出会った一言。修復不可能なほど壊れたタンスや家財道具が道をふさいでいるのに、撤去できない。もちろん彼女は、現地の方に尋ねました。
「どうしてこのような危険なものを撤去できないのですか?」

すると「持ち主が分からないから」と思いがけない回答が返ってきた。

「最初は驚きました。誰がどう見ても撤去すべきなのに、法的に“所有者不明”のものは勝手に処分できない。役所に申請を出せば、捨てられる場合もあるようですが、結局審査が遅くて、復旧作業が止まってしまうんです。現場のニーズと法律の仕組みが噛み合っていないと実感しました」

“支援したくても支援できない現実”を前に、彼女は初めて「法の限界」を知りました。


「法が守る」とは何かを問い直す

最初は労力やコスト的な問題だと考えていた彼女も、振り返るうちに「所有権」こそ問題の核心だと気付きました。

「所有権があるからこそ人は安心して暮らせる。でも、その権利が現場では人の安全を妨げる。“どちらかが悪い”ではなく、“権利と権利のぶつかり合い”なんです」

気付きを深めるために、彼女は法の専門家である弁護士の下を訪れました。ニュースや新聞、ネット記事など様々なメディアで地域の問題に取り組む弁護士を検索。すると、“地方で孤軍奮闘する弁護士”が見つかり、思い切って電話をかけてみたそうです。

突然にも関わらず、弁護士の先生は快く対応してくれました。ご厚意でお話を伺う中で、彼女は「この問題に直面するのは能登だけではない」と新たな気付きを得ました。

「土地の名義が3代前から更新されない地域も多く、売却ができずに放置されるケースがあります。だから、危険な空き家が増えていく——そう教えてもらって、“正しい”とされる法律も完全ではなく、現実には救われない人が能登だけでなく、他にもいると気付いたんです」

「地域の中で人と向き合う弁護士になりたい」。彼女の「誰かを助けたい」気持ちが、“現場で人を支える法の担い手”へと像を結びました。


7割が抱える“日常のジレンマ”


実は、この問題は被災地だけの話ではないそうです。彼女は、全国的に「所有と安全のジレンマ」があるか確かめるために、約400人を対象とした独自調査を行いました。

LINEのオープンチャットや、キャリア甲子園での企業連携(日本生命)を活用してアンケートを実施。さらに京都市右京区で街頭インタビューも行いました。

「想像以上に“身近な困りごと”として共感してもらえました。空き家の放置、隣家の木の越境、危険な塀——約7割の人が“自分も困っている”と回答してくれたんです」

アンケート結果をもとに、全国的に「所有権の保護と住民の安全」が衝突していると実証。

 「私の中の違和感は、地域・個人的なものではなく、全国的な問題だった。自分だけじゃないと裏付けできたことは、大きな自信になりました!!」

キャリア甲子園の経験も挑戦を後押しした。
「高校1年生の時はありふれたテーマだったので、第一選考で落選してしまった。でも、その悔しさがあったから“自分にしかできないテーマ”に挑む覚悟が決まった。能登で見た現実を、社会に伝えたかったんです」

友人と協力してデモサイトを作り、先生に相談しながら資料を整理する日々。「忙しかったけど、やってみたらできた。動いたからこそ、今の場所までたどり着けました」


 “地域を支える弁護士”を目指して

彼女が目指すのは、単に法を語る弁護士ではなく「人のそばにいる弁護士」。

「地域の人と深く関わって、コミュニケーションを取りながら信頼関係を築ける人になりたい。話を聞いてくれた弁護士の方も地域住民とゴルフに行ったり、野球をしたりしているのですが、まさにこの方がロールモデルです」

その理想の原点には、能登で感じた“人との距離”が。

「現場に行かなければ見えないこともあります。机上ではなく、地域の声を直接聞いて考えたい」

大学では民法を軸に、所有権のあり方を多角的に学びたいとのこと。特に慶應義塾大学法学部の田高研究会を志望している理由をこう語ってくれました。

「田高研究会は、最新の裁判例から現代社会の民法の課題を多面的に考察できる。所有権を中心に、社会との接点を重視する学びができる環境なんです」

同様に、政治学にも関心があるとか。
「将来は、法制度の改正を行うための政策提言を行いたいですね。提言につなげるには、行政の仕組みの理解が必要。法律を学ぶことが、社会を動かす第一歩だと信じています」


「やらない後悔より、やる後悔」
「もし能登に行かなければ、この問題に出会えませんでした。どちらが正しいか決めるのではなく、両方の立場を理解して、均衡を保つ視点を持ち続けたいですね」

法を学ぶことは、彼女にとって“人を助ける最初の一歩”。一方向の視点に囚われず、ミクロとマクロの両立にこそ、法の未来は続いています。

最後に、同世代へのメッセージを尋ねると、力強い言葉が返ってきました。
「恥ずかしがらずに行動してほしい。結果がマイナスでも、そこから絶対に学べる。やらない後悔より、やる後悔。大学に落ちるほうがずっと悔しいですよ(笑)」

——“動けば景色が変わる”。
その信念を胸に、彼女はこれからも、自分の力で未来を切り拓いていくのでしょう。