いよいよ新学期が始まります。
高校までと比べれば一気に自由度が跳ね上がる大学生活に胸を躍らせる方も多いのでは?

大学生の本分はもちろん勉強。
しかし、一部では「人生最後のモラトリアム」とすら呼ばれるこの時期に、自分を解放しない選択肢は事実上存在しません。

サークルやバイト、ボランティアなど様々な方面に活動の幅を広げ、自らの責任において世界を楽しむ自由の奥深さを実感できるようになることにこそ、大学生活の楽しみ方は隠れています。

以下、全ての画像はイメージであり、写っている建物や人物は、いかなる実在の人物、団体、企業とも関係がありません。

私に言われずとも、既にやることの見当をつけている方も多いでしょう。
特に、高校まで「部活ガチ勢」だった方からすれば、大学でも……となるのは当然。

ですが、ここで私は敢えてのストップをかけたい。高校までの部活と大学からの部活は大きく毛色が異なるためです。
これを勘定に入れないままで安易に入部してしまうと、とんでもないミスマッチが起きる可能性も。

実際に、私は大学4年生になるまで自分を押し殺して部活動に入部し続けた結果、それ以外の活動がほぼできないままで卒業の日を迎えることとなりました。

結果的に大学の友人はほとんど残らず、費やした時間はどこへ消えたともしれない。今回は、私の個人的な失敗談から「どうすれば、理想の大学生活に近づけるか?」を考えます。

大学の部活は”仕事”

高校までと異なり、大学の部活やサークルはほぼ学生による自治運営がされます。また、やはり高校までとは違って予算規模が一気に膨らむので、できることややるべきことも一気に増える。

大学内の別の部活やサークル、大学事務、他大学の関係団体や、場合によっては一般企業とのやり取りをする場面すら出てきます。となれば、「個人的な事情で休みます」なんて早々言い出せませんし、運営側としても、それをいちいち許容していられない。

「○○社さんとの打ち合わせ、どうなった?」「担当の△△が旅行中なので、わかりません」……なんてことになれば、せっかく時間を割いてきてくれた相手方に「ごめんなさい」と謝るだけでは済まないわけです。

画像はイメージです。

もちろん、部活の運営だけにかまけて練習がおろそかになってもいけません。練習の出席がボロボロで仕事だけ完璧……なんてことはまずありえませんから、必然的に「練習は基本的に全出席。遅刻早退も厳禁」となります。

かつて私は東京大学の応援団に所属していましたが、そこで恐ろしいうわさ話を聞いたことがあります。

なんと、チアリーダー部では、「練習に遅れるので5時間目の授業を受講しないように」と圧力がかかるとか、部活終わりのミーティングで「授業で遅刻しました。ご迷惑をおかけしまして申し訳ありませんでした」と謝らねばならないというのです。

あくまで2017~2020年頃当時の話であり、今は異なるかもしれませんが、勉学と研究が本分である大学生としては、あまり褒められた習慣でないことは確かでしょう。

意外と出費がかさむ

部活動のシステムが厳しいのは、大学公認であり、必然的に大学の威信をその肩に背負う形になるため。逆に、大学公認であるがゆえに、練習場などは大学構内を使う場合が多く、さだめられた部費も高くないので、安く済む……とは限りません。

実は、部費以外にも様々な出費が隠されているのです。

例えば、練習場や試合会場までの交通費。大学構内で練習だとしても、普段は利用しない遠く離れたキャンパスで行われることも多々ありますが、その際キャンパス間の移動費はもちろん自腹。

部の活動で移動が発生する際は交通費が支給されることもありますが、厳しい制約が課されているケースがほとんどです。

私がかつて所属していた応援団では、シーズン中毎週土日に神宮球場での六大学野球応援があり、それとは別に様々な部活の試合や大会の応援活動が入りました。さらに、応援部の練習は駒場キャンパスで行われますが、三年次以降はほとんどの学生が本郷キャンパスで研究するため、移動にもお金がかかります。

さらに、応援部には「先輩が後輩にメシを奢る風習(通称「ごっつぁん」)」があり、もちろん部費の補助は出ませんからやはりこれも自腹。

それなら、1年生なら奢られるばかりで得……とも言い切れません。

東大応援部の場合、7月あたりまでは「新人」としてお客様期間を体験します。
この間は、とにかく辞めさせまいと先輩があの手この手を使って引き留めようとしてきますし、ひたすら羽振りがいい面ばかりを見せつけられるのです。

しかし、合宿の儀式を経て「部員」に昇格すれば話は別。
もうおいそれと辞められない立場になりましたし、仕事が降ってくるので実務上も辞めにくくなります。
辞めれば、残された仲間にその分の負担がのしかかるためです。

このあたりから、先輩の付き合いがぷっつりと途切れます。
ゼロではありませんが、声をかけずに先に帰ってしまう先輩が増えるし、「じゃあ、今日は遅いから帰ろうか」と言われる機会も出てきます。

もちろん、財布が厳しかったのでしょうが、見栄で生きる応援団の部員ともあろうものが「金がないから無理!」とは言えません。

先輩の立場もあり、後輩に遠慮を強いることはできないからか、練習終わりに無言でそそくさと帰っていく先輩の背中を半分同情しながら眺めたものです。

画像はイメージです。「ごっつぁん」された学生は、奢ってくれた上級生より先に店を出て、店前で「どうもごっつぁんです!」と言いながら頭を下げます。

なんだかんだ言って、部費を含めて毎月3万前後の出費がありました。合宿や飲み会などイベントがあると、さらに出費は加速します。

しかも、部活動のおかげでおちおちバイトのシフトも決められないので、どうしても稼ぎは減る。毎月の暮らしが精いっぱいな学生には、とてもではないですが勧められません。

本題から外れるようですが、私が現役で部活をやっていた頃に人気のバイトは「押し屋」でした。
朝の通勤ラッシュ時に、電車内に人やカバンが詰め込まれるように人込みを押し込む仕事です。

ただでさえ時間がないのに、後輩に見栄を張るために出費がかさむ応援団幹部たちは、練習や仕事、飲み会でシフトが組めない夜ではなく、早朝にまとめて稼ぐために押し屋になるのです。
もしかしたら、あなたが毎朝見ている押し屋の人も、有名大学応援団の幹部かもしれません。

画像はイメージです。

何を求めて部活に入るのか見定めて

では、どうしてみんな部活に入るのか? 
部活動自体が楽しいならば、それが一番です。

ただ、裏事情を話すならば、伝統的な体育会系の部活動は往々にしてOBOGとのつながりが深く、就活に直結している場合も多いのです。

かつて私が1年生だったころ、ある運動系の部活から「うちの部活は楽しいし、就活に有利だよ!大企業に入社した先輩がたくさんいるからね!面接が1つか2つカットされて始まるんだよ!」と勧誘を受けたことがあります。

さすがに眉唾すぎるので信じていませんが、そんな宣伝文句を新入生や在学生が行きかう大通りで声高に叫べるほどOBOGとのつながりが深いのだろうと推察はできました。

画像はイメージです。

この団体の活動は、あまりにも時間的拘束が長そうだったために辞退しましたが、「面接がカットされる」ことに魅力を感じたのも確かでした。応援部にも毎年OBOGの方と食事をさせていただく機会があり、その度に先輩方は我先にと就活の相談をしていたことを思い出します。

そもそも、私が部活に加入した理由は、都会に出たてで右も左もわからない私にとって、就活で圧倒的付加価値をもたらしてくれる部活動経験が、「貧乏な自分をバラ色セレブに塗り替えてくれるプラチナチケット」に見えたからでした。

ですが、実際にはそのチケットをキープし続けるだけで、多大なるお金と時間が飛んでいきます。

時間が無くなるので、お金でカバーするしかない。お金がないから、たくさん働くために、睡眠時間などを削るしかない。

まるで部の活動を維持するために生きているようで、私が思い描いた未来とは全く違う景色が広がっていたのです。

だからこそ、私は応援団にて神の権力を持つ四年生に昇格する前日に退部しました。これ以上ここにいても得るものどころか、失われるものが大きすぎると感じたためです。

逆に、得られるものが大きいと判断したなら、歯を食いしばってあの場所に残っていたでしょう。

人生の大半は、何かと何かのトレードオフであり、何を交換に出して、何を手に入れるか、常に我々は選択の時を迫られます。

中には交換比率の相場を無視した交換も存在しており、これに騙されないように、私たちは日々学びを深め、思考を磨いて、自分にとってより適切な交換を行えるように試行錯誤するわけです。

では、部活動に入ったときに、私たちは何を差し出すのか? 
その見返りに何が得られるのか? 

大学入学直後の私は、愚かにも全くこれを考えないまま3年という長い年月を使い果たしてしまった。
今から考えれば、もっと他の活動に時間と体力を支払えば、また別の景色が見えたように感じます。

大学生になれば、「自由」が大きく広がります。
だからこそ、自分が何をしたいのか今一度考える必要があるのかもしれません。