「ビザ取り消しは理由がわからないのに、いきなり”高卒”になるのです。そんな投資しますか?」

 教育分野での鋭い分析と発信を続けている、教育投資ジャーナリストの戦記氏(@SenkiWork)は、ハーバード大学が留学生の受け入れ停止措置を受けたことに対して、こう語る。今回はこの停止措置が、日本の教育事情に与えるインパクトについて戦記氏にインタビューした。

 

 日本からの海外留学は、なお魅力的な選択肢なのか?それとも優秀層の海外留学は、今後減少するのか?教育分野でもアメリカの一極集中が崩れ始める時代の、目指すべき教育投資のあり方を分析する。

 

ハーバード大学留学生受け入れ停止

2025年5月22日、トランプ米政権はハーバード大学の留学生受け入れ資格(SEVP認定)を取り消すと発表した。約6,800人の留学生が在籍し、全学生数の27%に相当する。日本人留学生や研究者約260人も影響を受ける。

 

在学中の留学生は他大学に転出しなければ、米国での滞在資格を失う。新規の留学生受け入れも不可能になる。トランプ政権はこれまでに26億ドル(約3,740億円)以上の助成金も凍結している。

ハーバード大学は、政権の措置は違法で報復的だとし、憲法違反として提訴している。国土安全保障省のノーム長官は「全米の大学や学術機関への警告」と強調しており、他大学への波及が懸念される。

 

「ハーバードショック」の本当のインパクト

——このハーバードショックの影響を、全体としてどう見ていますか?

戦記氏: 日本人でアメリカのハーバードに留学や在籍をしている日本人の人数は260人程度と少ないのですが、「ハーバード大学が留学生停止」と発信される情報のインパクトが大きいんです。みんかぶでも記事に書きましたが、実数よりも情報としてのインパクトが強いです。

過去10年くらいの中学受験市場のトレンドとして、海外大学留学対応というものがありました。広尾学園や渋幕や渋渋の発展も、その流れの一環としてありましたが、それが国内回帰するんじゃないかなと思いますね。

アメリカだけが鎖国だから、他の国もあるじゃないかという議論にはあまりならないと思います。カナダの大学に行っても、在アメリカ企業の就職活動に有利になり、その高報酬の仕事を得られるわけではありませんので。こういう展開になると、日本国内の大学、つまり東大か医学部が更に過熱するんじゃないかなっていうのが僕の読みです。

アメリカの大学に合格して、毎年1000万円近い金額を支払って通っても、2年目でビザ取り消しになったら高卒です。しかもビザ取り消しは理由が開示されません。理由がわからないのに、いきなり高卒になるのです。そんな投資しますかね?

——確かにビザ取り消しは一生の傷になります。

戦記氏: そうです。例えば、恋愛に例えるならば「結婚してあげるよ!」と言われたから頑張って、濃密な2年間を過ごしたのに、3年目で理由不明で突然振られたら、心に傷を負いませんかね。

アメリカへの留学は相当なリスクを抱えてしまったというのが、このハーバードショックですね。

——アメリカの大学に留学中で、このような事情で帰国して日本国内の大学に編入できて高卒になるのを免れたとしても、日本国内の大学はあまり魅力的に見えないですよね。

戦記氏: そうそう。そんな大失恋した後に、その次の彼女を見つける気になれないし、そうなるはずはないですよね。次の彼女に荒さがしをしたり、前の彼女の良かったところばかり頭に浮かぶ人が、次の恋愛を成就するのは難しいと思います。

 

教育投資としての海外留学が破綻する理由

—教育投資の観点からはどう見ていますか?

戦記氏: そもそも、なぜアメリカの名門大学を目指していたかというと、卒業後にアメリカの企業に採用されて高い給料を得られるという期待があったからです。GAFAMとか。しかし実態は、労働ビザが下りない問題があり、アメリカの大学を出ても就職先は結局日本になることがほとんどなんです。

もっと解像度高く言うと、ボストンキャリアフォーラムに行って、日本の企業だったり、外資系企業の日本法人のポジションを得るっていうのが王道だったわけです。アメリカの大学を出ても、アメリカ企業への就職はほとんどない。実力はあっても、労働ビザの問題で勤務するのは難しい。よって、結局日本の雇用契約になるので、給与のアップサイドがあまり期待できないのです。

——お嬢様の学校では、海外大学受験向けの学校説明会を聞いた上でその丁寧な説明もあり、戦記さんはご夫婦で会話して、海外大学受験はいったんは目指さないというツイートされていましたよね。

戦記氏: そうですね。結局のところ「アメリカの大学に行ったとしても、就職先は日本じゃん」と。多額のお金と時間をかけてまで準備する意味がないだろうということで、娘の海外大学進学は現時点では目指していません。娘が行きたいと言い出したら別ですが。

 

ビザ取り消しリスクの深刻化...理由不明で人生が狂う恐怖

——今回のトランプ政権での変化についてはいかがですか?

戦記氏: 過去のツイートを見て頂ければ分かりますが、去年のアメリカ大統領選挙の前から危惧していました。就職のビザ問題はさることながら、学生のビザ問題で結構大きな問題があります。

通常F-1ビザっていうのを取るんですけど、取り消しは簡単なんですよ。とはいえ、私がUCバークレーに留学していた2009年から2011年の間は、おおらかでした。

例えば僕が知っている実話になりますが、多少アメリカで問題を起こしても、それを理由に直ちに取り消しにはならなかったんです。日本の裁判官がアメリカの大学に留学中、飲酒運転して捕まったんですね。やらかしすぎですよね。でも、F-1ビザは取り消しにならなかったんです。もちろん飲酒運転自体は犯罪ですし、許されることではないですが、意外とビザ取り消しという大きな問題にはならなかった。

ところが今後は、問答無用で取り消しになる可能性があります。しかも理由が不明で、当局には開示義務が全くない。突然ビザを取り消されてしまう可能性があるんです。となると、誰かに密告されても防御できるものではありません。4年間そんな環境で過ごしたいですか?という話になります。

——特に若い学生には厳しい環境ですね。

戦記氏: そうです。だからSNSの投稿は危険すぎるし、目立つことをやると誰かに刺される可能性があるわけですね。そういうリスクがあることを前提で、行くのですか、という判断になります。

だから影響は非常に大きくて、私が危惧した通りの展開になっていると感じています。

 

グローバル人材という幻想 母国軸足の重要性

——日本人のグローバル人材への憧れは変化するでしょうか?

戦記氏: 私自身が外資系CFOと教育投資ジャーナリストというパラレルキャリアを歩んでいるのですが、正確に言うと、グローバル人材というものは存在しなくて、母国に軸足を置きながらグローバル対応できる人材だと思うんです。インド人だからといって完全にアメリカ人になるわけでもないし、母国がある人が強い。

今後4年間はアメリカ一極集中から脱却すると思いますが、ますます母国に軸足を置きつつ、グローバル対応できる人材が活躍する時代になると思います。インドでも最近、アメリカから母国に戻る人が増えていますよね。インドのスタートアップ市場も活況ですし。これまで以上にアメリカ一極集中ではなくなるので、母国が大事になっていく時代だと思います。

——母国が大事になってくると。

戦記氏: はい。日本人も、今まではアメリカでグリーンカードをゲットして、本当にアメリカ人ライクに生活していこうっていうのがあったと思うんですが、それが結構怪しくなってきた。

これまで以上にアメリカ一極集中じゃなくなるので、母国が大事になっていく時代かなと思いますね。

 

現在の高校生はどう判断すべきか

——今すでに高校2年生、高校3年生で海外大学を目指そうとなっているご家庭は、ぶっちゃけ見直した方がいいんでしょうか?

それとも海外大学にしても「アメリカに限ってはやめた方がいい」という結論になるのか、どういうふうにお考えですか?

戦記氏: アメリカの企業に採用されることを目指し、そのためにアメリカの大学で学士号を得ようというのは戦略として間違えているように思いますので、それを目指すべきではないと思います。

代替案としてはカナダとか、イギリスとかあるじゃないですか。ただそれも就職とは直接関係がないので、何を目標にするかによると思います。純粋に海外大学で学びたいのならば別に良いと思いますが。

 

国内回帰した優秀層をどう受け止めるか

——今まで海外大学志向だったレベルの高い層から見て「じゃあ国内に回帰しよう」となったときに、レベルの差を感じる学生も多そうです。

戦記氏: 日本人で、海外の学部留学で合格を勝ち取れる人材は、本当に「東大とか普通に受かる」優秀な層です。その人たちが、日本の大学では物足りないというのは仕方がないことかもしれません。

当然、日本で受ける教育は限界があるので、いわゆる海外学部留学では得られる刺激は少ないかなと思いますね。

ただし、日本の大学がそういった人を引きつける大学に進化する必要は、あまり無いと思います。なぜなら、日本の大学における教育言語は日本語だからです。言語の壁が明確にあるので、いわゆる海外水準にあわせようとする努力は無意味だと思うんです。

日本は国内市場がまだそれなりに大きいので、下手くそで中途半端な英語で議論するよりも、日本語ベースで深い議論をした方がいいと思います。

最近東大が工学部系で全部英語化しようとして叩かれていますが、私は個人的には全授業の英語化には反対です。それこそ『解体新書』の時代から、先人が一生懸命オランダ語や英語を翻訳して、母国語の日本語でいろんな高等教育を受けられる環境を、わざわざ捨てる必要はないと思います。2割くらいの授業を英語でやるのは賛成ですが。

 

日本への留学生受け入れ戦略 優秀さより「日本好き」

——時代の流れからすると、アメリカに留学していた市場がなくなって、優秀な留学生獲得に各国の競争が激化する。アジアからの留学生を日本が取りに行くチャンスでは?

戦記氏: 本当の最優秀層は日本には来ないと思います。そもそも、そのレイヤーでは日本は海外と競争しても勝てない。

例えば、そのオックスフォードやケンブリッジに合格するレベルの人間が東大に来ると思えないので、そもそも市場が違うと思うんです。で、そこで競争して変な努力をするよりも、現実的にはTier2・Tier3ぐらいの優秀な層を取った方がいいんじゃないでしょうか。

何よりも大事なのは、優秀かどうかよりも、その国が好きかどうかです。どんなに優秀でも、その国のことを嫌いな人は来てほしくない。どんなに優秀でも、フランス嫌いな人は、フランスにいたくないじゃないですか。フランス人からしたら、フランス文化を尊重しない留学生なんて嫌ですよね。

だから、優秀かどうかよりも、その国が好きな人を集められるかどうかということが大事なんじゃないかなと思いますね。

——なかなか難しいですよね。

戦記氏:そもそも日本に関心がない人は、東大や京大には来ないと思うので基本は問題視していません。

いわゆるグローバル化教育で、アメリカの一極集中だったのがなくなるので、市場が非常に不安定になる。そうなると各国ごとの個性が大事になるので、その個性をちゃんとアピールできるかが大事ですね。

日本はその点結構魅力があると思うんです。物価は安いし、安全だし、ご飯も美味しい。教育インフラが整っているので、日本語が喋れるようになりやすい。差別もそんなに多くはないですし。

だから、そういったところが伝わっていけば良いと考えています。