「悩んでいたのは、マレーシアの現地高校かN高。N高で『投資部』が立ち上がるというので、通信制に決めたんです」

 そう語るのは、慶應義塾大学経済学部・通信課程3年の佐藤さん。佐藤さんは高校でも大学でも在宅での学びを選択した、筋金入りの「通信制」学習者だ。一般的には、通信制高校は「全日制に比べて環境が劣る」「大学進学率が低い」などの、あまり好ましくない印象があるのも事実だ。

しかし佐藤さんは高校の経験から「引き続き通信制で学びたいと思った」という。

進路の岐路で「全日制か通信制高校か」「日本か海外か」と揺れる中、株式運用で社会を活気づける——そんなN高投資部の存在が決断のトリガーになった。

N高校では自由な通信制で「投資部」の一期生として株式投資に挑み、最終的には慶應の通信制課程に進学している。

さらには、小学2年で家族とマレーシアへ渡り、インター→ホームスクール→現地日本人校という3タイプの教育を総なめにしてきた“越境学習者”でもある佐藤さん。

彼女が通信制の学びにこだわるのはなぜか?そして高校で「投資」が学べるというのは、いったいどういうことなのか?

佐藤彩海さんプロフィール

慶應義塾大学経済学部・通信課程に在学中。大学3年生。生まれは日本ですが、小学校2年生の時に家族でマレーシアへ移住し、そこから約7年間マレーシアで生活。高校進学のタイミングで日本のN高等学校(通信制)に入学し、オンラインで日本の高校卒業資格を取得。

その後、日本に帰国して慶應義塾大学に進学。日本とマレーシアの両方で育ったことで、インターネットスクールやホームスクール、現地の日本人学校など、様々な教育制度を経験してきたバックグラウンドを持つ。

マレーシア移住がもたらした自由な教育環境

インタビュアー:海外、それもマレーシアで幼少期を過ごし、多様な学校に通ったというのはとても珍しいですね!

佐藤:そうですね、自分でもユニークな経歴だと感じます。マレーシアでは現地のインターナショナルスクールに通ったり、教会が運営するホームスクールでマンツーマンの指導を受けたり、日本人向けの学校に在籍したりと、本当に色々な学びの形を経験しました。

インタビュアー:マレーシアに移住されたきっかけは何だったんでしょうか?

佐藤:「移住したくない?」という両親の発言から、常夏のマレーシア・ペナン島が候補に上がり、気づいたら、2012年に移住をしていました。

インタビュアー:転勤ではなく自主的に海外移住とは、ご家族の行動力がすごいですね!

佐藤:そうですね、珍しいケースだと思います。両親とも「とりあえずやってみよう」というチャレンジ精神が旺盛で。特に母の影響が大きかったですね。

インタビュアー:お母様は教育熱心な方だったとのことですが、小学生で海外に行くことに抵抗はなかったんですか?

佐藤:もともとバレエやピアノ、水泳など習い事に熱心な「教育ママ」で、特に英語は力を入れていました。

しかし、母の教育方針はガラッと変わったんです。マレーシアでは「好きなことをとことんやりなさい。ただし始めたことは簡単に投げ出さず、自分で課題を見つけて挑戦し続けなさい」というスタンスに。以前のように厳しく管理するのではなく、自主性を尊重する方針になっていきました。

インタビュアー:日本にいると小さい頃から先の進路を考えがちですが、お母様は現地のママ友から「なんでそんな先のことばかり考えるの?今を楽しみなさい」と言われて価値観が変わったのかもしれませんね。

佐藤:おそらくそうだと思います。母のおかげで、私は小・中・高と伸び伸びと過ごすことができました。

インターから通信制まで、多様な学校を経験

インタビュアー:佐藤さんはマレーシアでインターナショナルスクール、ホームスクール、現地の日本人学校と色々な学校に通われたとのことですが、それぞれどのくらいの期間通ったのですか?

佐藤:インターナショナルスクールには約2年半から3年、ホームスクールに1年ほど、そして現地の日本人学校には3年くらい通いました。

インタビュアー:各学校で教育スタイルの違いを感じましたか?

佐藤:はい、それぞれ全く雰囲気が違いました。小学校2年生まで在籍した日本の小学校では、先生が一方的に喋って生徒は聞くという座学中心の授業でした。でもマレーシアのインターナショナルスクールでは、すごく実践的な授業が多かったんです。

例えば歴史の授業で急に「君たちが海賊だったらどうやって宝を探す?」と問いかけられて、自分で考えさせられる。子どもが主体的に参加する授業でしたね。

ホームスクールでは先生と1対1で学ぶので、自分のペースに合わせて進められました。苦手な科目は丁寧に教えてもらえるし、得意な科目はどんどん先のレベルの教材に進ませてもらえる。おかげで効率よく力を伸ばせました。

帰国か続・海外か?悩んで選んだオンライン高校

インタビュアー:高校進学のとき、日本に帰国するかマレーシアに残るか迷ったとお聞きしましたが、どのように決めたのですか?

佐藤:はい、本当にギリギリまで悩みました。最終的に、両方の可能性を残せる通信制のN高等学校を選んだんです。N高は他校との併用入学も認められているので、とりあえず日本の4月にN高に入学しておいて、もし9月からマレーシアの現地校に進むならその時に切り替えよう、と考えました。母が複数の選択肢を提示してくれて、最終判断は私に任せてくれたので、迷った末に「まずN高に入ってみよう」と決めました。

インタビュアー:そして結果的にN高一本で卒業まで通われたそうですね。それはどうしてでしょうか?

佐藤:高校1年の6月頃、N高で初めて「投資部」という部活が立ち上がったんです。私は「ぜひ参加したい!」と思い、応募したところ運良く部員に選んでいただけました。この出来事で「N高でやりたいことが見つかった、ここに全力を注ごう」と腹を括り、他の学校に行く選択肢を断ち切ったんです。ちょうどそのタイミングで日本に帰国して、そこから先はN高での高校生活に集中しました。

インタビュアー:なぜ投資部にそこまで参加したかったのですか?

佐藤:マレーシアから外の視点で日本を見てきた経験から、「日本にもっと活気を取り戻したい」という思いが以前からありました。株式投資の力で日本企業を元気にできたら面白いんじゃないか、と考えていて、投資部はまさに打ってつけの場だったんです。選抜に受かったときは本当に嬉しかったですね。

N高「投資部」創設!運命を変えた挑戦

インタビュアー:投資部では具体的にどんなことを経験できたんですか?

佐藤:N高投資部では、部員それぞれが20万円の運用資金をいただき、「東京証券取引所上場銘柄」の株を運用します。一定期間ごとの審査で成績や提案が認められると、運用資金が50万円、最大100万円まで増額される仕組みです。部員は20名ほどいて、数名が50万円、さらに少数が100万円まで任されました。

私も50万円の運用枠にチャレンジさせてもらえましたが、結果は49万8千円と約2千円のマイナスでした(笑)。扱う金額の大きさに物怖じしてしまい、もう少し大胆な取引ができたらと悔しく思いますが、本格的な投資を体験できたのは本当に貴重な経験でした。

それに、投資部の最大の魅力は、お金の使い方を通じて社会に影響を与える視点を得られたことです。部員には多様な志を持つ人がいて、単にお金を増やすだけでなく「お金で社会を良くするには?」を真剣に考えるメンバーが多かった。

実際、将来ホワイトハッカーになりたいとセキュリティを学ぶ子や、居場所をなくした高校生を支援するカフェを運営している子もいて、互いに刺激を受けました。

インタビュアー:佐藤さん自身、どうして50万円枠に選ばれたと思いますか?

佐藤:50万円にステップアップするとき、面談があったんです。緊張しましたが、私は「昔の日本ではお米が通貨として使われていたのに、今それが成り立たないのはなぜでしょう?」と少し変わった質問を投げかけました。他の方とは質問の系統が違ったようで、面接官の方に「君、面白いね」と言っていただけて(笑)。そんな奇抜な疑問が功を奏したのか、ありがたいことに、50万円枠に選んでいただけました。

通信制高校の自由、セネガル支援プロジェクトへ

インタビュアー:高校生活の後半では、アフリカ・セネガルでの教育支援プロジェクトにも取り組まれたとか。

佐藤:はい。高校3年生の頃、自分でセネガルの教育支援プロジェクトを立ち上げようとしていました。通信制高校だったため時間の融通が利きましたし、実際にアフリカに渡って活動することも視野に入れていたんです。ただ、非常に現実的な問題として資金を集められず、自分たちも現地に行けなくて…残念ですがそのプロジェクトは断念しました。本当に資金面の壁は大きかったですね。

インタビュアー:他にも高校時代に色々な活動をされていたそうですね。

佐藤:ええ。例えばN高では投資部に続いて「政治部」が発足し、その二期生として政策について学ぶ機会も得ました。また、海外大学を目指す高校生の団体にも参加して、実際に海外大に通う先輩方から刺激を受けることもできました。N高は課題提出以外の時間を自分の裁量で使える分、こうした様々な課外活動に挑戦できたのが良かったと思います。

課外活動で気づいた「自分のやりたいこと」

インタビュアー:様々な課外活動への参加を通じて、将来やりたいことも見えてきましたか?

佐藤:高校1年生の頃から、マイプロジェクト(高校生の社会課題探究コンテスト)やプログラミングコンテスト、課外活動を応援する新しいプログラムなどが次々と立ち上がっていました。私はそうした機会に積極的に飛び込みましたね。そういった場では決まって「あなたは何者になりたいの?将来何をしたいの?」と問われます。最初は明確な答えがなかったのですが、その問いかけを受け続ける環境に身を置くうちに、少しずつ自分なりの答えが見えてきました。

例えば、コロナ禍で参加したプログラミングコンテストでは、ネット上に根拠の薄いニュースやデマが飛び交っている状況を目の当たりにして、「これをどう防げるだろう?」と考えました。そこで、情報の信憑性をスコア表示するTwitterボットをチームで開発し、賞をいただいたんです。

また別のプロジェクトでは、単純な解決策が通用しない社会問題について考えるボードゲームを企画しました。例えば「ゴミだらけの地域にゴミ箱を置けば解決するのでは?」と考えると、実際には公共のゴミ箱を持ち帰ってしまう人がいる――そんな価値観の違いに衝撃を受けて。それで、一般的に想定される解決策がなぜ上手くいかないのか、ではどう解決すればいいのかを学べるゲームを提案し、こちらも表彰していただきました。

このように、自分が問題だと感じたことに対して解決策を考えて提示する——そんな経験を繰り返すうちに、「自分は常に課題に対して解決策を提示していきたいんだ」という想いに気づいたんです。言い換えれば、それが私が高校時代に見つけた答えでした。そして同時に、「将来は社会に密着したことをやりたい、日本に貢献できる何かを成し遂げたい」という気持ちがどんどん強くなっていきましたね。

教育経済学への出会い

インタビュアー:高校3年生の頃、「教育経済学」という学問に出会って大学進学を決意したそうですね。

佐藤:はい。高校3年の頃、自分が取り組んできたことを振り返ると、教育系や社会系の活動ばかりだなと気づいたんです。それで、「日本の教育に根ざして、一人ひとりの個性を最大限伸ばせる環境って何だろう?」と考えるようになりました。方法はいくつかあります。政治(政策)によって教育システムを変えるとか、自分で起業してツールを作るとか、あるいは教師として現場から変えていくとか…。

私は特に政策に興味が湧いて、調べる中で日本には教育に関するデータが少なく、効果検証ができていない現状を知ったんです。アメリカでは教育データを活用した研究が盛んだけれど、日本では個人情報の問題もあってデータを集めにくい。だから有効な分析ができず、政策の効果検証も十分でない——。

じゃあ日本でも教育データを集めて活用できるようにするにはどうすればいいんだろう?そもそもそういう研究分野はないのかな?と探していく中で、「教育経済学」という分野を知りました。たしか本屋で偶然手に取った本で見つけたのだと思います。その本を読んで、「これだ!この学問をもっと深く学びたい」と直感しまして、大学で教育経済学を専門的に勉強しようと決めたんです。それが大学進学を志した大きな理由ですね。

インタビュアー:高校生のうちに教育経済学に辿り着くとはすごいですね。

佐藤:N高の政治部で政策に触れたり、海外大を目指す団体で先輩方から話を聞いたりしたことも大きかったと思います。いろんな経験を通して視野が広がり、自分が進みたい道が明確になりました。

海外大を断念、慶應通信を選んだワケ

インタビュアー:大学進学にあたり、慶應義塾大学の通信課程を選ばれたのはどうしてですか?

佐藤:実は最初、海外の大学に行きたいと思って色々受験してみたんです。合格をもらえた大学もあったんですが、奨学金を取れなかったりと問題が重なって、最終的に留学は断念しました。

それで国内に目を向けたとき、引き続き通信制で学びたいと思ったんです。高校で立ち上げたプロジェクト(例えばセネガルでの活動など)を大学でも続けたい気持ちがあり、時間の自由がきく通信制にこだわりたいという思いもありました。加えて、幅広く学べるリベラルアーツ的な教育を受けたいという希望もありました。その二つの条件を満たせるのが慶應義塾大学の通信課程だったんです。

日本の通信制大学について調べると、慶應通信は「一番厳しい」と言われていました(笑)。レポート課題も手を抜けませんし、卒業論文は教授の指導を受けながらしっかり書く必要がある。通信制とはいえ学問に真剣に向き合える環境が整っているのが慶應通信だったんです。きちんと学びを深めたい私にとって、厳しい基準で評価される慶應通信は理想的な進学先だと感じました。

幅広い学びを求めて——ICUではなく慶應へ

インタビュアー:幅広い学びができる環境を求めて慶應通信を選んだとのことですが、他に候補はありましたか?

佐藤:実はICU(国際基督教大学)も受験して合格をいただいたんです。英語で学べるリベラルアーツ教育に魅力を感じて出願したのですが、キャンパスに足を運んだ際に自分には合わないかもしれないと感じました。

もちろん素敵な大学なのですが、私はもっと「こうしたい!」という意志を持って学びたかったので、自分と同じように明確な目的意識を持った人が集まる環境で学びたいと思ったんです。

一方、慶應通信は在学生の年齢層が幅広く、社会人の方も多く在籍しています。キャンパスに通わずともオンラインで様々なバックグラウンドの学生と議論できる点に魅力を感じました。実際に大人の学生の方々とディスカッションしながら、厳しい意見交換ができるのでは、と期待したんです。最終的に、自分の性格や学びのスタイルに最も合う環境として慶應通信を選びました。

インタビュアー:通信制大学に進むのは珍しい選択ですが、不安はありませんでしたか?

佐藤:高校がN高だったこともあって、通信制への理解が周囲にも広がっていましたし、自分としても自然な選択肢だと感じていました。むしろ「どんなことを学んでいるの?」と興味を持ってもらえることが多くて、ありがたかったですね。

AO入試はエッセイ対策と「環境」の力

インタビュアー:慶應通信のAO入試(秋季特別入学試験)はどのような内容でしたか?

佐藤:面接はなく、書類審査のみでした。志望理由書、小論文(指定図書の要約と論述)、それから課外活動の報告書などをオンラインで提出しました。

インタビュアー:どのように対策しましたか?

佐藤:正直、特別な塾に通ったりはしていません。まずネット上で先輩が公開していた志望理由書の例を見て、「こういう内容を書けばいいのか」と概要を掴みました。また、私はアメリカの大学出願や奨学金応募で英語エッセイを何度も書いていて、留学志望用に作った文章がいくつもあったんです。それらを慶應用にうまく書き直して流用しました。

さらに、実際に海外大学に進学した学生が後輩のエッセイを無料で添削してくれるオンラインコミュニティがあって、「ここはもっと深掘りしたほうがいい」などアドバイスをもらえたのも大きかったですね。

インタビュアー:周到に準備されたんですね!他に大変だったことはありますか?

佐藤:そうですね…振り返ると、「環境」を整えるのが一番大変だったかもしれません。同じように社会課題に向かって活動している高校生仲間を見つけるのに苦労しました。私は高校時代、「日本のために行動している同世代はどこにいるんだろう?」と探し続けて、いくつも団体に参加したんです。そうやって出会った仲間とは志望理由書をお互いに読み合ってフィードバックし合うなど、一緒に準備を進めることができました。

幸いN高が世間に広く認知されていたこともあり、通信制で違う道を行くことへの疎外感はあまり感じませんでしたし、周囲も興味を持って色々と質問してくれました。「環境」に恵まれたおかげで、AO入試の準備も前向きに取り組めたと思います。

「熱い想い」を持つ仲間に出会え

インタビュアー:最後に、これから進路を考える高校生たちにメッセージをお願いします。

佐藤:そうですね…私から伝えたいのは二つあります。一つ目は、志を共有できる仲間を見つけてほしいということ。同じ目標に向かって頑張る友人がいると、お互いに刺激になりますし、情報交換や励まし合いができます。私も高校時代、熱い想いを持つ仲間に出会えたことで何度も支えられました。特に通信制にこだわったことで、多様なバックグラウンドの方と私は会えたことが大きかったです。

そして二つ目は、先輩や大人に遠慮なく頼ることです。私は元々、人に頼るのが苦手で悩みを抱え込んでしまうタイプでした。でも勇気を出して相談してみたら、皆さん親身になって力を貸してくれて…。周りに助けを求めることで新しい道が開けることもあるんだと実感しました。

ですから、決して一人で抱え込まずに、年上の人や経験豊富な人にどんどん頼ってみてください。それがきっと、皆さんの可能性を大きく広げてくれると思います。